哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

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制作 : 青木玲 
  • 亜紀書房 (2010年10月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (396ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750510118

哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)の感想・レビュー・書評

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  • 読む価値あり

  • 哲学的考察をめぐる長い歴史のなかで「赤ちゃん」は未完成で未成熟で未整理と考えられ、哲学界からは長く蚊帳の外に置かれていた。(ようです。)

    Alison Gopnikは認知科学者の一方、子育てに奮闘した経験から、こどもには実は大人にない高い能力があるということに気付きました。
    「幼児はある意味、大人以上に賢く、想像力に富んでいて、思いやりがあって、意識が鮮明だったのです。」

    ここで、私と自分の2才になったばかりの姪っ子とのあるエピソードをお話しします。ある日、私がCDを持ってきてプレーヤーにかけた一部始終をその子が見ていたようで、自分でもやってみたくなったようです。そして大人たちが目を離した隙に、別のCDをケースから勝手に取り出してCDをかけるまねを始めました。でも操作がうまくできず、CDの裏面にたくさんの傷をつける結果となってしまいました。傷ついたCDをかけてみると、傷のため音が飛んでうまくかかりません。

    音飛びを自分の耳で聞いて、私の表情を見たその子は、そのとき、そのCDがうまく聞けなくなったのは、自分がつけた傷が原因だということ(学習・認識)、そしてCDは一般的に、裏に傷をつけると聞けなくなってしまうものだということ(反実仮想)、さらに、私が怒って、悲しんでいるということ(共感)、それらを、あのとても小さい頭のなかで系統立てているのでは?!と気付いたときの驚きは、おそらく著者がしたものと同じだと思います。

    著者は、赤ちゃんがそういう高い能力をもつのは、人間というものが他の動物とは異なり、世界を認識する能力が高く、その認識によって世界にはたらきかけ世界を変革しようとしてきて独自の進化を遂げてきた、という“進化論”を裏付けるものであるとしています。

    でも、「認識」「哲学」…といった用語に臆する心配は無用です。
    この本では著者の母親としての顔がしょっちゅう表れ、愛情や笑いがあふれる内容になっています。だから、子育てのさなかでで赤ちゃんの不可解な言動と格闘中(?)のお母さんが、ほんの息抜きとして読むのもお薦めします。
    (2014/2/15)

  • 過去への反実仮想とそれに伴う後悔は、未来に向けた反実仮想の対価かもしれない。
    実現しなかった過去を悔やむ事は、豊かな未来を思い描ける事とセットになっている。p36

    ホモサピエンスの成功に貢献したのは、道具を使い、計画を立てる能力である。これは赤ちゃんも一緒。p40

    言葉を覚える時期は、道具の使い方を思いつけれるようになる時期と一致します。
    言葉を得た幼児は、幅広い可能性を思い描けるようになる。p45

    空想の友達がいる事は、天才の証でもなければ、病気の兆候でもない。p78

  • 科学の読み物としてはなかなかおもしろい。やや文系脳かな?

  • せいぜい300ページぐらいしかないハードカバーですが、読みごたえは十分。

    赤ちゃんに秘められた可能性を説き、「子どもは哲学の難問である人間の想像力や真実、意識、同一性、愛、道徳といったものを解き明かす手がかりを与えてくれる」として、その実例を豊富な実験データや著者の子育ての経験から展開しています。本来ならばかなり難しい「論文」となるはずのテーマですが、とても平易な文章で綴られているので(この辺は訳者が頑張ったのだと思いますが)、読みこなすのはそれほど難しくないと思います。

    個人的には、大人と子供の「注意の向け方、注意の集め方」の違いが面白かったです。
    大人は注意を抑制できる一方、子供は外の刺激に大きく反応するので集中力が弱く、余分な情報に反応してしまう」という事実から、「だから子供は広く浅く注意を拡散させていないと勝てない神経衰弱が大人よりも得意」という実例に展開した時は、ストンとこの論が腑に落ちました。友達の娘でやたらに神経衰弱が強い子がいて、手加減せずに本気で挑んでも負けることがあるんですが、そういう特性が子供にはあるんだなぁと納得でした。

