自分の感受性くらい

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著者 : 茨木のり子
  • 花神社 (2005年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (93ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760218158

自分の感受性くらいの感想・レビュー・書評

  • 「ぱさぱさに乾いてゆく心を
    ひとのせいにはするな
    みずから水やりを怠っておいて」

    学生時代の私は精神に少しよわいところがあったので、人文系の講義でこの詩にふれたときは、これはいい加減しゃんとせなならんな、とそれから一カ月間くらいは前向きに、自分の感受性と折り合いをつけながら過ごせたものでした。


    「気難しくなってきたのを
    友人のせいにはするな
    しなやかさを失ったのはどちらなのか」

    そもそも精神のよわいところというのが、ひとことで言えば暇に食べられた、とでも表現できる類の、学生によくあるものだったので語るのも恥ずかしいのですが、当時はやはり漠とした不安が四六時中、とくに寝る前には襲ってきたのです。


    「苛立つのを
    近親のせいにはするな
    なにもかも下手だったのはわたくし」

    思い返してみると、くだらない自意識のまちがった着地に過ぎないものです。今はそのような思考の迷路に入り込むことも、相手の気持ちを考え過ぎたために言葉を飲み込むこともありません。


    「初心消えかかるのを
    暮しのせいにはするな
    そもそもがひよわな志にすぎなかった」

    私はつまらない大人になりました。


    「駄目なことの一切を
    時代のせいにはするな
    わずかに光る尊厳の放棄」

    ときどき学生の頃の自分を懐かしんでは、けっきょく今の現状にも不平不満をみつけながら生活をしています。たとえば、こんな私がはじめてこの詩にふれたとしたら、あの頃のように、心をふるわせることができたのでしょうか。


    『自分の感受性くらい
    自分で守れ
    ばかものよ』

  • 心に切り込んでくる詩集。
    読了の今、ああくそ、やられた、といった心持。

  • 「自分の感受性くらい」は、いつの年令になっても、読んでみると自分を振り返らずにはいられなくしてくれる。そこがいい。

  • 表題の「自分の感受性くらい」に初めて出会った時の衝撃は忘れない。
    ずっと自分自身に問い続けていくべき言葉たち。

  • 最近読んでなかったなって時は大抵ろくなことになっていなくて
    自分を律する為にいつも頼り切ってしまってる本のひとつ。
    どうも詩を嗜む習慣がないのですが、このほんだけは別格。
    自分とちゃんと向き合って、人とちゃんと向き合いたい。そう思ったときに開くようにしています。

  • 学生時代、「広告批評」で「自分の感受性くらい」に出会いました。
    いつも心の片隅にあり、「ばかものよ」という声を意識しながら、生きていく規範ともなっています。

  • 何年かに一度読む。そのたびに背筋が伸びる。今住む町のうたがあることに気づいた。うれしい。

  • 今時にはちょっときついかな

  • 【170108 読了】

  • メディアライブラリー発行の図書館報で紹介された本です。
    【分類】911.56/I11
    文学のコーナーに並んでいます。

  • この前に読んだ戦争の詩集が頭をよぎる。「自分の感受性くらい」の表題作も印象が強くて頭に残っている。

    でも、他の詩は特に知らないので、詩集を手にとってみた。


    詩というよりは、呼びかけというか、叫びというか、エッセイでは弱いし、主張というべきか。言葉は難しくなく、意味もよくわかるし、絵本とか物語とかそういうような詩とはかけ離れていて、力強い、言葉。

  • すごく良い詩ばかり。
    特に『自分の感受性くらい』が1番好き!

    自分を大切に☆

  • 大学時代に友人が持っていた詩集。夢抱いて入りながらも現実に流され当初の志を貫けるか危うくなっていた自分にとって、表題作「自分の感受性くらい」の一節、

    「初心消えかかるのを
    暮らしのせいにはするな
    そもそもが ひよわな志しにすぎなかった」

    は心に突き刺さるものでした。この他にも

    「ぱさぱさに乾いてゆく心を
    ひとのせいにはするな
    みずから水やりを怠っておいて」


    「駄目なことの一切を
    時代のせいにはするな
    わずかに光る尊厳の放棄

    自分の感受性くらい
    自分で守れ
    ばかものよ」

    と、自分や世の中に甘え流されそうになるときに、厳しくいさめてくれる言葉に溢れています。

    「汲む 〜Y.Yに〜」には

    「初々しさが大切なの
    人に対しても世の中に対しても
    人を人とも思わなくなったとき
    堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
    隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました」

    「あらゆる仕事
    すべてのいい仕事の核には
    震える弱いアンテナが隠されている きっと……」

    この詩のことばのままなのですが、これらの言葉に私はどきんとしたものです。深く悟れているかはいまだ自身がないのですが、不惑に近づき20代とは仕事環境はじめ見える世界も大幅に変わった現在でも、これらの言葉を大切に、弱いアンテナをコアに持つような仕事を大事にしていきたいと思っています。

