僕は、そして僕たちはどう生きるか

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著者 : 梨木香歩
  • 理論社 (2011年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784652079799

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僕は、そして僕たちはどう生きるかの感想・レビュー・書評

  • 重い。梨木さんが男の子主人公の本って、珍しい。
    正直に言うと梨木さんは、ちょっと回りくどくて苦手で「西の魔女~」は読んだけど、他は挫折しちゃって。。。この作品も合わないかな…と不安でした。

    でも中盤のインジャが出てくるあたりから物語が動き出してそれからは、ぼろぼろと泣いた。深いため息と共に、読了。呆然とした。

    コペル14歳、ユージン、ショウコ、インジャ、マーク。

    生きていくって、傷が出来ることもある。傷がないひとなんていない。浅い傷、深い傷、瀕死に至る傷。

    「群れ」と「個」  
    たくさんの想いが詰まっている本だった。「僕は、そして僕たちはどう生きるか」というタイトルの意味に震えた。

  • 梨木さんのファンタジーの凛とした強さが大好きなのだけれど。これはなんと言うのだろう…一応はフィクションの形をとっているけど。

    14歳のコペルくん、訳あって一人暮らし。叔父のノボちゃん(染色家)と材料採集のため、登校拒否中の友達 ユージンの家の庭に入らせてもらうことになり…

    草木染め、野草摘み、カニムシなど微小な生き物たちなど、梨木さんらしい要素がふんだんに盛り込まれている。
    スベリヒユのベーコン炒め、ウコギご飯、ヨモギ団子のところなんかわくわくしてしまう。

    でもこの本のテーマはもっと重たくて、集団の心理だったり、自分の意見を言えなくなる恐ろしさだったりする。
    ユージン宅の敷地内に隠れ住むインジャ、彼女にその場所を提供したショウコ。大人の巧妙な罠にかかり、追い詰められたインジャや、教師にのせられてしまう生徒の群れ、ペットとして可愛がってきたコッコちゃんを犠牲にしなければいけなかったユージン。

    面白かった、とか感動した、という感想はないのだけれど読んで良かった。
    それはおかしいと思ったとき、誰かが傷つけられそうになっているとき、私は集団心理に飲み込まれずにいられるだろうか。自分を持っていたい。

  • 学校へ行かなくなった子にはきちんと理由があって、
    でもその理由を言ったところでどうにもならないから
    「行かない」ということを続ける。
    それは一見あきらめとも見えるけれど本当は別のものもあるんじゃないかと
    思いながら読み進めた。

    それはとても繊細なことで、でもそれがわからない担任が・・・。

    言いたいけれど言えない、という状況は誰にでもある。
    言えないような状況を作ってくる人もいる。

    **
    一歩外にでれば大変なことがたくさんあって
    もし足を踏んでくる人がいれば「痛い」といえばいい。
    踏んでる方は気がついていないかもしれない。
    知ってて踏んでいてもちゃんと痛いと叫ぶ。
    それでも踏むなら怒る。
    それでも踏むならもう相手の抱えている問題で、こっちに非はない。
    **

    非はないとわかっていても、じゃあその踏まれている足はどうすればいいのだ。
    逃げたとして、逃げられたとしてもすっきりしないだろう。

    そんなことを考えた。
    とても深くて、いい一冊だった。

  • 作者がどうしてこの本を書こうと思ったのかが知りたくなる作品だ。
    作家によってはあとがきがあって、「なぜ、今これなのか」が分かりやすい場合もある。でも梨木さんはあとがきを書かない人だから、そこも読者の受け取り方によって違ってくるという遊びがある作家のように思う。

    タイトルの通り、「僕は、そして僕たちはどう生きるか」がテーマだ。

    人は時として、AじゃなくBが本当は正解だとしても、それを集団がAでよしとすればそれがあたかも正しいかのように主張する。
    それをBだと主張する人間ははじかれるし、おかしいと判断されてしまう。
    出る杭はうたれる。

    それを、周りに流されずに自分が感じたアンサーを答え続けられる人が先駆者になったり、一握りの特別な人になっていくんだろう。

    本にも書かれていたが、人は1人では生きていけない。
    それは正しい思う。ただ、生まれてくる時も死ぬ時も人は1人だとも思う。
    今の私にとっては、群れのなかでしか人が生きられないということは残酷な真実のように感じた。

    追記:児童文学だけど大人向けの本だと思う!

