私の浅草

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著者 : 沢村貞子
  • 暮しの手帖社 (1976年1月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (242ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784766000573

私の浅草の感想・レビュー・書評

  • あっという間に1月が過ぎていき、はや2月。
    昨年末から読んだ本の登録もせぬままに過ぎてしまった。

    今年の1冊目は沢村貞子の名エッセイ。
    はぎれのいい文章はまさに「浅草の女」である。
    読んでいるとおていちゃんが暮らしていたころの浅草のおかみさん達の声や人々のざわめきが聞こえてくるようだ。
    沢村さんは明治末の生まれだから日本も近代国家になるべく大変貌をとげていたのだろうが、読んでいると時代小説の市井物のような人々のつながりがある。
    一本筋の通った明治の女達の心意気のようなものが伝わってくる。
    さあ、私も今年一年しゃんとして頑張ろう!

  • 昔の浅草の風俗が色々と描かれている。
    金銭的に豊かではない生活の中でも、
    節々の行事の行事を大切にするさまは
    それを適当にしている現在、少し考えさせられる。

  • おていちゃんこと沢村貞子が、22の春まで住んでいた浅草の思い出を書いたもの。

    『貝のうた』は、8月15日に戦争が終わるまでの、おていちゃんの半生記だったが、この『私の浅草』は、長短とりまぜたエッセイで、浅草界隈の思い出を綴っている。

    「今度生れかわるときは、男の子になりますように…」と観音様にそんなお願いを本当にしていたおていちゃん。明治の終わりに生まれたおていちゃんは、兄や弟から「いい子、いい子、どうでもいい子」と囃されたり、「女のくせに文句言うな」「女のくせに生意気だ」と言われたりもしていた。

    おていちゃんの話は「昔の話」ではあるが、「今」と変わらん気がする話もいろいろとある。

    「秋田の女」という中で、浅草に半年ばかり住んでいたお雪さんのことを、おていちゃんは書いている。

    「鍾馗さま」と仇名のついた北海道きっての興行師が、秋田で芸妓をしていたお雪さんを北海道へ連れていって囲った。それはすぐ本妻に知れ、表向きは「手を切った」ことにして、しかし月に一度は必ず来る東京にお雪を置きたい、よろしく頼むと、おていちゃんの父に頭を下げ、それでお雪さんは浅草に来た。

    幼い頃から芸事ばかり仕込まれたのか、家事はからきし駄目だったお雪さんを、おていちゃんの母は何かと気にかけ、おていちゃんも時々お雪さん宅の掃除に行ったりした。

    ある日、「鍾馗さま」が急死したという知らせが届く。おていちゃんは、「浅草にいればいいのに」とお雪さんに言ってみた。

    ▼「…そりゃ、ここにいたいと思うどもかせぐところがねえしべ。ここで芸妓するだけの芸ももってねえし、水仕事も、針仕事も、なぁんも出来ねえ… わたすみたいなもんは、男さたよって飯[まま]食っていくしかねえのす…」

     お雪さんの顔から笑いが消えて、涙が頬を伝わった。

     「…したども、わたすはもう、男の人は、いらねえす。お貞ちゃん、おめえ、女学校さ行ってるんだから、男さ頼らねえで暮してゆけるように、けっぱってなっすべ…女子[おなご]だって人間だ。犬っころとはちがうべ…売られたり、買われたりは…ごめんしてもらいてえ…」

     お雪さんは白い両手で顔をおおって、しばらく泣きやまなかった。(p.217)

    一緒に泣くしかなかったお雪さんのことや、母や父のこと、兄弟のこと、浅草の暮らし、隣近所の人たちのことを書いたこの本を読んでいると、どこに住んでいても「浅草の女」、自分の下町風な性格はこうした暮らしから身についたものにちがいないと書くおていちゃんの話をもうちょっと読みたくなるし、おていちゃんの出た映画やドラマも見てみたいなーと思った。

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