ラテンアメリカの歴史 (世界史リブレット 26)

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  • 山川出版社
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  • Amazon.co.jp ・本 (82ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784634342606

作品紹介・あらすじ

本書では、十九世紀初頭に独立をとげたラテンアメリカ諸国の発展を他地域との比較において論じ、さらにアメリカ合衆国との関係について簡潔な通史的叙述を提供する。

感想・レビュー・書評

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  • ラテンアメリカ史の大権威による作品だが、山川出版社の世界史リブレットそのものが、高校社会科教員向けの副読本として企画されたシリーズであることを考慮して、高校世界史Bの教科書を理解するための配慮が行き届いた本となっている。逆に言えば配慮が行き届きすぎて物足りない向きもあるが、高橋先生が述べている通り、広大なラテンアメリカの歴史を総紙数80頁ほどのリブレットで概説するのは不可能なので、ラテンアメリカの歴史になんとなく興味がある人がまず第一冊目に読むのと良い本と位置付けるべきであろう。さらに興味がある人は、高橋先生が網野徹哉氏(日本史の網野善彦氏の息子)と共著で出した『世界の歴史18――ラテンアメリカ文明の興亡』(中央公論社、1997年、文庫版は2009年。文庫版の高橋先生の解説が素晴らしいので、文庫版を薦める)を読めば、ラテンアメリカについてのまとまったイメージを掴めることは間違いない。

    本書はラテンアメリカ諸国の独立、アジアと比較した際の社会経済の状況、モンロー宣言(1823年)以後の対アメリカ合衆国関係の三章立てで構成されており、前年に出ている『世界の歴史18――ラテンアメリカ文明の興亡』とかなりのところ内容が重複しているものの、「日本の教科書の記述でスペイン系でもポルトガル系でもないハイチをラテンアメリカ最初の独立国として扱うことをどのように説明すればいいのか?」といった教育実務について、「ラテンアメリカ」という言葉の由来や用法に遡って説明している(4-13頁)ところや、アジア・アフリカとの比較(第二章)など、このリブレットだからできたのであろう興味深い記述が存在するので、『ラテンアメリカ文明の興亡』を既読の方も決して読んで損はない。

    “ 要するにラテンアメリカ主要国は、パクス・ブリタニカのもとに形成された全世界的な貿易・決済システムがもっとも円滑に機能した十九世紀末から第一次世界大戦にかけての時期を、独立国として、しかも国内政治がかなり安定した状態でむかえることができたのである。この点で当時のアジア・アフリカ地域に比べれば格段に恵まれていた。インド、インドネシア、インドシナ、朝鮮、アフリカ各地はすでに植民地であるか、さもなくばそうなりつつあった。中国とトルコはこの時期、対内的には旧体制がまさに転覆しようとする間際であり、かつ対外的にあまりにも多事だった。外国資本の経済支配力が強ければ植民地であろうとあるまいと実質的に同じだという議論があるが、これは事象の一面を誇張した僻論である。国家主権があるとないとは天と地の違いなのである。
     さらに、ラテンアメリカ諸国が独立時に欧米各国と締結した通商条約は、中国や日本とは違い、領事裁判権や協定関税率制度を含まない平等条約であった。中国や日本の場合は、法制度が西洋とは別系統だという事情があったが、スペインから西洋の法制度を継承したラテンアメリカが相手では、治外法権を主張する理由がなかったのである。関税自主権も制限されず、十九世紀のラテンアメリカ諸国の関税政策は思想としては自由貿易主義であったが、政府の財源を大きく関税収入に依存していたため実際の税率はかなり高く、相当な実効保護を生み出していたのである。要するに、非ヨーロッパ地域のなかで、ベル・エポックのグローバル経済の繁栄から若干なりと果実を摘み取れる立場にあったのはラテンアメリカ主要国と日本だけだったのである。”(本書36-38頁より引用)

    ・高橋先生は輸出部門の一次産品や工業原料から上がる利益が、国内向けの製造業や農業に波及しない理由として、スペイン植民地時代に形成されたアシエンダ制の大土地所有農業構造に言及している(44-47頁)。日本の農業構造との比較が興味深いので引用する。