  • 梨木香歩は大好きな作家の一人です。
    中学生を読書対象の中心に創られた久しぶりの物語。

    今の中学生は大変なのだ。もちろん、小学生や高校生もそうだろう。
    「普通」でいなければ、学校では生きづらいのである。
    そして自分の意志とは関係なく「普通」という「群れ」からはみ出され、「個」として生きていかざるを得なくなる場合もあるのだ。

    この「群れ」と「個」の間には絆がない。また「個」として生きていくのは子どもたちにとって辛すぎ、危険も多い。

    この「群れ」と「個」とを自由に行き来できれば良いのだが、現状は、一度はみ出され「個」が「群れ」に戻るのは難しい。

    しかしそれでも、作者は、「個」であることも「群れ」であることも大切なことと考え、「群れ」から離れた「個」のために、「群れ」の中に「個」の場所を用意し、互いに行き来できるようにしようと考えている。

    「個」だけでは生きていけないのだ。「個」に寄り添い、ともに生きていく誰かが必要なのだ。大人は、その絆をつくる手助けをしなければならないと思う。

    梨木香歩の自然への傾倒は、初期の作品と変わらず、この物語のなかでも、植物や生物、自然環境について詳しい描写があり、その一つ一つに引きつけられずにはおれない。この物語を自然のなかで語ることで、厳しい現実に対峙できたのではないだろうか。

    大人にもお薦めの一冊。

  • 14歳の少年による、ある休日の記録。

    自然や植物の豊かな描写の中で、
    「僕は、僕たちはどう生きるか」について考えられている。


    梨木さんの書く少女も女性も青年もすてきですが、
    中性的で落ち着いた表現だから、少年の主人公をいつか読んでみたいとおもっていたんです・・・

    そして、自分の存在意義とか哲学的なこと考えるならやっぱり、少年でなければと、おもうし、
    理想や正しさをいやらしさなく語れるのは、少年の特権な気がする。

    そんな象徴的少年に、コペルとユージンはぴったりでした。

    たくさんの問題提起があって、
    梨木さんから『あなたはどう考えますか』と言われている気分。

    流されて、その他大勢で生きることは楽だしとても安全で、
    でもそれに甘んじていると、なにも考えなくなる。

    考えなくなることは、一番、怖い。


    わたしがいま、この作品から受け取ったメッセージは、
    「考え続けなさい」ということ。

    読む時々によって、いろんな読み方ができそう。

  •  梨木香歩は非常に批判精神の強い作家です。
     作品ごとにその傾向は強まって、というか、よりむき出しになって来ているように思えます。本作品でもいくつかの具体的な事例が、それと分かるように提示され批判されていました。
     しかもその内のひとつは、本書と同じ出版社が出す人気シリーズの一冊。批判の内容にはうなずける箇所もあり、「インジャ」の身に起きたことにはぞっとしたものの、しかしこのエピソードがあくまでも(おそらく)フィクションである以上、これを当該作品・著者へ批判の根拠とするわけにはいきません。エピソード自体が物語の中でも浮いているようで、ここは少しもやっとした部分でした。

