- Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
- / ISBN・EAN: 9784625663192
作品紹介・あらすじ
中国の小説は、唐代に至ってはじめて小話から小説となる。その形態が「伝奇」である。そこには創作意識があり、読者をも想定している。唐の都長安には、官僚になるために中国各地から有為の青年たちが集まっていた。そこから生じる明暗やロマンスなどを踏まえて多くの作品が書かれた。本書では、「人虎伝」(中島敦「山月記」の原典)、「杜子春伝」(芥川龍之介「杜子春」の原典)など十一編を収める。
感想・レビュー・書評
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先日、中国の古い都市・邯鄲(かんたん)にまつわるエッセーをながめていると、なんだか『枕中記(ちんちゅうき)』が読みたくなった。そうなると頭の中は不思議な枕の絵が浮かび、これはいかん、さっそく図書館に走った。同じ訳者の旧版しかなかったけれど心配はない。中身は決して古びたりしない、古典の鮮度のよさとおもしろさは古今東西かわらないのだ。
おおむね700~800年のシブい作品、原文はないが、読み下し文は美しく心地よい。丁寧にルビもふられ、それに続く日本語訳もよい。しかも作品毎の解説もわかりやすいので、中学生くらいから読めて、大人も楽しめる。その解説によれば、唐代以前はたんなる解説者の立場で書かれていたものが(今でいう小説とは言えないもの)、唐代の「伝奇」小説からは、それを超えて創作世界へと飛翔し、近代小説の先駆けとなっているそうだ。なるほど、いいね~♪
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①『枕中記』――不思議な「邯鄲の枕」、わたしも欲しいなぁ~
神仙の術をもつ道士の呂翁(りょおう)は、旅の途中、邯鄲の宿で偶然であった慮生(りょせい)という若者の不遇話をきく。呂翁は袋の中から枕を取り出して慮生に貸すと、眠気におそわれ、あっという間に夢のなか。立身出世は思うまま、人生は順風満帆だ!(「黄梁(こうりょう)一炊の夢」)
②『任氏伝』――妖狐女と男の恋物語。なんだか『遠野物語』や『雨月物語』のような雰囲気が漂っている。
③『柳氏伝』
④『李章武伝』――かつて情を交わした女はすでにこの世にはなく、魂魄となってかつての男と詩を交わす。
鬼神と人間の恋物語は『柳斎志異』にも繋がるけれど、わたしは幽玄な能の世界に誘われた。また上田秋成『雨月物語』を読んでいるような気分にもなってくる♪
⑤『人虎伝』――はたして人は、虫にも虎にも変身してしまうのか? 有名な中島敦『山月記』の原典。
⑥『霍少玉伝』
⑦『南槐太守伝』――淳于焚は、大の酒好きで財産持ち。広い屋敷の南には、大きな槐(えんじゅ)の木がある。淳于焚とその友人らがその木の下で酒を飲んでいると、紫の衣を着た二人の男が訪ねてくる。彼らは槐安国の使者で、淳于焚を国王に案内するという。広大で立派な槐安国に驚嘆した淳于焚は、いつしか国の長官に出世し、蛮族の侵入から国を護り、多大な功績をあげ、国王の娘と結婚して、20年の栄耀栄華を極める。
まるで『枕中記』のような雰囲気をもちながら、もっとリアルで、もっと奇抜で、ひどく気持悪くて、まことに人間社会をうまく描いた作品だと感激しきり。芥川の『河童』のような雰囲気も漂っていて、この本の中で一番のお気に入り。
⑧『謝小娥伝』――盗賊団に父と夫を殺された女の仇討ち。ときどき作者が顔をだしてメタフィクションぽいのも斬新。
⑨『李袿伝』
⑩『長恨伝』――楊貴妃と玄宗の悲恋話といえば、白楽天『長恨歌』が有名だけれど、散文になってみると、これはこれで、しっとりとしたまろやかな味わい。
⑪『鶯鶯伝』――男と女の恋物語。立身出世のために捨てられた女の健気な内助の功。
⑫『杜子春伝』――ある日、杜子春は不思議な老人と出会うと、仙人になるための修行を経ていくことに。はたしてその総仕上げとなり、最後の最後で……悪魔のささやきにも屈しなかったイエスのようにはいかない哀しい人間の性なのか。陶淵明『桃花源記』をベースにした作品らしく、また芥川の『杜子春』の原典。
さて、この本のなかでは老翁にご注意を。ごく普通に、しれっと神仙や道士が登場する。中国古来からの神仙思想は、神話のような幻想的世界でわくわくさせる。それと結びついた道家的思想もわたしには魅力的だ。
思えば学生のころからすでに老けていたのか、友人たちは授業でならった儒家的思想に夢中になっていたころ、わたしは人間と自然の繋がりを説く道家的思想のほうに魅かれてしまった。なんだかよくわからない老子や荘子を読み、栄達や立身出世の一瞬間のはかなさや虚しさに共鳴したものだった。あいや~まだ社会にも出てないというのにどうするつもりよ?
