「国語」という呪縛―国語から日本語へ、そして○○語へ (歴史文化ライブラリー)

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  • 吉川弘文館 (2010年1月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (207ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784642056908

「国語」という呪縛―国語から日本語へ、そして○○語へ (歴史文化ライブラリー)の感想・レビュー・書評

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  • 読んでみて一番思ったコト。
    『それでも私は「国語」という言葉を使いますよ!』

    内容は「国語」の定義見直し。

    「国語≠日本語」というのは近年よく言われることだけれど、
    違うからこそ「国語」だと思う。どこまでが「"日本"語」かわからないから。
    「日本語のようなもの」(本書結論)なんかじゃ、誰も学びたいと思わないし。

    それと、「母語、あるいは母国語」という表現はどうかと思う。
    あと、橋本文法の揺れは認めます。でもこの本に要るのか?

  •  40年代後半の少年の頃,「国語」といい「国史」という科目があった。
    その頃を改めて思い出させる『おやじの国史とむすこの日本史』という中公新書が出たのが70年代の後半に入ってだった。
     古めかしい題で押し通した『国史大辞典』の再終巻が出たのは90年代の後半。ただ同じ出版社の『概論日本歴史』というネーミングでハンディな一冊は21世紀に入って早々だった。今は多分「国史」と名乗る教科書も無いのでは。

     そこへ行くと「国語」の方が根強く使われている。漢和辞典や和英辞典という場合の「和」も目につくが、何と云っても「国語」辞典という表記は健在。
     小学館の『日本国語大辞典』などは折衷タイトルだが、これは講談社で80年代の終わりに出した『日本語大辞典』があるため、心ならずも「国語」を挿入したとのこと。他は老舗から出る殆どの辞典が「国語」を謳っている。

     と云う時代を「「国語」という呪縛」から逃れられない不思議として、この著書は書かれ,国語→日本語という呼び方もさることながら、それを日本国や日本民族のアイデンティティと呼ぶことにより、21世紀にそぐわない偏狭なナショナリズムに結びつくことを危惧している。
     それは「国語」ということばが、明治以降の近代にどうつくられ、他民族にもどう強制されたか、一方他民族との境界を厳然と保持し,「国語」のみが神国の言語として絶対のものとしたという歴史からも,単なる危惧とは言い切れまい。

     確かに「日本語」「日本文化」「日本国」に思い入れの過度にある言説が,いかにも日本古来の神話的・伝統的美風として,現代にも一般的だ。
    例えば「日の丸」「君が代」なども、日本の歴史を検証すること無く,単純露骨なつくられた郷愁だけで判断を下し,21世紀にどう諸外国や世界と向き合うのかという未来志向が全く欠如したままだ。

     ここでは、そもそも言語とは何,日本語とは何という根源のところから問題提起がすすめられて、いきなりでは突飛なことと受け取られそうな議論も解り好い。多分この前著『日本語はだれのものか』から読むと更に理解が進むのでは。
     日常何気なく使っている「日本語」という呼称の近未来に思いを致す一冊。

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「国語」という呪縛―国語から日本語へ、そして○○語へ (歴史文化ライブラリー)の作品紹介

「国語」とは何か。それは明治期に入為的に作り出されたものだった。幻想の「純粋な和語」、内向きの国語教育、侵略戦争と日本語教育、「日本語=日本文化」という図式…。言語の境界を越えた「○○語」への道を探る。

「国語」という呪縛―国語から日本語へ、そして○○語へ (歴史文化ライブラリー)はこんな本です

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