捏造された聖書

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制作 : Bart D. Ehrman  松田 和也 
  • 柏書房 (2006年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760129423

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捏造された聖書の感想・レビュー・書評

  • トンデモ本のようなタイトルだが中身は理性的。
    印刷機以前の手による写本は、作為不作為を問わず前世代とは異なるものができる。従って、現存する聖書はオリジナルのものとは違う。
    きわめて当たり前の話だが、このあたりが大論争になってしまう宗教学の恐ろしさ。

  • 新約聖書は過去に数々の改変(誤記・改ざんなど)がなされて今に至っているのですよ、ということを述べていく本。

    聖書学の世界には「本文批評」なる学問分野(聖書のオリジナルなテキストの再現を目指す)があって、本書はそれを専門とする学者さんが書いたものです。といっても本書そのものは一般の人向けに書かれています。翻訳も少しくだけた感じ。もちろん信仰を否定したりする内容でもありません。

    興味深かったのは、新約聖書の中でも悪名高い(?)1コリント14章の「女性は教会では黙っていなさい。女性には話すことが許されていないのです」に関するところ。本書によると、この部分はパウロが書いたものではなく、女性の立場を低くしたいという意図を持った何者かによって挿入された文章であるという見解です。しかし、amazonのあるレビューによると、本書の見解こそが実は誤りであるとする見方もあるとのこと。「本文批評」、なかなかおもしろい世界です。

    「捏造」というと悪いことをやっているようなニュアンスがありますが、本書は聖書を書き写してきた書記たちへの敬意は忘れずに、その上で事実は述べていく、というスタンスになっています。聖書を書き写してきた人々、そしてオリジナルの聖書を再現すべくアプローチしてきた人々、どちらもすごい仕事をしてきたことが分かります。

    (2015/07/17)

  • [ 内容 ]
    イエスは死を前にして錯乱したのか?
    毒を飲んでも平気だなんて言ったのか?
    “三位一体”の教義は新約聖書の中にはっきり書かれているのか?
    そもそも新約聖書にイエスが「唯一神」だなんて書いてあるのか?
    ―多くの誤謬と捏造に満ちた聖書の謎をめぐるノンフィクション。

    [ 目次 ]
    1 キリスト教聖書の始まり
    2 複製から改竄へ
    3 新約聖書のテキスト
    4 改竄を見抜く―その方法と発見
    5 覆される解釈
    6 神学的理由による改変
    7 社会的理由による改変
    終章 聖書改竄

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、3階開架 請求記号:193.5//E36

  • 神学の本文批評学
    期待できるヽ(;▽;)ノ

  • 必ず言われることですが、この日本語のタイトルはひどすぎます。新約聖書の本文批評学の歴史や現在の課題などが、読みやすくまとめられています。ある程度基礎知識は必要かもしれませんが、入門には良いです。アーマンの考えが良いかどうかはまた別の問題ですが。

  • 『捏造された聖書』とは、またキャッチーなタイトルだが、訳者もあとがきで言うように内容は実に健全で誠実に聖書学、とりわけ本文批評学の分野から新約聖書の読み方を解かりやすく解き明かした一冊であります。

    原題は・・・Misquoting Jesus-The story behind who changed the Bible and why
    (イエスの誤引用−聖書を改変した人々とその理由の背後にある物語)

    そもそも聖書など、古代の文書というのは「本文批評」を通さねば読むことの出来ないものです。
    なぜならその原本は既に失われていて、何代にもおよぶ写本によって現代にまで受け継がれてきているからです。
    「本文批評」もしくは「正文批判」というのは、この写本から写本というふうに受け継がれる中で生じる伝言ゲーム的な誤り、すなわち誤訳、改竄、書き足し、削除の可能性をあらゆる角度から根気良く追求し、その本来の姿を浮かび上がらせようとするものであります。
    本書はその入門編として最適の出来栄えであると思います。

    簡単に「伝言ゲーム的誤り」と言っても、その数は驚くほど多く、ある部分など、そっくりそのまま後世の創作であったりするのであります。
    決して悪意のある改竄というわけでもなく、その時々の信仰や価値観から書き足されたり削除されたり、解釈の仕方から補足目的で語句を変えたりされてきたものであるワケです。

    現代においてさえ、翻訳段階で改竄される場合もある。
    しかし、この場合は<ある教派の信仰>に沿わせるのが目的であったりするワケで、故意に意味を変えようとするのであるから正文批評の立場からはまさに捏造であり、悪意というほか無いのだが・・・。

    昨今は書物も価格設定が高く、文庫でも千円を越えるものが相当出ているが、この本はハードカバーにしては割り合い安価に押さえられていてその点でもお勧めである。

  • 写本の誤記、改ざんによってオリジナルが失われていることを強調しているが、オリジナルが神から直接来たものなら話は別だが、オリジナル自体その著者が誤りやすい人間として書いたのであって、その後の改ざんを問題視することにそれほど意味があるのか。問題にするならば、原著者が本当に神のことばを書いたのか問題にすべきだろう。
    (終章にこのことは書いてあった。全霊感説否定)

    原著者に霊感が働いたなら、写本にも霊感が働いたと考えてもよいのではないだろうか。

    改竄を見分ける方法はなるほどと思う一方、古い写本ほど信用できるというわけでもなく、また多いから信用できるわけでもなく、結局神学的な主観による判断なのではないかと思う。

    それにしても、自分が感動した箇所が改竄だと言われると何か複雑な気持ちだ。

    結論として「テキストを読み解釈する時我々も改ざんしている」というのは、むなしい不可知論だ。

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