    他にも面白い実例や論証はたくさんあるので、子供というフシギな生き物に関心がある方は是非ご一読を。

  • 子どもの学習と発達の研究者であり、
    3人の子どもの母親でもある著者が、
    「子どもが何を感じ、どういう思考をしているか」
    ということを最新の認知神経科学の成果から明らかにしつつ、
    「子どもとは社会でどういう存在か」
    という社会論にまで視座を広げ、
    議論を展開していく。

    徹底的に科学的姿勢を貫きながらも、
    エンターテインメントとしても読ませる作りであるのは、
    著者や編集者の文筆技術はもちろんのこと、
    何よりも著者の「子どもに対する愛とワンダー」が
    満ち満ちているからだろうな、と思う。

    私が大学のときに聞きかじった程度の子どもの心理学という
    ことでは、せいぜいピアジェの子ども研究くらいだったのだが、
    実際に心理学者たちの取り組みが、
    20世紀に生まれ花開いた認知科学や神経科学の知見を
    踏まえて、巧みな実験を重ねることによって、
    まるでそのピアジェが考えていたような「子ども論」は
    ハズレであり、
    子どもが見聞きして認識している世界は、大人の想像を超える
    ものであると判明してきた、という話は
    大変に興味深い。

    本書を読み解くひとつのキーワードが
    「ランタン型意識」だと思う。
    大人と乳幼児の大きな違いは、著者によると
    「内因性注意と外因性注意の支配度」の差ということである。
    平たく喩えると、
    「スポットライト型意識とランタン型意識」だそうだ。
    つまり、自分の意思でもって(内因性)注意を対象に向けられる
    ようになった大人は、目の前で起きていることに対して、
    自分の意思の対象にスポットを絞って注意ができるのだが、
    乳幼児はランタンのようにぼんやりと全部を照らしてしまい、
    外界で起こるあらゆること(外因性)にすぐ注意を
    持っていかれてしまう。

    心理学者ダン・シモンズが編み出した、有名な
    バスケットボールのパスのシーンをゴリラが通り過ぎるビデオに
    ついても、
    ゴリラの事前情報がない大人は、パスを数えるのに必死になると
    まずもってゴリラに気づかないが、
    たとえば乳幼児ならば、そもそもパスが数えられるかどうかは
    ともかくとして(笑)、ゴリラにはすぐ気づいてしまうということと言える。

    確かに、電車の中などで赤ちゃんを見かけると、
    なぜか目が合って、じっと私のほうを見ていたりする。
    あれも外因性に引っ張られるということなのだろう。
    大人は、もちろん社会因習的理由はあるにせよ、そんなに乗り合わせた
    人をじっと見つめたりはしない(笑)。
    内因性注意をもって意識を方向づけられるかどうかの差異だと思えば
    納得である。

    あとはよく言われる
    「道徳の起源」についても、著者は研究成果をベースに、
    自身の言葉で説得力をもって語ってくれる。

    宗教による道徳効果に肩入れする人々や、
    あるいは社会文化的な「道徳教育」を是とする人々には
    受け入れがたい真実かもしれないが、
    人間はそもそも道徳的だ、というのが乳幼児研究からは
    分かっている。

    1歳児であっても、目の前の人が「何に困っているか」に気づけば
    その解決のために(結果的に対して役立たないにせよ)精一杯に
    助力しようとする。
    また、幼稚園児くらいになれば、誰に教わるわけでもなく
    「他人に不快な目に遭わせてはならない」というような
    根本的な社会関係の道徳律を発揮するのである
    (大人よりもよっぽど「道徳的」ではないか!)。

    これも要するには、進化心理的なものとして一定の説明は
    つけられるだろうとわたしは思う。
    人間は苛酷な環境を生き延びる上で、助け合って生存率を高める
    しかなかったのである。
    従って、自然淘汰のプロセスで「生得的な互助性」が残されてきたのは
    むしろ当たり前すぎる
    (宗教や道徳教育の手を借りなきゃならないようでは、人間はそもそも
     それらを発明するまで生き残ってはいなかっただろう)。