     一方で、安易な「命の授業」への批判をあらわしたエピソードは、作品の根幹のテーマに関わるものとしてうまく組み込まれていたと思います。
     教室の中で、ふと顕現する集団と個人のパワーバランス。熱血教師の中にある無意識の嗜虐心。それらに違和感を覚えながらも受け流してしまったコペル君。自分がそうとは知らないまま「集団の圧力」に屈し友人を裏切っていたことに(そして自分が忘れている間にも、傷ついた友人の方はずっとそのことについて考えていたことに)コペル君は立ち直れないほどの衝撃を受けます。これは、もちろんコペル君が卑怯なやつなのではなく、「個人」の側につくことは誰にとっても難しいのだということでしょう。それだからこそ「大多数/個人」という構図ができるのですから。
     過去の闘争について聞いている時、ほとんどの人は(勇敢に闘った/集団の圧力に屈しなかった)個人の側に自分を重ねるのではないでしょうか。そして大勢の側についた人達を愚かと思うでしょう。すでに価値判断の済んだ出来事について、そう思うのはごく自然で簡単なことです。
     しかし、いざそのような対立状況に置かれたとき、私たちは個人として立つことはおろか、対立状況にあるということに気づくことすら難しい。それを、コペル君の小さな事例は教えてくれます。一人ひとりのこのような鈍さにこそ、戦争という悲劇を呼び込む危険がある、というところまで作者は主張を広げています。
     その点ではこれを「新しい戦争児童文学」(古田足日)として読むこともできるのではないか、と思いました。

     最後のBBQのシーンには救いがあります。コペル君と、「インジャ」の女の子と2人の人間がこの場面で回復の兆しをみせています。そういえばこの作者はくり返し、ある種の、体温あるコミュニティ(「許し合える、ゆるやかで温かい絆の群れ」)を描いて来てもいるのでした(『からくりからくさ』『村田エフェンディ滞土録』など)。その意味でも非常に「らしい」作品だったと言えるでしょう。

  • 単なる「群れ」の「一員」に過ぎない自分が、日常に紛れ、忘れそうになっていることを、見事に言語化してくれている。

    私が生きていくうえで、忘れてはいけないもの。

    ・「何かがおかしい」って「違和感」を覚える力
    ・「引っ掛かり」に意識のスポットライトを当てる力
    ・「正論風」にとうとうと述べられても、途中で判断能力を麻痺させてしまってはいけない
    ・「あれよあれよという間に事が決まっていく」その勢いに流されてはいけない
    ・そして、もし戦時中に生きていたら、私も愛国少年少女と同じように、「非常時」という大義名分の威力に負けて、自ら進んで思考停止スイッチを押し、個を捨ててしまうのだろう、という意識。

    だからこそ、
    大切なのは「考え続ける」こと。


    この小説が、今、出版されたってことが、危機的状況なんだろうな。


    そして、自分を保つためには、群れから離れることも必要…に激しく同意。

  • 引き返せない大きなうねりの中で「どう生きるか」

    集団の恐さ
    安易さの愚かさ
    想像力の欠如

    「当たり前」は本当に当たり前なのか?
    集団の力に流されそうになっていないか?
    「みんなそう思っている」の「みんな」は誰なのか?

    自分の頭で考えなければいけない。
    考えないと安易なほうに、集団のベクトルに、ただただ流されてしまう。そして知らず知らずのうちに誰かを容赦なく追いつめたり傷つけたりしてしまう。それすらも想像できないままに。想像できても抗えないままに。

    10代の時に出会いたかったな。
    でも大人になってからも同じ。
    考え続けなければいけないんだ。

  • バクシーシ山下氏の例の本とともに読了。
    ともに理論社。

    特定秘密保護法案が可決された今、身につまされる思いで読む。
    わたしもコペルくんと同じタイプ。いやもっとだめだめだけれど。

  • 【内容】
    「君たちはどう生きるか」吉野源三郎/岩波書店 由来の小説.
    原作同様,14歳のコペル(原作を読んだ叔父がつけたあだ名)の素朴な視点を通じた等身大の人生論,につながる物語.
    昆虫採集の矢先,叔父さんと親友宅へ媒染用のヨモギを摘みに向かう.実は,親友の優人は小5以来,登校拒否となっていて,距離ができていた.
    叔父さんとヨモギ摘んだり,優人の従姉が加わって昼食を作ったり,オーストラリアで兵役していたマークが来てバーベキューをしたり.久しぶりに共に過ごすことで,少しずつ緊張が緩んでいく.昼食やボーイスカウト,徴兵やコペルの昆虫採集の理由,そして優人が登校拒否をしている理由など話題にすることは多種多様だが,根底にあるものは「僕は、そして僕達は、どう生きるか」についてだった.

