刑務所図書館の人びと: ハーバードを出て司書になった男の日記

  • 柏書房
3.56
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感想 : 91
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  • Amazon.co.jp ・本 (533ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760139804

作品紹介・あらすじ

大学は出たけれど、進むべき方向を見失っていたアヴィ。偶然手にした求人広告を見て、刑務所で働くことに。犯罪者といっても、人間味あふれる彼らにしだいに心を動かされていく。看守と受刑者、いったいどちらが正当なのか…悩みながらも奮闘する、ひとりの青年の実録。

感想・レビュー・書評

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  • 米国で刑務所の図書館に司書として雇われたユダヤ人の若者によるノンフィクション。

    刑務所という極限的であり、多くのものが制限される環境で、図書館が受刑者間のコミュニケーションに、密かな、そして大きな役割を果たしているのが面白い。特に「カイト」と呼ばれる、本の間に挟んだメモによるコミュニケーションは、それだけで一冊の本になりそうなくらい、詩的である。

    受刑者との間の様々なエピソードが語られる。受刑者の多くは精神的にも障害とはいえないとしても、コミュニケーション不全な部分があり、司書対受刑者という不平等な間柄を含んで、微妙なバランスや不安定さを含みながらのコミュニケーションとなる。それが本書に独特な味わいを与えている。

    特に印象的なのはジェシカという女性受刑者の話だ。ネタバレになるので詳しく書くのは差し控えるが、彼女の話だけでも秀逸な作品になっただろうと思う。

    刑務所図書館というシチュエーションの希少さだけでなく、文学としても面白かった。

  • 原題は
    Running the Books
    The Adventures of an Accidental Prison Librarian
    Avi Steinberg

    刑務所では本も図書室も様々な役割を果たす。
    本は手紙を媒介とする郵便ポストになるし、武器やトレーニング器具にも。図書室はコミュニケーションの場であり、エリート受刑者の仕事場でもある。

    「氏曰く、ペンは慎重に持つべし、だが剣はさらに慎重に持つべし。剣はペンを守る。」
    やはり刑務所内は物騒で、なにかを表明する時は慎重に、そして発言を守ってくれるのは暴力や権力であり、そういった力も大切という意味。

    「ここ、本の場所、神聖な場所。祈るのにいい場所」彼女は手をさーっと回して図書館全体を示し、言った。あるムスリムの女子受刑者には刑務所図書館は祈りの場所でもある。

    調理人を目指す受刑者が本を読み、味も香りも知らないバルサミコ酢やローズマリーを脳内シミュレーションし料理を学ぶ姿が描かれる。
    著者は詩的と表し、読み手はその真摯な姿に感じ入ることになる。

    <その他の書籍紹介>
    https://jtaniguchi.com/tag/%e6%9b%b8%e7%b1%8d%e7%b4%b9%e4%bb%8b/

  • 刑務所図書館で働く司書が見聞きしたことが描かれている。作者自身のユダヤ教に対する思いや簡単な生い立ちを書いた部分は親しみがないからか、書き方が奥歯にものが挟まったようで読みづらかった。
    刑務所図書館勤務に筆者が慣れるにつれ文章も読みやすくなった気がする。
    本の間に挟んでやり取りする「カイト(凧)」と呼ばれる手紙や、窓辺で光で文字を書いてほかの塔にいる囚人と連絡を取るスカイライティングはロマンティックだなと思った。
    驚いたのは筆者も参加した刑務所で働く人々の研修で、講師が「副業をしている人」をたずねた時にほとんどの人が手を挙げたこと。日本も副業を容認する会社が出てきたが、アメリカでは当たり前なんだなと思うと同時に、「普通の人」が普通に働いているだけでは生活できないような世の中が来るのかなと思った。
    そして、本のタイトルで強調されているハーバード卒は無意味というか、学歴はお金を儲けるための有能さを伴わなければアメリカでも役に立たないのだなと感じさせられた。