こういう作品をながめていると、つくづく奈良や平安時代の歌人たちをはじめ、『今昔物語集』や能楽、松尾芭蕉、上田秋成、中島敦、芥川龍之介などと多くの芸術家たちに影響を与えているのだろうな~と志う。目には見えないその壮大な繋がりを想像するとわくわくして、それが村上春樹作品にも繋がっているのだろうと勝手に想うと、さらにおもしろくてしかたない。
一話がとても短い。易しい翻訳と解説なので、気になったかたは、ぜひどうぞ(^^ 2023.6.29 )。 -
中国の小説は、唐代に至ってはじめて小話から小説となる。その形態が「伝奇」である。「人虎伝」「杜子春伝」など11編の伝奇を収録。書き下し文と訳、背景説明をつけて解説。(TRC MARCより)
レビューをお読みいただきありがとうございます! コメントも嬉しいです。地球っこさんのコメントを拝見し...
レビューをお読みいただきありがとうございます! コメントも嬉しいです。地球っこさんのコメントを拝見しながら、そうか~!と頷いております。
>その大好きな小説は神仙が登場する仙侠ものなのですが、仙侠ものってルーツは『唐代伝奇』なんですよね。
なるほど! 先日コメントでやりとりさせてもらった際に教えてもらったのですが、神仙が登場する作品でしたよね。そのルーツは『唐代伝奇』だったのですか~びっくりです。
地球っこさんは、このところすさまじく集中していますよね。中国小説や漫画を翻訳しながら読むなんてスゴイことです。翻訳は究極の精読ですから、ますます深まっていくでしょう。地球っこさんのレビューを拝見しながら感動しています。好きなことに徹底的に集中できるなんて、そうそうできることではありませんもの。きっと近い将来、中国小説や漫画のオリジナルを不自由なくすらすらお読みになっているような気がします。
いやはや、わたしも地球っこさんと同級生なら、きっと毎日好きな小説や漫画のおしゃべりをして尽きないような気がしますよ~。地球っこさんの集中力には憧れを覚えます。これからもレビューやコメントを楽しみにしています♪
この作品はとても読みやすいので、ぜひ手に取ってみてください。寝る前に一話ずつ読むのもいい感じです。わたしはおもしろくて、ついつい一夜で4つも5つも読んで、なんと勿体ない。また別の版もながめてみようと思います。古い神仙思想や「唐代伝奇」は、ゆるゆる読んでいる『史記』や漢詩にも絡んで興味が尽きません。
お返事ありがとうございます!
ちょっと私の書き方が悪かったのですが、私が今、読んでる小説のルーツが『唐代伝奇』というより...
お返事ありがとうございます!
ちょっと私の書き方が悪かったのですが、私が今、読んでる小説のルーツが『唐代伝奇』というよりも、仙侠ものというジャンルのルーツが『唐代伝奇』と言える……みたいなことなんです。
雑誌「すばる」6月号に、綿矢りささんがプロデュースした中華BLについての記事があって、そこにあった論考に書かれてました。
綿矢りささんも、この作者さんの別の作品が大好きなんですよ。
翻訳は究極の精読。そんなふうに考えたことなかったのですけど、確かにめっちゃ細かいところまで、分からないなりに一字一句、真剣に読んでました。
私、なんか、すごいことしてる?なーんて思ってしまいましたよ 笑
今は文字を追いかけるだけで精一杯で、頭のなかで日本語に変換されてるだけなのです。
これが中国語のままスラスラ頭に入ってきて理解できたら最高なのですけどね!
『唐代伝奇』私も寝る前に一話ずつ読んでみます!
いろんな夢が見られそう~☆
来年は中国文学かな。
こんにちは~。
わたしも書き方がよくありませんでしたが、『唐代伝奇』は「仙侠ものというジャンル」のルーツになってい...
こんにちは~。
わたしも書き方がよくありませんでしたが、『唐代伝奇』は「仙侠ものというジャンル」のルーツになっている、ということで、合点です!
解説によれば、『史記』には神仙思想について、秦の始皇帝も熱烈崇拝していた記述があるのです(神仙たちの不老不死の仙薬探しにやっきになっていたことなど、読んだ記憶がうっすらよみがえってきました(笑)。でも創作としての小説になったのは、『唐代伝奇』ころからのようなので、地球っこさんが言われるような流れになるのでしょうね。
解説では、日本の持統天皇も崇拝していたのではないか? というような記載がありました。万葉集などにも神仙思想を示す山や景色の歌があっておもしろいですね~