    【感想】
    もっと前に読みたかった!特にコペルと同じ中学生の時に読んでいたかった...
    この小説の哲学はタイトル通り,「僕は(主体性をもって)、そして僕達は(群れとして)どう生きるか」.
    私もコペル同様に,人の意見を鵜呑みにしてしまう性質で,個の弱さに目を背けている部分があり,1人こっそり行動することをしがちです.おそらく,ほとんどの日本人にとって,コペルの気持ちは「あるある」だと思います.

    近年,マスメディアは疑いやすくなっていますが,口コミNo.1の金融・保険サービスやベストセラーの本,周囲の人の言動などなど,私にとって鵜呑みにしがちなものはまだまだ多いです.そんなとき,「意識のライトを当てて,自分の僅かな違和感を明らかにする」ことができれば,と思います.
    「自分基準で『自分』をつくっていくんだ。他人の「普通」は、そこには関係ない」というフレーズとそのエピソードは特にショックでした...

    個を確立させればそれでいいかというと,やはり人間は群れの生き物で.物語の最後,インジャが少し心を開くことによって「どんな群れが求められているか」コペルが確信し,その決意が気持ちよかったです.

  • 僕は、そして僕たちはどう生きるか。

    私は、そして私たちはどう生きるか。読みながら何度も自分の心に問いかけた。
    今の自分はコペルのように(肝心要の自分自身が信用できない、僕にはもう自信がなかった)という状態。
    少年たちのある一日の様子を通して、なんて重大なことを伝えているのか。大勢に飲み込まれることなく、無難なほうへと流されることなく、幾度も心に問いかけながら、それでも群れとともに自分の道を歩いていきたい。
    強くなりたい。

    ※参考「君たちはどう生きるか」吉野源三郎 岩波書店

    そして作中インジャがインジャになった原因AV監督の書いた本のモデルと思われるのが、同じ理論社から2007年に出版されています。

  • 人と会ったり、話したりすると、パワーを使う。みんなで盛り上がる方が楽しいのはよく分かるけど、そうしたくてもできない時や、したくない時もある。でも、そういうのが分からない人や認めたくない人がいて、「盛り上がってないじゃん」なんつって言われて。子供の頃からそれがすごくイヤで、集団での衝突が絶えなかった。「何であんたはそうなの?」って言われても、上手く説明できなくて、結局、選ぶのはいつも孤立だった。『僕は、そして僕たちはどう生きるか』は、そう言う気持ちを上手く表現してくれている。大衆と犠牲。ロックンロール。分かりきったことだけど、社会生活を送る上で、100%の勝利や100%の理解はありえない。大切なのは、この一線だけは譲れないという「何か」を持つこと。投げ出さず、最後まであきらめずに戦ったり、訴えたりすること。梨木さんの本の中では、一番すんなり読めた。題名に負けない、いい本だった。

  • 子どもたちに読ませたい1冊。
    読み終わって、もっと先を読みたいと思ったが、ここで終わるからいいのだとも思った。
    ここから、また新たなスタートが始まるということに希望がある。
    生きるのが下手な方が、よりよく生きられるような気もする。
    その分、深くいろいろと考えるから。
    新しい出会いとスタートと。読んでよかった1冊。

  • あー。これはちょっとだめだ。いくら梨木香歩さんでもだめだ。ジャンルがYAだったので手にとったけど、どうしちゃったんだろ。他の方が書いてましたけど、道徳の本でも目指してるの? って言葉にすごい頷ける。レイプとかAVとか不登校とか命の授業とか、なんか全部詰め込みすぎ。

  • この本を読んでいる途中で、スーザン・ソンタグの若い読者へのアドバイスの一文がぽっかり浮かんできました。「二度読む価値のない本は、読む価値はありません」・・・
    この本は、今の私にとって間違いなく二度読む価値のある本です。

    ここのところ、ずっと私の心に引っかかっている「人が集団になり暴走した時に、それを停める方法がないのか?」という問題について、この物語がこんなに力を持っていたなんて、読み始めたときには全く気付いていませんでした。

    雑誌「ミセス」の連載コラム「不思議な羅針盤」の2009年1月号に「場の自然」として書かれていたコラムが、この物語に生まれ変わっていることに気づいた時の、驚き!

