どうしてボクはいるの?―息子とパパの哲学対話

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制作 : Richard David Precht  柏木 ゆう 
  • 柏書房 (2013年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760142217

どうしてボクはいるの?―息子とパパの哲学対話の感想・レビュー・書評

  • 面白かった。いろんなことを考えられる。

  • 子どもが感じる、改めて考えてみるとどういうことなんだろう?というちょっとした疑問を哲学的に考えていく。勉強になります。




    「ボクってだれ?」わが子のさりげない疑問に、哲学者のパパはどう答えるか?ベルリンの名所を歩きながら話しあった、世界のふしぎや、生きるためのモラル、ほんとうの幸せについて。真剣に考えをぶつけた二人は、やがて哲学的な洞察へとたどりつく―哲学の国の子どもたちをとりこにした、ドイツのベストセラー。(BOOKデータベース)

  • 2014年5月に実施した学生選書企画で学生の皆さんによって選ばれ購入した本です。
    通常の配架場所: 開架図書(3階)
    請求記号: 104//P91

    【選書理由・おすすめコメント】
    小さい頃に誰もが疑問に思う質問にやさしく解説してくれる、人生で一度は読んでみる価値のある本だと思い選びました。また小さい子の疑問に答えているので子供の目線になって大人たちが子供に何を教えていくべきなのかを考える参考にもなる一冊あと思いました。大学を卒業し、子供を育てる場面で活躍できる本だと思い私は多くの学生に読んでもらいたいと思いこの本をお勧めします。
    (社会経済システム学科2年)

  • 子ども向け哲学入門書です。
    哲学は対話により理解されますが、そのテーマは正義や公平、自分の存在意義や人生では何が重要なのかなど、大人も子どもも同じ問いを考えることが重要だと感じました。

    「これから『正義』の話をしよう」(マイケル・J・サンデル、早川書房)は面白く読めましたが、本書の問いを読めば、子どもも自然と哲学的思考をしているものだとわかりました。

    専門家ではない僕は、哲学的な問いに対しての答えを見つけることはそれほど重要ではなく、素人が哲学書を読む上で最も重要なことは生きることを理解することだと思っています。しかし生きる限り問いは自分を追いかけるのでしょうが。

  • 自らの存在、何が正しいか、幸せとは。哲学の入口の話を親子の会話という形で記述した本。本来は中学生や高校生向けなのでしょうが、読みやすい分、大人が読んでも楽しめるように思う。

  • キリスト教やその周辺の教えがベースにあるかないかで、読み方が変わっちゃうんじゃないだろうか。高いテレビ塔の話。塔が高いことは、たとえテレビ塔でも(そして説明しなくても)宗教的意味を感じるんじゃないだろうか。ともあれ、子どもが大人の理屈を凌駕する話かなと思ったけど違っていた。でも、最後の問いが逆転なのかな? まるっきり本題じゃないけど、ペンギンの語源の話ばかりが印象に残る。

  • 哲学者の父が、息子とベルリンの博物館や動物園、テレビ塔などを散策しながら、その場所がもつ歴史的背景、独特の雰囲気の中で哲学的な疑問を対話しながら、1場所に1つずつの哲学的洞察を導きだして行きます。「もしも線路の上にママやパパが立っていたら」では、制止不能になった電車が暴走してきた先に5人の線路作業員がいて、ポイントをきりかえたもう一方の線路には一人の作業員がいる。5人の命と1人の命を比べてポイントを切り替えるかどうか?また、別のシチュエーションで、今、ぼくらが居るような高い橋の上にいて、ポイントは操作出来ない場合、何か大きなものを落とせば列車を止められるかもしれない。だが、そんなものはない。たまたま隣に太った男の人がいるが、あの人を落とせば列車は止まるかも?という問いに、息子のオスカーは、「できないよ、パパ!それは人殺しだもの!」(本文より)私は何か?善とは?幸せとは?という3部構成で20の問いが著されています。これらは、特別新しい問題というよりは、以前より語られ、プレヒト自身の著書にも重複する内容であるようですが、この本は特別優しく書く事によって、青年や、その親といった新しい読者層に照準をあわせているようです。ドイツではテレビなどの出演も多い著者だそうで、文章も楽しくわかりやすいのですが、日本の子供の場合を考えると、小学生ではまだ、自分の人生や判断といったものに向き合う経験が少ないので、実感として頷けたりするのは、中学生以上という感じがします。