    “ ひるがえって考えてみると、日本の農村では、中世までは大勢の下人を抱えて頤使する山椒大夫のような大経営があったが、近世のあいだに地主が直営地経営を完全にやめてしまい、すべての所有地を小作人に貸しつけて小作料を徴収するだけの存在となった。これは要するに、雇い人や隷属民を使って行う地主直営地の経営が、一所懸命の家族労働を用いる小作人経営にかなわなかったからである。この運命を、アシエンダは、その地方の農業適地の大部分を所有地として押さえている強みを活かして断固回避しようとする。
     すなわち、ラテンアメリカの典型的小作人というのは、小作料を徴収するためでなく、地主の直営地経営のために労務を提供させる要員として、かつかつ自給できるだけの農地をあてがわれているだけの存在なのである。小作人は現金収入は地主直営地での労務の賃金としてえるから、自分の経営地での耕作はもっぱら自家消費向けで、マーケットで売ってコストを償うというリスクを負って生産するのは地主だけである。こうしたアシエンダ内の労務目的の小作は土地によってペオン・アカシリャド(メキシコ)とかワシプンゲロ(エクアドル)とかヤナコナ(ペルー)とかさまざまな名前で呼ぶ。ついさきごろまでラテンアメリカは土地のわりに人口が少なく労働市場は人手不足気味であったが、アシエンダは賃金値上げで労働者を取りあうと共倒れになるので、賃金は低いままで賃金前貸しや自給農地の給付などで労働力をつなぎ止めようとしたから、この労使関係を封建的と呼んでも間違いではない。
     こういうわけでアシエンダ内の小作も、経営が零細化していくアシエンダ外の先住民も競争者にならないから、アシエンダは増産どころか、むしろ生産高を市場規模より内輪内輪に抑えることで農産物価格を高めに維持しようとし、生産性向上に力をかたむける誘因はごく小さい。他方でアシエンダ内の小作やアシエンダ外の先住民は、その耕作規模からして自給農業に封じ込められ、近世日本の自立してゆく小農のような、いまマーケットではなにが求められていて(早稲米、綿花、紅花、藺草、藍玉等々)、どうすればその需要に応じて儲けられるか(下肥、干鰯、油粕等々)、といった知恵の働かせかたを鍛錬する機会が与えられない。
     こういう農村社会が近代経済成長の機会に直面したからといって、即座に農業の生産性を向上させる力量があるはずはない。それだけでなく、読み書き算盤の威力を骨身に沁みて知り、コストやリスクや効率の観念をわきまえた労働者を大量に近代産業に供給することも望み薄である。さらにいえば、この型の農村社会は凶作や農産物価格の下落といった脅威に直面したとき、人間をかかえとる力が弱く、すぐに過剰人口をぽろぽろとこぼし出してしまうので、メキシコの場合のような度重なる農民反乱や、すべての国にみられる深刻な都市問題がたちまち起こってしまうのである。植民地体制下にあったアジア諸国には与えられなかった機会を中南米諸国が存分に活かすことができなかった最大の理由の一つが、この農村社会の構造にあると私は思う。”(本書45-47頁より引用)

    メモ

    ・1823年にモンロー宣言が発されたにもかかわらず、1833年にイギリスがマルビーナス諸島(英語ではフォークランド諸島)を占領した際に何も言わなかったことを以て、アメリカ合衆国自身もこの宣言のことを忘却していた証左だとしている(51頁)。

    ・1989年のアメリカ合衆国軍のパナマ侵攻後、最初の選挙で勝利したのは、侵攻時のノリエガ将軍の与党だったバリャダレスだったことを本書で確認した(76頁)

  • (後で書きます。参考文献リストあり)

  • 通史。わかりやすい。

  • 【08.11.20/図書館】

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著者プロフィール

獨協大学法学部教授。
獨協大学大学院法務研究科(法科大学院)教授を経て、現職。
専門は、商法・会社法、金融商品取引法、企業法務。
一般社団法人GBL(グローバルビジネスロー)研究所理事、国際取引法学会理事、企業法学会理事。
長年の企業実務経験と商法・会社法等の専門家としての法理論の双方からのアプローチを実践している。

「2023年 『監査役監査の実務と対応(第8版)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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