    これから、また読み返して、自分の知識の乏しさに呆れながら
    梨木さんの思考の跡を辿っていこうと思う。

  • 題名になんか慕わしいものは感じていたのですが、読み始めてびっくり!
    コペル君とおじさんが出てきてるし、なんか古風な言い回しと落ち着いた文体・・。
    とくれば、これは、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」の梨木版じゃないですか。\(^o^)/

    時にうんうん、時にドキっという感じで、とても嬉しく読みました。引用しておきたい文章もたくさん。
    舞台は平成の現代。
    コペル君は14歳で1人暮らし。大学で教えているお母さんの異動に専業主夫のお父さんが同行してしまったから、という導入からして面白い・・・。

    コペル君は小さい時からものごとをよぉ~~~く(*^_^*)考える子で、今も考え続けているという、あはは・・私の大好きなタイプの男の子なんですね。
    そんな彼が、ずっと不登校の友だち・ユージンの家をおじさんのノボちゃん、犬のブラキ氏と一緒に訪ねた一日の話なんだけど、ユージンの従姉妹のショーコ、ショウコのガールスカウトの先輩であるインジャ、ショウコの家のお客さんであるオーストラリア人のマークとあれこれ語りながら、また、考えることが増えていく・・。

    一番の話題は、多数派と少数派との関係。
    ジェンダー、生態系、学校、戦時中の“洗脳”、徴兵制IN現代、などを題材に、みんな、とても穏やかに(そして全然、説教臭くない所が凄い!)語る内容が面白くて、面白くて。
    特に、コペル君がこれまでの自分を振り返り、彼の「適応力」に対して価値観がひっくり返るほどの衝撃を受けた場面では、私も愕然とし、でもそこでまたプラスの気持ちになれたところが、梨木さんの力量ってことなんでしょうね。

    多数派が悪くて、少数派は報われなくて、という単純な扱いじゃないところが、またよかった。

    ある種の「たくましさ」や群れでやっていく能力・・協調性とか思いやりとか・・は、「大人数」の中でしか獲得できない、とか、だからこそ、時には群れから離れて生きることも大事だ、とか、足を踏まれたら痛いって言えばいい、踏んでいる方はそのことに気づいてないかもしれないから、とか、なんか、こんな風に書きだしちゃうと、誰でも言ってる陳腐な内容になりそうなのがもどかしいんだけど、一つ、一つが、すっごく腑に落ちたんだよね。

    うん、私は常々「みんなと同じ」という流れがとてもイヤで、その意味でちょっと突っ張らかった自分、みたいな感じを持て余したり、ちょっとは好きだったり(汗)してたのが、また、違った角度からも見れるんじゃない?と教えてもらった気分。

    アラフィフのお母さんが、YAを読んでこんなに感動するなんて!と、笑ってしまうこともできるけど、ここは素直に、梨木さん、参りました!と言いたいです。

  •  母の赴任に父がついて行き、「実験的に」1人暮らしを始めることになった僕。幼い頃から僕を「コペル」と呼ぶ染色家の叔父のノボちゃんとゴールデン・レトリバーのブラキ氏を連れて、染料にするためのヨモギを取りに、友だちの優人(まさと)ことユージンのうちを訪ねることに。
     周りを森のような緑に囲まれたユージンの家は部屋の中こそ洋風ながらも、古くて大きな元農家のお屋敷。敷地にはたくさんの暴風林や庭木、数々の野草、そして季節によって表情を変える池がある。理由あって、学校に行かなくなったユージンのことが気がかりな僕は、彼の様子見も兼ねて、声をかけたのだが…。
     友人宅で過ごす何気ない1日の中での、14歳のコペルくんの心の動きをつづった1冊。