  • 父親と息子が語りあうという体裁の哲学本…哲学?ざっと流し読み。
    哲学と言うよりは雑学をつらつら並べた後で教訓をひとこと、といった具合にすすむ。
    「わかりやすい」よりは「薄っぺらい」印象だった。

    「当たり前」を問うのが哲学らしいんだけど著者の「当たり前」の感覚が私と違うせいか、解体したところでいやそれ当たり前じゃね?としか思えない。
    解体後より解体前の、著者が思う「当たり前」のほうが私にはよくわからない。

    文化の違いか人の違いか。
    たとえるならば進化論の不謹慎はキリスト教圏にしか通じない。不謹慎じゃないんだといわれても仏教圏の私には不謹慎の感覚がわからない。
    ユーモアらしき部分も合わない。
    常識を問うにしても他人の常識を軽んずる雰囲気が気に食わない。

    合わないだけならまだいいんだけど、どうも(子供向けに易しく単純化したせいか?)あまり信用できる感じじゃない。
    たとえば不発弾がみつかって近所の人が移動したというエピソード。
    住民が移動したのは爆弾処理の間の避難だと思うんだけど、まるで廃村にされたかのような描写がなされる。

    わざわざ「重い障害や病気のない人は」と言うのも嫌な感じ。
    「健常者」じゃない人もいるけれど、今話しているのは健康な人のことですと示すための「配慮」なら、健康な人だけを切りだせばいい。
    そうじゃない人をわざわざ外す書き方はわざとらしくて好きじゃない。

    そんできわめつけはp198、恐ろしい物事を味わった人はもう二度とそこから自由になれない、とある。
    うわぁ。なんの呪いだ。傷が残るのと、治らないのは違う。
    元には戻らなくても、トラウマにひきずられずに生きるくらいの回復はできる。
    部外者がしたり顔で言う「あんな目に遭うなんて自分だったら耐えられない」の類は、それを抱えて生きなきゃいけない人を余計に苦しめる。

    細かいところがつくづく合わない。哲学部分はどうでもいい。
    カラーイラストを白黒印刷したような地図はみづらいし、訳者あとがきは下世話。
    雑学自体は興味深いけれど、私はこれ嫌いだ。


    印象に残ったのは世界で一番高いテレビ塔の話。
    1969、東ドイツが自国の社会主義の偉大さを示すべく368mのテレビ塔をオープン。てっぺんにはソ連に敬意を表してスプートニクを模した球体。
    小国なした大事業にイラっときたソ連は、東ドイツのテレビ塔オープン直前に537mの塔を建てる。
    社会主義より資本主義の方がもちろんすぐれておりますのでカナダが553mのテレビ塔を建てる。
    時は流れてアジアの時代、中国(610m)と日本(634m)がもっと高いのを建ててみせる。以下引用。

    「ねえ、オスカー。いちばん高い塔をもつってことは、そもそも大事なことなんだろうか?」
    「大事じゃないよ」
    「それなら、どうして東ドイツの政治家たちには、それがそんなに大事だったんだろうね?」
    「それは、その人たちが偉ぶっていたからさ。その人たちは『おれたちが最高なんだ!』って言いたかったんだよ。すごいほら吹きだったんだ…」p242

  • 哲学的な問題ををわかりやすく息子と父親の会話のなかで
    展開されているお話。
    中学生くらいむけの本ですので私の息子にも
    よんでもらいたいと思いました。ただ、内容的には
    よくある話も多いので入門的な内容かと

  • 本屋の店頭で見かけて衝動買いした本。
    父と子がやりとりしながら、哲学的洞察を手に入れていくという話。

    父親が提起する哲学的な問いはとても興味深いのだけど、それに対する父子の洞察がさらりとしすぎていて、少し物足りない気がした。

    小学生〜中学生が読むには丁度いいボリュームと内容だと思う。

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どうしてボクはいるの?―息子とパパの哲学対話の作品紹介

「ボクってだれ?」わが子のさりげない疑問に、哲学者のパパはどう答えるか?ベルリンの名所を歩きながら話しあった、世界のふしぎや、生きるためのモラル、ほんとうの幸せについて。真剣に考えをぶつけた二人は、やがて哲学的な洞察へとたどりつく-哲学の国の子どもたちをとりこにした、ドイツのベストセラー。

どうしてボクはいるの?―息子とパパの哲学対話はこんな本です

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