日本人とオオカミ―世界でも特異なその関係と歴史

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著者 : 栗栖健
  • 雄山閣 (2004年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (278ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784639018391

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日本人とオオカミ―世界でも特異なその関係と歴史の感想・レビュー・書評

  • 日本からオオカミの姿が失われて久しい。
    本書では、かつて存在していたオオカミが、日本人とどのような関係を築いていたのか、文献や証言などから探っていく。
    中国や欧州での事例と比較しつつ、史料・文献などからその関係性を探っていく第2章が中心だが、第3章の、「オオカミがいた頃」を知っている人々の証言もまた貴重である。
    2003年発刊の本だが、1989年から91年まで、新聞連載された記事を元に、改稿している。

    著者によれば、オオカミは、実は、日本の昔話の中にはさほど多く出てこないそうだ。特に、欧州の「赤ずきんと狼」のように狡猾で倒すべき相手として、また「餓狼」と呼んで忌み嫌った中国のように、激しく拒絶する形の話はまず見られないという。
    食用家畜を持ち、また農耕においても家畜への依存度が高かった中国・欧州の人々にとっては、オオカミが家畜を襲い、生活の根幹を脅かす存在であったのに対し、日本人にとってはオオカミの害はこうした国々ほどではなく、むしろ、農作物を荒らすイノシシや鹿の害を防いでくれる存在であったことが大きいのではないかと考えられるようだ。

    古代から平安時代に掛けては、文献の中にオオカミが見られる例は少ないが、中世には、ちらほらとオオカミが出てくる。
    江戸時代前・中期あたりから、オオカミが人を襲う記録が出てくる一方で、オオカミを神として祀り、害獣を追い払い、火災・盗難除けを祈る信仰が盛んになってくる。説話の中で、オオカミが人に化ける話が出てきたり、俳句などの文学作品にもオオカミが登場しはじめたりする。
    オオカミと人との接触が増えた時期であることの裏返しなのだろう。
    1つおもしろいのは、神に化けた猿が人身御供を求め、それを阻止するのに、よその地域から借りた犬が活躍する説話の成立に関する考察である。原型は今昔物語にさかのぼるが、犬を借りてくるという部分が付け加わったのは実はこの時期であるらしい。オオカミ信仰が盛んだった頃で、各神社では、神の使徒としてオオカミを送る意味を込めて、オオカミの絵が描かれたお札を配ったという。人身御供説話での犬は実はオオカミで、神の使徒が猿害から人を守るという意味が古くからの話に付け加わったのではないか、というのだが、なかなか興味深いところである。

    信仰される例もありながら、しかし、人との接触が増えるということは、不幸にして、オオカミに受ける害も増えていく、ということである。オオカミは徐々に、神としてより、凶獣として見られるようになったようだ。

    昭和初期には、意外に多くの人が親から聞いた話として、また自分でも見聞きした話として、オオカミについて語ることが可能だったようだ。本書には、こうした時期、人々が語った記録が文献から抜き書きされている。
    オオカミに関する様々な人々の回想譚はどこか郷愁を誘う。それはそうした話の向こう側に、姿を消しつつある里山の風景が浮かぶからだろう。
    オオカミは塩気を好み、外に溜めてあった人の小便を飲みに来る。
    俗に「送りオオカミ」というと、人にそっと付いてきて、転んだり躓いたりすると襲いかかるものを指した。これとは逆に、まるで、他の獣や魔物に襲われることがないように、影のように人を守っていたと思われるような例もあったという。
    子どものオオカミを拾ってきて育て、犬と交配させたという話もある。
    またオオカミの牙を魔除けにして身につけたり、骨を削って薬として呑んだりといったこともあったようだ。
    逸話の中で、人がオオカミを見る目には、畏れを抱きつつ、けれども激しく嫌悪するのではない、微妙な距離感がある。
    オオカミとヒトとの間には、柵ではない、どこか境界線のぼんやりした緩衝地域があり、そうした場所で時折、互いが出会い、あるいは気配を感じ、あるときには不幸な衝突が起... 続きを読む

