ナショナリズムの狭間から

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著者 : 山下英愛
  • 明石書店 (2008年7月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (303ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750328188

ナショナリズムの狭間からの感想・レビュー・書評

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  • 回送先:川崎市立高津図書館

    旧日本軍軍性奴隷問題(従軍慰安婦では生ぬるいというのが評者の見解である)について日韓双方の抹殺的なナショナリズムを見てきた山下が語る一つの時代記。姜尚中の『母(オモニ)』とはちょうどコインの裏表のような作品であり、評者ならば山下の本書の方が評価が高いと考えている。

    山下自身が在日コリアンと言うには在日コリアンではなく(母親が日本人であり、山下は日本国籍を保有している)、「山下」という母の苗字と「崔」という父の苗字、「英愛」を「えいあい」と読む母の国と「よんえ」と読む父の国に板ばさみになった青春時代(そして筆者が取ったのは双方の思いを汲んだ「やましたよんえ」という選択であった)、韓国の梨花女子大で出会った女性学とその後の韓国女性運動、そして90年代の「挺身隊」運動とその後の「国民基金」による分断―当人が考えるよりも激動だったこの20年を淡々と語っていく。

    本書が恐らく黙殺されたのは―日本の異性愛男性にとっては見たくない「軍性奴隷」という暗部があることもそうだが―日韓双方にとって大変都合のいい「排外型ナショナリズム」で大衆を動員した方が国民統合が図れるときに障壁となる部分に山下がたどり着いていることへの恐怖心があるのではないだろうかと考える。特に、性奴隷にされたハルモニたちを、「悲劇のハルモニ」として国民統合の道具にした韓国のナショナリスト(ここには韓国のフェミニストも含まれる)への山下の忌憚なき批判はそのような作業仮説を保障する一面として機能する。ハルモニが求めたのは韓国のプライドではない。自分の青春時代の尊厳なのだと言うことを日韓双方が集団抹殺したのがこの20年なのだ(その上、国連のタクスワラミ報告はそうしたハルモニたちの尊厳を抹殺しなかったが、政府の対応は全くの真逆だった)。
    同時に韓国でも未だに「対日協力者」というレッテルの下に沈黙を余儀なくされている「労働挺身隊」へのまなざしも慈愛に満ちている。そしてその向こうに、かつて在日コリアンとして振る舞わなければという強迫観念に囚われていた山下の母の姿が見えてくる。

    現在同じ明石書店では『在日コリアンの歴史』という本が刊行されているが(これも機会があれば登録する予定でいる)、これが在日コリアンの正史というのであるならば、山下の本書は在日コリアンの主流では取り上げられることさえない分断のそのまた分断の歴史だ。フェミニストだけではなく、実のところBL関係者も読むべき本ではないのかと一読後しみじみ思っている。

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