  • いやあ、話には聞いていたけど、ほんとうに面白い。分厚くて、それこそ刑務所図書館なら凶器に使えそうな本だけど、魅力的なエピソードがぎっしりつまっていて、まったく飽きさせない。やっぱり犯罪者というのは、もっとも魅力的な人々なのだ。
     言葉を器用にあやつり、自伝執筆にいそしむ魅力的なピンプ、C・C・トゥー・スイート。頼りになる巨漢のファット・キャット。星を販売するアル。腐りかけたニンニクを30個(!)も食べて腐敗臭爆弾に変身したヨニ(受刑者じゃないけど)。それに、料理ショーのホストになる目標を抱いていた、そして、跳ねながら駆け去った鹿や、日曜の朝に上空を飛ぶ飛行機について、はっとさせるほど美しいイメージを書き留めていたチャドニー。
     ひとくせもふたくせもある受刑者たちが図書館を利用する動機はさまざまで、図書館本来の役割に気をとめている者などほとんどないようにも見えるが、そういう場所だからこそ、誰かに届いたり、届かなかったりする言葉そのものの存在意義がうかびあがってくる。
     なかでも<ソリタリー>ことジェシカは、もっとも忘れがたい印象を残す登場人物だ。背を伸ばし手を重ねて椅子にすわり、中庭の息子を見つめる姿、勇気をふるいおこして似顔絵を描いてもらう姿は、まるで目にうかぶほど愛おしく、だからこそ、その後の顛末はつらい。この図書館というメールボックスには、そうした行き場をうしなった言葉たちが漂っているのだ――「お母さんへ 私の人生は」。そして、この書き手のやさしいまなざしは、決して誰にも届けられることのないそれらの言葉たちに、この世にたしかに生きていた誰かの痕跡をすくいとろうとする。
     刑務所図書館というユニークな素材を用いて、手だれのライターなら、いくらでも面白い本を仕立てることはできるだろうが、本書をこれほど優れた作品にしているのは、書き手のすぐれた技巧ではなく、そのナイーブさゆえだ。彼があと20歳年をとっていたら、同じものは書けなかったに違いない。ハーバード出のユダヤ人という刑務所内における彼の特異さ、仕事を仕事としてわりきることができずに規則をやぶったり、自分のできることを見つけようとする若さは、彼の弱点でもあったはずだが、それを見事に強みとして本に活かした。しかも自分中心のビルドゥングス・ロマンにしてしまわない客観的なバランス感覚もすぐれている。腕のいい書き手にとどまらないこの作家が、今後どのような作品を送り出すのか、たのしみだ。

  • 敬虔なユダヤ教徒だったエルサレム生まれの著者アヴィ・スタインバーグが、堕落し、そして一時落ち着いた職場が刑務所図書館でした。
    刑務所という閉鎖的な社会での図書館司書という仕事が、淡々とした調子で書き綴られているエッセイです。
    感情的な囚人や対立する刑務官など、様々な人間関係に翻弄されるアヴィさんの辛さが伝わってきます。
    しかし、仕事に対する遣り甲斐も感じ取れます。
    一般の社会でも、刑務所でも、どの場所でも図書館は必要な施設なのだと実感できる一冊。

  •  受刑者の中で、いちばん司書に向いているのは風俗の男(ピンプ)。なぜなら、ピンプにはほかの連中に備わっていない「愛」があるから。と、軽妙な書き出しで始まる本書は、正統なユダヤ教徒として育てられながらドロップアウトし、ハーバード大学を卒業後に刑務所図書館で働くことになった男の回想録だ。
     描かれる登場人物は期待に違わずバラエティに富む。しかし、ジェシカは「人生のストーリーをすべて残して去ることを選び」、チャドニーは「真剣に将来のストーリーを思い描いていたが、その決意は他者によって叩きつぶさ」れ、ジョシュは「自分にとっての苦難の狭間を克服し、生きてその物語を語るかを決めかねる」、といったように、どの物語もハッピーエンドでは終わらない。
     それでも、これらの決して軽くはない逸話がユーモアとウィットにあふれた文体で語られるとき、ジェシカもチャドニーもジョシュも我々のすぐ近くに住む隣人のように感じられるのは、マイノリティで社会に居場所を持たない刑務所の住人が、著者自身を映す鏡であるからなのだろう。

  • ノンフィクションに入れましたが、あんまり面白いので、どこからどこまでがノンフィクションで、どっからがフィクションだえ!? と訊きたくなる感じ。
    タイトル通り、作者が図書館司書として刑務所に勤務した、2年間ほどの経験が綴られています。
    刑務所独特の緊迫したシステム。
    刑務官たちとの攻防。
    受刑者たちとの、人間同士としての関わり。
    いやあ全くもって、事実は小説よりも奇なりですなあー。
    ほどよいセンチメンタリズムとウィットもいいよ!