  • 文献などもしっかり載ってて勉強になります。

  • 日本人はオオカミを、中国における「餓狼」やヨーロッパにおける狼男といったような、凶獣という見方はしていない。大神とその音が示すような向きさえある。しかし文献にオオカミを扱う記述は少ない。なぜなら知識人と農民とでオオカミ観に差があったからである。
    仏教により肉食を禁止され、食用としての牧畜が生まれなかった農耕文化を育んできた日本にとって、農作物を荒らす鹿や猪を蹴散らしてくれるオオカミの存在は、怖くともありがたい存在であった。
     他方、知識人では牧畜(オオカミに襲われ被害に遭う動物を飼育している)文化がある中国から輸入されたオオカミ像により、信仰するには不適な動物であった。しかし、知識人層も中国文書で卑しく書かれるオオカミを、日本という土地における扱いでは高貴なものであると肌で実感していたのであろう、だから日本の文献にはオオカミの扱いに関して沈黙(無視)がある。
    「貴族・知識人と農民とのオオカミ観の二重構造」、これが日本人のオオカミ観である。これはこれからも、きっと日本人に引き継がれていく、真理だと思います。自分がオオカミに対し漠然と抱いていた愛着について納得がいきました。

  • ヨーロッパのオオカミは寓話によく登場し、人を喰らう。しかし、日本での昔話類に、そういったオオカミの姿は見当たらない。
    日本人とオオカミとの歴史には、なにが隠されているのだろうか……。
    記紀において“貴き神”と呼ばれ、万葉集では枕詞“大口の”をかぶせて飛鳥の地の“眞神原”と歌われた古代から、人襲撃、通常は起こりうるはずのない共食いの記録などが残る、安土桃山時代から江戸時代の近世まで、神から凶獣へと長い年月を経て変わっていったオオカミ像の変遷をたどる。
    『第3部オオカミがいたころ』では実際にオオカミを目撃した経験を伝える各地の老人へのインタビューを掲載。ニホンオオカミが絶滅する寸前の記憶を伝える。

    1989年~1991年『毎日新聞』奈良県版に連載されたものを、その終了から10年以上を経て書き直し、出版されたノンフィクション。

  • 記録に残っている日本人とオオカミとの関わりや、実際にオオカミがいた頃遭遇した人々の話など。実際の信仰の様子をリアルに想像できるのは「オオカミの護符」だったけど、歴史の流れやルーツを辿れる記録と併せて読むとよりイメージが湧きやすい気がします。信仰だけでなく、現実のオオカミがどう人間と関わり合ってきたのかという部分も面白い。

  • 副題が「世界でも特異なその関係と歴史」。内容はこれにつきます。学術書の側面が強いので、内容は説明しづらいのですが。オオカミファンは必読です(笑)最近でた本なので、読みやすいです。これを読んでニホンオオカミに思いをはせるのも、楽しいのではないかと……自分は楽しかったです……。

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日本人とオオカミ―世界でも特異なその関係と歴史の作品紹介

いま現在、日本で絶滅が危惧されている生物種=絶滅危惧種、いわゆるレッド・データ・ブックに記載されているものは六〇〇種にも及ぶとされ、しかもその絶滅危機は、むしろ増大傾向にあるといわれる。一方で「環境の世紀」「生物多様性保全」といった言葉が市民権を得つつあるのは、なんと皮肉なことであろうか。栗栖健氏の『日本人とオオカミ』は、この逆説的な状況の中でこれからの環境問題を考える際に、極めて重要な手掛かりを与えてくれる。

日本人とオオカミ―世界でも特異なその関係と歴史はこんな本です

日本人とオオカミ―世界でも特異なその関係と歴史の単行本

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