    とはいえ、著者の見事なところは、別に進化心理というか、
    遺伝性、生得性だけで説明をつけようとせず、
    後天的環境要因についても、現在判明している中で言えること、言えないことに
    謙虚にラインを引きながら語ってくれているところだ。

    赤ちゃんを守り育てることは、
    血縁関係(=遺伝子保存)の観点からだけで説明のつくものではなく、
    むしろ「援助を求めている者を助けたいと思う、育てたいと思う」という
    乳幼児自身が見せているような互助性を、社会集団の中で皆が
    発揮しているような「すごい現象」で「自然な現象」だと言えるのかもしれない。

    古代からの哲学者たちは、赤ちゃんをまるで考察の対象としなかったが、
    諺には赤ちゃんの真理を突いたものがたくさんあるな、と今気づいた。

    「親はなくとも子は育つ」
    「三つ子の魂百まで」
    「子はかすがい」

    偉大な哲学者よりも、そのへんの人のほうが、こと赤ちゃんについては
    経験的真実を分かっていたようである(笑)。

    著者は、科学という武器と、母親としての経験的視座と温かみを持っていて、
    それが何よりの源泉にあるんだなーと思った。

  • まえがきからかなりの読み応え。
    新生児の生体構造、脳内ネットワークの形成過程等興味深い。

  • アソシエ今読むべき本から
    子育て
    可能性を伸ばす

  • 20ページに及ぶ「はじめに」と言う序文がとても面白い。
    しかし心の問題を取り上げながら、本文ではモノの世界のとらわれすぎていて矛盾を感じる所が多い。
    机上の統計とか効率で自分の考えを証明しようとするあまりに、本質である実態を見失っていることが多いように思う。

    面白い表現としては
    過去は未来に対する対価であり、責任を伴うものである。

    計画し期待を抱き責任を感じるからこそ未来を夢に見魅了されその過程の今に没頭したり逃げ込むことができる。

    フィクションはこうした近い実現を予定する未来よりも、ずっと遠い反事実である。

    心の世界には設定された自然な世界がない。
    願望・感情・信念・信心・禁欲を
    (民主主義・平等主義・平和主義・流儀・約束事)
    これには「不自然」な願望や信念を理解する必要がある。
    (外とつながりたいための苦労と内とつながりたいための苦労)
    その反動が他害と自虐。
    協調性と個性は在る面で対立しているようで、心の面でつながる個性を発揮できる関係性を追求すれば、相手と自分の両方を認め合える協調性を必要とする。

    重複するけれど、この本は心を語りながら確率や統計を持ち出し本物を現実として空想を無益とし、驚いたことにその無益な体験が宇宙を征服することに役立つはずだと言う。
    愛の道徳を産まれながらに持ち合わせていると言う一方で、人間の心が制服を目的にしていると思い込んでいるらしい。
    それはおびえた不安恐怖におかされた心であることに気付いていないようだ。

    シンプルとは単純明快なことで無駄のない洗練された姿で、臨機応変に振る舞って急がば回れだと言うことだろう。

    幼児のゴッコ遊びは幼稚故なのではないと言いながら、年齢とともに増える知識で修正され、世界をより正確に反映し創造力を発達させ正しく学習できると言う。
    (この正しいと言う意味は何を元にしているのだろうか?)
    このことを別の言い方で表現すれば、幼児のもつ無限性による自在な感覚が利害と既得権の都合によってつくられたこの世の暴力的既成概念に脅されて、依存心に支配されて行くことを発達と言い、正しく学習しているとしているのだと言っているのだろう。

  •  赤ちゃんを観察することで哲学上の難問への理解が深まる。因果関係とごっこ遊び,見落としと認知。子育て中の親におすすめ。

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哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)の作品紹介

・現実と非現実をわきまえ空想している
・ものごとの因果関係がよくわかっている
・実験し、統計的分析をしている
・ランタン型の広い意識をもっている
・記憶力がいい
・ひとの性格を読み取っている
・ひとのことを純粋に思いやる
etc...


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