- Amazon.co.jp ・本 (686ページ)
- / ISBN・EAN: 9784750327952
感想・レビュー・書評
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アジア初のノーベル経済学賞受賞者であるセン博士が、母国インドの歴史と文化、そしてインド人のアイデンティティを論じた大著。
センの著作の中では異彩を放つ一冊である。
センの経済学がベースとなった部分(インドの食糧政策について論じた項目など)もあるものの、全体としては専門外の分野にあえて踏み込んだ内容だからだ。
センは、米ハーバード大学などで教鞭をとるいまも、インド国籍を保持しつづける「筋金入りの『愛国者』」(訳者解説)である。
また、飢饉や貧困の解決をライフワークとして掲げる彼の経済学の原点には、少年時代に遭遇した「ベンガル大飢饉」の衝撃があるといわれる。
インドを愛し、インド人であることにこだわりつづけるセンにとって、この浩瀚なインド論はけっして経済学者の余技などではなく、書かれるべくして書かれたものなのだろう。
16章に分けられた内容は、多岐にわたる。
インドの核保有について論じた章もあれば、インドにおけるジェンダー不平等を論じた章もあり、インドにある多様な「暦」を通じてインド文化の特徴を探った章もある。16の異なる角度から大国インドに光を当て、その全体像を浮き彫りにしていく試みなのである。
そして、各章で展開される分野別のインド論はいずれも、ステレオタイプのインド理解に異を唱え、読者に新たなインド像を提示するものとなっている。
たとえばインドと中国を比較した章では、両国の歴史的関係が仏教史にのみ目を向けられがちであることに異を唱え、宗教以外の分野における知的交流史に光を当てている。
わけても、多くの日本人にとって最も新鮮なのは、「インドにおける永い議論好きの伝統とその現代的な意義」に焦点を当てた部分であろう。
“神秘主義と宗教原理主義の国”というインドに対するイメージをセンは突き崩し、「対話の伝統と異端説の受容」の歴史をたどっていく。仏教徒だった古代のアショーカ王やイスラム教徒だった16世紀のアクバル皇帝が、対話を重視し他宗教に寛容な政策を打ち出したことが、例として挙げられる。
そこから浮かび上がるのは、古代ギリシャと並ぶ民主主義の源流ともいうべきものがインドの歴史の中には厳然とあり、現代まで脈々と受け継がれてきた、ということである。
本書のもう一つの特徴は、センの個人的体験に大きく依拠したインド論だということ。たとえば、センは詩聖タゴールと浅からぬ縁で結ばれているが(センの名付け親もタゴール)、そのタゴールの思想についても一章が割かれている。
逆にいえば、教科書のようにバランスのとれたインド論ではないのだが、その偏りの中にこそ、本書の独創性と魅力もある。詳細をみるコメント0件をすべて表示