  • やっぱり表題作が印象的。

    自分の感受性くらい
    自分で守れ
    ばかものよ

    他にもドキッとする言葉が満載。

  • 2015.8.6詩を読む機会は人生で何回かあったと思うが、こうやって意図的に詩集というものを読むのはおそらく初めてである。本著タイトルにもなってる「自分の感受性くらい」という詩に心を刺され、そこから興味を持って読んでみた。中にはよくわかんないものもあったけど、なるほど詩とはこういうものなんだなと思った。自分の感受性くらい、にあるような、強いメッセージ性を持つものもあれば、著者の日常生活への目、見たもの聞いたものの中に、想像力を膨らませて、そこに何かしらの解釈や意味を見出し、時に感動したりといった心の動きを、描いているようなものもあった。日常生活を捉える著者の認知、認知による著者の心の動き、動きを描く文字、文字によりその情景や感情が我々に伝わってくる、という感じだった。だから、著者の心の動きをそのまま共感(正確かはわからないが)して、あぁ、と思うこともあれば、そういう視点で日常を見るのかと感心することもあり。内容においては世界を観る視点が、技術においてはそれを余すことなく伝える文字使いが、詩を書くには必要なんだなと思った。「自分の感受性くらい」は何度読んでも心に突き刺さるが、他にも「青年」「夏の声」「廃屋」「友人」「木の実」なども面白かった。夏の声なんか泣きそうになった。言葉って、心に刺さるんだなーって、詩の世界に感動した一冊。

    「自分の感受性くらい」

    ぱさぱさに乾いてゆく心を
    ひとのせいにはするな
    みずから水やりを怠っておいて

    気難しくなってきたのを
    友人のせいにはするな
    しなやかさを失ったのはどちらなのか

    苛立つのを
    近親のせいにはするな
    なにもかも下手だったのはわたくし

    初心消えかかるのを
    暮しのせいにはするな
    そもそもが ひよわな志にすぎなかった

    駄目なことの一切を
    時代のせいにはするな
    わずかに光る尊厳の放棄

    自分の感受性くらい
    自分で守れ
    ばかものよ

  • 自分の感受性くらい自分で守ればかものよ

  • 凛として、厳しくて、美しい詩集。

    むかし学校で、他のクラスがつかった教室におきっぱなしになっていたプリントに印刷されていた「自分の感受性くらい」をみつけた。
    それまで詩は教科書でくらいしか読んだことがなくて苦手意識があったけれど、これはすんなり入ってきた。
    それが茨木のり子の名前をしった最初だったと思う。

    実は「わたしが一番きれいだったとき」もなにかで読んだことあったけど。
    それから新聞で「倚りかからず」を見て、この本にたどりついた。
    名前を忘れてもであうたびに気になるってことは、必要だってことだ。

  • カウンセラーの先生から聞いた言葉。
    「自分の感性ぐらい自分で守れ
    ばかものよ』
    インパクトあったな。
    本がでてるのは、知らなかった。
    読みたい!

  • 叱られるようで
    強さを分けてくれる詩集。

    人は基本自力で学び鍛えて強くなるしかないものだが、たまに
    人に強さを分け与えられる人種(表現者の中に特に)っているよね ということを思い出させられる。

  • 表題「自分の感受性くらい」を含めた作品20篇を収めた詩集。

    何事も心の持ち様。厳しくも温かい作者の言葉はくさくさした気持ちを冷まし、自身を冷静に見つめる指標になります。
    定期的にこの本を開き原点回帰したい。また、自分にも周りにも気持ちが塞がっている時は特に、この本に戻ってきたい。

  • だめなことの一切を
    時代のせいにはするな
    わずかに光る尊厳の放棄

    自分の感受性くらい
    自分で守れ
    ばかものよ

    その通りです。ほんとうに、その通りです。そして戦争の時代をくぐり抜けてきた方の言葉だからこそ、説得力がある。
    こんなに叱咤されても世界に惑ってしまうわたしは本当に愚かで弱い。

  • 時代を生き抜いたひとりの女性が発する言葉は、
    強く、逞しく、雄雄しく、
    そして冷静だ。

    「私が、私で生きる」ことを、
    傷つきながら貫いたのだろうと感じる作品集。

    当然ながら、
    自分の感受性くらい
    は、素晴らしい。

  • 茨木のり子の言葉は胸に刺さる!感性が凄く鋭い。2011/045

  • シンプルで美しい装丁の単行本。
    普段は見向きもしないハードカバーをまんまと買ッテシマッタ。
    (茨木さんまじっく)(本当はAmazonの説明文ちゃんと読まなかっただけ)

    「詩集と刺繍」で言うところの、
    「言葉で何かを刺しかがらんとする」茨木さんの珠玉の作品集です。

    とくにお気に入りの4編。
    ・癖
    ・自分の感受性くらい
    ・青梅街道
    ・木の実

    やはり、ちくまから出てる全集を買うべきかなァ。
    茨木さんの言葉にブッスブスと刺されたい!

  • 表題の作品、がつんと流れを変える威力がある。言葉には力がある。「ばかものよ」と言われて、怒りではなく、力が湧いてくる。そうだ、と。誰のための詩でもない。私のための詩なのだ。刺繍と詩集、夏の声、知命が好き。

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