     表紙、そして帯を見る。「コペルくん」とくると本家を思い出すが、実は私も断片しか読んでないことに気づく。てっきり、メッセージ性の強いエッセイかと思ったら、少年の1日の物語だということがわかる。
     人間の都合によって歪められる生態系、無邪気さを隠れ蓑にして、人を笑いものにする後味の悪い「笑い」、少女を食い物にする性犯罪や、良心的兵役拒否について…一つ一つのことについて真摯に考える主人公コペルくんの心の動きがダイレクトに伝わってくる。

  • 途中、あれって、思うところがあり、
    重い気分にはなるが、
    すっきりとした読後感。引き出し

    西の魔女が、ボロボロならば、
    この本は、ポロリ。
    そんな涙です。

  • 植物と、それを食べることへの視線が真摯で優しい作品が多いけれど、今回もそれが遺憾なく発揮された作品。山菜が美味しそう。
    大勢に流されることの安易さと残酷さ、その中で自分の意志を貫くことの難しさと尊さを描いていて、身につまされる部分が大きい。
    ただ、これからのことを考える作品だから仕方ないのだろうけど、なんとなく尻切れとんぼ感があるのが残念。

  • ×

    perho

    本は必要なときに出会えると、誰かが言ってたとおもうけど、この本にはそういうふうに出会いました。
    コペルくんみたいに素直に、謙虚に生きていけるよう、がんばろう。
    なんとなく、傷つきたくなくて考えるということを避けてきたことが、やさしい言葉でまっすぐ伝わってきて、このままでいていいの?と問いかけられたという気がします。
    これから何度も読み返す、大事な本になりそうです。

  • タイトル通りの物語。どう生きるかということが書かれた作品。なんだか小難しいなぁという印象。多感な時期に読むとなんだか影響が大きそう。梨木作品はなんだか文章が硬質な感じがして私は少し苦手かも。2012/583

  • まわりの「普通」に流されないで生きていく事
    自分を見失わないように
    がんばっていた人、がんばっている人がいる

    コペルくんのある一日が平凡に過ぎるお話っぽいけど
    なかなか印象が強い内容でした
    いろんな人が出てきたなぁ

    ノボちゃんは、染色をやっている
    安定した生活には結びつかないけど
    「好きなことやってるんだから、それは覚悟の上さ。精神が安定していることの方が、いいんだ」

    コペル君は
    いま、僕に必要なのは、気持ちをすっきりさせることじゃない。とにかく、「考え続ける」ことなんだ。
    …泣いたらだめだって事。甘い自己憐憫に浸る心地よさなんか、いらない…そんな自分でありたい

  • これだったんだ。

    そう思った。


    どこまで、どれほど日々のなかでとことん突き詰められるか。
    見て、聞いて、かならず何かを感じているのに、うやむやに、なんとなくいやだな。これはなんかいいかもしれない。そんな程度で済ませてしまっている。

    ユージンは、世間から、現代から半ば切り離した(けれど完全には離れていない)場所で、時間をかけて考えて考えた。

    いそがしいから? だからここまで考えられないのだろうか。違う。そこにつぎ込むエネルギーを捻出できない集中力のなさ、真剣味の欠落。考えなければ、巻き込まれる――その不安の欠如。

    空気で、雰囲気で伝える――そんな曖昧さに一石どころか巨岩を投じた一作。

  • 梨木さんの小説は「西の魔女が死んだ」以来、2冊目です。

    この本の主人公は14歳の少年。男の子だけど中学生だし、土と植物に触れる暮らし、手を動かして食べ物を作るところ、など、共通したテイストを感じました。

    ただ、こちらのほうが、個を超えている感じ。2011年の4月に刊行されたようですが、今のご時世を予感していたかのように読めました。ふだん気づいてない(または無視してる)心の中のざわざわするものを刺激されて、読後も考え続けてしまいます。

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僕は、そして僕たちはどう生きるかの作品紹介

やあ。よかったら、ここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ。コペル君14歳、考える。春の朝、近所の公園で、叔父のノボちゃんにばったり会った。そこから思いもよらぬ一日がはじまり…。少年の日の感情と思考を描く青春小説。

僕は、そして僕たちはどう生きるかの文庫

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