大学の反省 (日本の〈現代〉11)

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著者 : 猪木武徳
  • エヌティティ出版 (2009年4月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757141025

大学の反省 (日本の〈現代〉11)の感想・レビュー・書評

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  • 非常に幅広く大学を取り巻く問題について言及されている。
    ただし、どちらかと言えば上位校がターゲットか。
    底辺大学には生き残る道が無いということなのか。

  • タイトルの名前の面白さに惹きつけられますが、実は著者の先輩の青山秀夫氏(京大経済教授だった)の論文表題を46年ぶりに取ったとのこと。長い時代を超えて大学のあり方についてずっと議論だったんですね。私立大学の経営の困難さが度々取り上げられる時代ですが、この本は著者が書いているように 大学の役割が①教養(文化)の伝達、②専門職教育、③科学研究 と若い科学者の養成の3点にあるとの指摘です。「教養」とは何か、が今日大学の目的を考える際に、問われている時代であるように思います。日本の高学歴化、大学院進学の増加が言われていますが、日本はこの点に関すると先進国の中では遅れているというのは、興味深いことでした。これは日本の企業社会が求めていることと見事にリンクしているように思います。

  • 著者の経験も踏まえた日本の大学の現状と問題点.三つの提言:総合のための教養教育,良質な私立大学への助成,教師という職業の再生

  • 次の2つの理由により積読してた本。
    ①分厚い(ハードカバーで316頁)
    ②高等教育研究者によらない大学の本(著者の猪木さんは経済学者)

    3つの提言がなされている(p269)。
    ①古典を中心とした「教養教育」カリキュラムを開発し、それを高等学校と大学レベルの教育カリキュラムに組み込むこと。
    ②高等教育への公的予算を増やし、それを優れた私学への助成に支出し、日本の高等教育への公的予算の規模のGDP比を少なくともOECDの平均水準まで増やすこと。
    ③文化の伝承者としての「教師」という職務を見直すこと。

    タイトルの『大学の反省』は、ハッチンスの言葉
    「よい教育は、どれほど優れていても、教えられる者の間の内部的な評判に留まるにすぎない。研究は公刊され、科学研究は世間の大評判をうること、そして時として現実的な結果へとつながる」
    であり、「筆者に反省を迫るもの」でもあるという(p276)。

    結果的に、積読理由①はまったく気にならなかった。
    日本の大学の現況が膨大なデータと広く深い教養により分析されている。
    積読理由②は全く恥ずかしい限り。高等教育研究者ではないが、大学人であり、かつ優れた研究者であるからこそこれだけ俯瞰できるのだと感じた。

    もっと早く読めば良かった。

  • 国際日本文化研究センター所長の猪木武徳による日本の高等教育論

    【構成】
    Ⅰ 変化と現況
     第1章 不完全な改革
     第2章 憧れの喪失
    Ⅱ 知識の公共性
     第3章 知識の探求と自由の保障
     第4章 産業社会における人文学
    Ⅲ 知識生産の分業と協業
     第5章 産業と学問
     第6章 専門知識人とエリート
    Ⅳ 適正な競争に向けて
     第7章 競争と質の保証
     第8章 大学の国際化
     第9章 知の権力の分散
    結びにかえて 3つの提言

     昭和30年、大学進学率がわずかに1割程度であり大卒はまさにエリートであった、それに比して50年後の平成17年には同率は76%まで上昇し、大学という教育機関はごくありふれた存在となり大衆化している。

     経済史・労働経済学を専門とする著者は、大学における最先端の研究そのものよりも、大学で学ぶ学生たちと一般社会との関係に注目する。日本社会は「学歴社会」と言われて久しく、どの大学が高学歴だというような話も耳にすることが多いが、国際的に見れば先進国中では日本は最も「低学歴」な社会だと言う。つまり、多くの先進国においても日本同様に大学が「マス化」「大衆化」しているが、社会に出るエリート層(企業の管理職)の多くは大学院まで進学して専門教育を受けており、(サンプル数が少ないので正確性は無いが)事務職の管理職に占める院卒の割合はアメリカ・ドイツの1/30~1/20と極めて少ない。

     著者は、このような大学の現状について、欧米の大学・大学院の事情を踏まえて冷静に分析する。その上で、学部学生への「総合のための教養教育の充実」「優秀な私大への助成」「教育者としての教員の再生」を挙げている。大学院の質を上げるためには、まず学部の底上げが必要だということは明らかである。

     その国の産業の質が労働者の質で決まるのであれば、いつまでも「低学歴」の文系がのさばる日本社会は国際競争力を失っていくことが必至であろう。そのためには、学部新卒至上主義の現状の企業の採用活動について、大学側から企業へもっと働きかけていくべきであろう。

     提言はさほど目新しくないが、「制度」としての日本の大学の現状と問題を洗い出す上で参考になる。

  • 本書の結論は、①人文学教育と教養教育の見直しと復活特に古典学習への注力、②大学の私的負担縮小すなわり公的予算投下、③教師の再生を提言している。
    私の最も重視する課題意識は、教養教育の在り方だ。本書では、ニューマン(1858)『大学の理念』、オルテガ(1930)『大学の使命』、ハッチンス(1953)『ユートピアの大学』を土台に、自由学芸・教養教育について述べている。
    我が国の教養教育は、旧制高等学校と、戦後のリベラルアーツ・カレッジの米国方式の移入が、どうも源流のようだ。この辺をまず別の機会に調べよう。
    また、著者は研究大学化した大学院と、少ない学生への学部教育としてリベラルアーツ教育の両方を実施することを提言としている。

    設置基準の大綱化により、意図せずに教養の概念がとりさられてしまった。これは人文学、古典講読が重視されなくなったことに警鐘を鳴らしている。
    世界的な趨勢として、産業界からの要望により職業教育が重視されるようになり、逆に教養教育が軽視されている。イギリスの産業革命の頃からこれはある。古典教育を実施しないと、非定形的な判断のできる人材育成の手段を一つ失う。古典教養には深い洞察力が必要だからだ。

    人文学の核は、哲学・倫理学の人間が人間たる所以の理解。加えて、社会サービスと実践性を要求されていることが多い。

  • [ 内容 ]
    いま大学に何が必要か。
    難問が山積し、魅力を失い始めた日本の大学。
    その現状を正確に透視し、新たな希望の道を探る。

    [ 目次 ]
    1 変化と現況(不完全な改革;「憧れ」の喪失)
    2 知識の公共性(知識の探求と自由の保障;産業社会における人文学)
    3 知識生産の分業と協業(産業と学問;専門的職業人とエリート)
    4 適正な競争に向けて(競争と質の保証;大学の国際化;知の権力の分散)
    結びにかえて―三つの提言

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

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大学の反省 (日本の〈現代〉11)の作品紹介

いま大学に何が必要か。難問が山積し、魅力を失い始めた日本の大学。その現状を正確に透視し、新たな希望の道を探る。

大学の反省 (日本の〈現代〉11)はこんな本です

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