  • ハーバード大学を卒業したユダヤ系青年が、刑務所図書室の司書となる。本書は、司書兼創作クラスの講師として働く彼が出会う様々な受刑者のあれこれと、彼自身の思いを叙情豊かに綴っていく「記録」である。

    あとがきで訳者も述べているが、ありそうだけれど考えたことがない存在というものがある。刑務所の図書室というのは確かにそういう存在で、あまり念頭に浮かぶことがない。そしてそこに「司書」という存在があることも。
    日の光の当たらないところに目を向けさせた、というところがこの本の魅力の1つだろう。
    さらに、その司書となったのがハーバード出のインテリであるというミスマッチが、背後にある物語を期待させる。
    が、残念ながら、期待の大きさに反して、個人的にはいささか冗長で散漫な印象を受けた。

    個々のエピソードにはいくつも心惹かれるものがあるのである。
    例えば、幼いときに捨ててしまった息子と刑務所で再会した女性受刑者。例えば、見たこともない食材を組み合わせて夢のレシピを作り、著名な料理研究家として成功することを夢見る男性受刑者。例えば、自伝を書くことに熱意を燃やすポン引き。例えば、窓や空中に字を書き、別の房の恋人とやり取りをするスカイライティング。例えば、図書室の本の間に挟まれる、宛先に届くとも限らない、カイトと呼ばれるメモ。
    そうしたエピソードを綴る筆者のタッチはウィットに富み、時に詩人のシルヴィア・プラスやホーソーンに触れ、宗教を語り、教養を感じさせる。

    ノンフィクションの側面も、自伝の側面も、小説の側面も感じさせる作品。その雰囲気を楽しめる人もいるかもしれない。
    だが、観察者に徹するのでもなく、かといってもちろん犯罪当事者ではなく、とはいえ、矯正にあたる職でもない。傍観者としての立場が、どうにも宙ぶらりんな印象を与える。原著の副題が”The Adventures of an Accidental Prison Librarian”であるのが象徴的な感じがする。筆者は刑務所に留まる人ではなく、ここは通過点であったのだろう。犯罪者たちの物語と筆者の物語がうまく噛み合っていたのかと考えてみると、絶妙のハーモニーを奏でていたとは私には言えない。
    興味深い本ではあるのだが、もう少し取捨選択して整理した方が、より魅力が生きたのではないかと思う。

  • 刑務所内の図書館で司書として働くハーバード出の男の日記です。
    個性的な面々が狭い刑務所の図書室で語る素敵なストーリー。彼らの絶望と希望。どのストーリーにも魅了されました。
    作品を読む前に著者の写真を見て写真の印象を短い文章にまとめてから読むか否か意見を書く女性受刑者を対象にした創作クラス。
    窓の外ばかりみているジェシカの悲しい物語。
    料理の勉強をするために食べたこともない食材やスパイスの名前を組み合わせて料理のレシピを頭の中で作るチャド。
    大好きな本です。

  •  タイトルから、犯罪者が書物に触れて劇的に人生が変わるような美談を想像したけれど、そんな都合のいい話はやっぱりそうそう無いです。とはいえ、そんな物語を求めていたわけではないので、大変面白く読みました。
     著者の人生と、著者の記憶に残った犯罪者の人生が、時系列を前後しながら語られていきます。一見思いつくままに書かれている様だけれど、それが後の章で生きてきたり、複雑な構成がなされていました。
     人の人生に踏み込んだ話と言うものはやはりどうしても重くて、でも丁寧に読みたかったので、読み切るのに約3週間もかかってしまった。



     最後の方(p481)に書かれているレトリックが印象的だったので、ちょっと端折って書いてみます。

     犯罪者の中に本質的な人間性を見出して安心したか「彼らもわれわれと変わらない」というとそうではなく、
     人間の中の本質的な犯罪者をみることになった、つまり「われわれも彼らと変わらない」のだ。

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