アルピニズムと死 僕が登り続けてこられた理由 YS001 (ヤマケイ新書)

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著者 : 山野井泰史
  • 山と渓谷社 (2014年10月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784635510073

アルピニズムと死 僕が登り続けてこられた理由 YS001 (ヤマケイ新書)の感想・レビュー・書評

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  • 「いつ死んでもおかしくない」ことをずっと続けていく気分って、具体的にどんなものか?

    たぶんそれは、誰にもわからないことだろう。当の本人にとってももはや「それが好きだから」としか答えようのないことだから、外から分析をしようとするのが野暮というもの。唯一、主語が「自分」であれば、非言語的な無意識の領域でかろうじて理解できるかもしれない。

    沢木耕太郎の「凍」を読んでから、山野井さんのことはずっと気になっている。なんべん死にかけても山に向かうモチベーションはなんなのだろう、と考えていた。

    最近では奥多摩の自宅周辺をランニングしている時に熊に襲われて生還したのがニュースになったけれど、それでも、

    「クマからすれば人間が襲ってきたと思ったのでしょう。経験したことのない恐怖を味わったけど、クマを恨む気持ちはない」

    と言い切る心の持ちようは、おそらく襲われた本人にしか理解のできない境地だろう。もしかすると熊に襲われて亡くなった故・星野道夫さんも、そんなことを言ったのかもしれない。

     朝日新聞:憎悪の母グマと格闘「意識飛ぶかと」 山野井さん生還記
     http://www.asahi.com/eco/TKY200810150120.html

    で、タイトルにもあるように、なぜ山野井氏が登り続けてこれたのか、ということにすこし触れておく。

    「若いころから恐怖心が強く、常に注意深く、危険への感覚がマヒしてしまうことが一度もなかったことが理由のひとつかもしれません。
    さらに自分の能力がどの程度しかないことを知っていたからだと思います。それは途切れることなく登り続けてきたことで把握できていたのでしょう。自分の肉体と脳が、憧れの山に適応できるかを慎重に見極め、山に入って行きました」p.184

    つまり、何度山に登ろうと、それが経験値の範囲に収まる山業であったとしても、悪い意味での「慣れ(飽きる/過信して侮る)」がなかった、または好奇心を失わなかったということ。自分でもよくわからないけど「好き」「惹きつけられる」ということが巡り巡って生存条件となった、と。

    結局は自分ごと、自分が好きでやることに自分できちんと責任を取る覚悟があるか?ということ。

    さて、その覚悟を自分は持てているか……?

  • 「天国に一番近い男」山野井泰史氏の自伝。
    後輩でもあり友人でもある野田賢氏の死をきっかけに、今までの経験をプロアマ関係なく後世に伝えることを目的に書かれた本。

    自分の体験を当時のインタビュー記事や自分の記憶で振り返りながら語っていく。

    その中で印象に残ったところを2つ。

    1、2002年に凍傷でかなりのダメージを受けて指の力が入らなくなり、懸垂ができなくなる。
    そんな状況で山野井氏は「一瞬で子供のような弱い体になってしまったので、一般の人が嘆く体の衰えを感じることがなく、徐々に進歩していると感じることができる人生を再び歩めているのは、もしかすると幸運なのかもしれません。」(要約)

    ポジティブすぎて笑えてくる。

    2、自宅近くの奥多摩湖のコースをトレーニング中にクマに襲われ大怪我(右手と顔合計90針)。三か月後にはオーストラリアでクライミング。
    熊除けの鈴をうるさく鳴らしながら登る登山者をバカにすることをやめて、見通しの悪い森に足を踏み入れるときに警戒するようになるが、襲ってきたクマが子連れだったので、子熊が成長した姿をいつか見たいらしい。

    クレイジーだね!

  • 奥多摩に、有名なクライマーの山野井さんが暮らしているという話は何度も聞いていたけど、出会ったこともなくこの本で初めて彼の書いた文章に出会い、それもそのはずと得心したところがありました。アルピニズム、、奥多摩にはじめてきた人たちも楽しめるレンタサイクルツアーに照準を絞って活動していた自分と真逆のところに、自分の限界を知りたくて取り組む世界を最高に楽しんでいるこんな人もいる。その一冊が奥トレの読了本交換で手に入るってのもなにかの縁かもしれないですね。そういう楽しみ、忘れてたかもと思いました。

  • 山野井さんの比較的最近の心境が分かって嬉しい。枯淡の境地に入りつつあるように見える。

  • まあ面白かったが、ちょっと物足りない気もした。

  • 読後は率直に「世の中にはすごい人がいるもんだなぁ…」という気持ちがわきました。
    登山家の本を読んでみたいなーと思って検索したところ、「天国に一番近いクライマー」「世界最強のソロクライマー」と紹介されていた山野井泰史さん。
    単独または少人数で、酸素ボンベを使用せずに難しいルートから挑戦し続ける世界的なクライマーです。

    2002年、チベット高原ギャチュン・カン北壁登頂に成功した際に雪崩に巻き込まれ、凍傷で手足を計10本失います。
    その北壁下降時の描写が極めて冷静なことに驚きました。
    標高7,000m付近で雪崩に遭遇。眼球が凍り始めてしまい、視力を失ってしまう。次に手をかける場所を確認することができないーー。
    そのような状況で生きて帰るための手段が、手袋を外し、手の感覚を頼りにピストンを打ち込んでいくことだったのです。手の指を失う結果になったのも、山野井さんにとってはその時取れる手段を冷静に選択した結果だったのです。
    ほぼ日刊イトイ新聞でのインタビューを読むと、失っても日常生活に支障が少ない指はどれか…と、失う順番まで考えていたとのこと。
    実際にはやはり生活に支障が出てしまったそうですが、極限状態で自分にとって現状で最も最適な手段を選びとる精神力は、一体どうやって身に着けるのだろうかと嘆息してしまいました。

    自分が日常生活で日々追われている選択肢なんて、もっと気楽に構えてもよいのかも、と思える本。
    成功しても指を失う、失敗したら死ーーそんな選択を突き付けられることはまず無いのですから。

    その後、山野井さんは自宅近くの奥多摩からリハビリを始めて、2013年アンデスのプスカントゥルパ東峰南東壁の初登攀に成功しています。…すごい。

    参考:http://www.1101.com/yamanoi/index.html
    (ほぼ日刊イトイ新聞「ぼくは「想像」が得意 クライマー・山野井泰史さん、その発想」,2013.10.21-10.23)

  • 山は、死と隣り合わせにあることを改めて認識させられた。生きて帰ってきた人と、戻ってこられなかった人との違いは、いったい何なのだろう。この書で触れられた人たちはみんな経験があり、スキルを持ち、状況判断がきちんとできる人たちだ。油断とか不注意とか、ひとことではきっと語れない。山はなんて怖く、そしてなんて素晴らしいのか。

  • 沢木耕太郎の「凍」を読んでから何となく気になってる人。

    ギャチュン・カンの登頂以降、
    どうクライミングと取り組まれているのかが
    少しでも知ることができてよかった。

  • 慎重で臆病であること。
    これが生き残った理由。

  • 一気読みしてしまった。恐怖心を忘れないこと。生命の躍動を感じること。

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かつて「天国にとっていちばん近いクライマー」と呼ばれた男はなぜ、死ななかったのか。

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