わざ言語:感覚の共有を通しての「学び」へ

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制作 : 生田 久美子  北村 勝朗 
  • 慶應義塾大学出版会 (2011年3月31日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784766418040

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わざ言語:感覚の共有を通しての「学び」への感想・レビュー・書評

  • 「わざ」をいかに言葉で伝えるか。

    不立文字の世界をこれだけアカデミックに追及した内容は非常に素晴らしい。

    後半にある各分野のトップレベルの人たちの「わざ」の学習体験や指導論は非常に面白かった。

    内容を全部を理解するのは難しいですが、非常に勉強になる内容で大変おすすめです。

  • 「わざ言語」とは、

    『大枠では、様々な「わざ」の世界でその伝承の折に頻用されている、科学言語や記述言語とは異なる独特な言語表現』
    を示している。(はじめに)

    (中略)


    結城先生の記事の部分を何度も読み返しています。

    非常におもしろく、興味深いです。

  • 学習者が指導者から学ぶべきものとは何か。それはどのような言葉で促されるのか。第一線で活躍する指導者や実践者との対談を通して、「わざ言語」が実践の場で作用する構造を明らかにする。
    目次情報

    第1部 「わざ言語」の理論(「わざ」の伝承は何を目指すのか―TaskかAchievementか;熟達化の視点から捉える「わざ言語」の作用―フロー体験に至る感覚の共有を通した学び;スポーツ領域における暗黙知習得過程に対する「わざ言語」の有効性―動作のコツ習得過程において「わざ言語」はどのように作用しているのか;「文字知」と「わざ言語」―「言葉にできない知」を伝える世界の言葉「わざ言語」が促す看護実践の感覚的世界 ほか)
    第2部 「わざ言語」の実践(「歌舞伎」の「わざ」の継承と学び―「役になりきる」ことに向って(五代目・中村時蔵)しむける言葉・入り込む言葉・誘い出す言葉―創作和太鼓の指導実践から(佐藤三昭)感覚との対話を通した「わざ」の習得―感覚人間としての陸上体験(朝原宣治)スピードスケート指導者が選手とつくりあげる「わざ」世界―積み上げ、潜入し、共有する(結城匡啓)「生命誕生の場」における感覚の共有(村上明美))

  • こちらのブログで知りました。言語以前の感覚やコツの共有、またはその言語化等々。
    http://akyoshi.cocolog-nifty.com/knowledge_design/2011/04/post-c169.html

  • 以下twitterより転載。

    本書で用いる「わざ言語」という用語は、大枠では、様々な「わざ」の世界でその伝承の折に頻用されている、科学言語や記述言語とは異なる独特な言語表現を指示している。

    …それは科学言語のようにある事柄を正確に記述、説明することを目的とするのではなく、相手に関連ある感覚や行動を生じさせたり、現に行われている活動の改善を促したりするときに用いられる言語である。(はじめに より)

    どの分野にも必ずある「言語化できない知識やわざ」をどのように伝えていくかという点で、とても参考になります。「デザイン」も身体知や経験知を多く含む分野ですので、教育・伝達の場面で「わざ言語」が多用されています。

    理論編を後回しにして第二部の実践編を読んでる。歌舞伎役者、アスリート、助産師などの言語化できない「わざ」が伝えられ学ばれていく様子は圧巻。単に手法として「デザイン思考」を学んでも直ちに創造的にはなれない理由がここに書かれている。デザイン教育の核心もたぶんこれ。

    暗黙知の伝達における受け手の役割:「私たちのメッセージは、言葉で伝えることのできないものを、あとに残す。そしてそれがきちんと伝わるかどうかは、受け手が、言葉として伝え得なかった内容を発見できるかにかかっている。」(ポランニー「暗黙知の次元」) (「わざ言語」p69)

    暗黙知は、「教師の説明を理解しようとする生徒らの知的な協力が期待できて初めて言葉で伝えることができる」(ポランニー「暗黙知の次元」) ものなのである。(「わざ言語」p69)

    第4章 「文字知」と「わざ言語」…自分がデザインの教育の中でやってきた/やっていることの意味や理由が、明確に説明されててスッキリしました(^^) ,
    第7章 人が「わざキン」に感染するとき…佐伯先生深すぎます。参りましたと言うしかありません。

    …これでやっと読了。

    【無断転載を禁じます】

  • あとがき
    北村勝朗
    (東北大学大学院教育情報学研究部教授)

     本書は,わざ研究の先駆者である生田を中心とし,わざの伝承に関心をよせる7名の研究者が,それぞれの専門領域から「わざ言語」という切り口によって執筆した,新たな学びを問うものである。


     「はじめに」の中で生田が示しているように,本書は前半を理論編としてそれぞれの研究者の視点から「わざ言語」の意義を論じ,後半は実践編として伝統芸能,スポーツ,看護の領域のわざ実践者との対談により,「わざ言語」の現場での在り様がリアリティをもって語られている。さらに,前半の理論編では,後半で語られるわざ言語の実際を分析対象として引用しつつ論ずるというユニークな構成となっている。


     生田および北村を中心とした研究グループは,平成20年4月から23年3月までの3年間に渡り,文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(B)研究代表者 生田久美子、研究分担者 北村勝朗)の助成を受けた。本書は,この研究助成によるプロジェクトを土台にしている。このプロジェクトでは,7回に渡って研究会を開催し,「わざ」の伝承場面を目にし,聞き,語り,そして問い続けてきた。そのひとつの成果としてまとめたものが本書である。3年間の研究会を以下に記す。

    花柳小春(日本舞踊)
    「わざ」と「ことば」~伝統芸能の「知」を探究する~

    中村時蔵(歌舞伎)
    歌舞伎の「わざ」の継承とは何か~「ことば」体験に注目して~

    佐藤三昭(創作和太鼓)
    創作和太鼓における「わざ言語」の役割~「しむけ」に注目して~

    朝原宣治(陸上競技)
    己の感覚との対話

    紙屋克子(看護)
    看護の技と言語

    村上明美(看護)
    熟練助産師の「分娩介助」のわざ~その人らしく「産む」・その人らしく「誕生」する~

    結城匡啓(スピードスケート)
    選手と共有する「わざ」世界


     本書で登場した「わざ言語」の姿は実に様々であった。今この瞬間に投げかけられた「わざ言語」を通して動きを学び感覚を共有することもあれば,わざ言語として書かれた文字を通して,師の芸や,かつての自身と対話し,時を隔てて感覚を共有することもあった。さらに,大切なレースの直前や助産の場に,共に同じ目標を目指してそこにいることで,互いの思考,情緒,意識,雰囲気,価値観,そして感覚を共有することもあった。このように「わざ言語」は,多様な文脈の中で,多様な学びの様態となって現れ,多様な作用を生み出し,その中で,教え学ぶ両者に大きな変化をもたらす,実に学びの契機を大量に含んだ「学びの触媒」のようなものなのである。


     一方で,「わざ言語」は,単に言語形式によって区別されるものでもなく,文脈によって役割が変化することから,どこか捉えにくく,感覚的であいまいな印象をもたれるかもしれない。しかし,実はこのあいまいさこそが,「わざ言語」を捉える重要な視点なのであり,学びを捉える新たな視点でもある。なぜなら,あいまいさは,科学的な言語で説明することが困難でありながら,それを受けとめる文脈やひとによって,どこか気にかかる,あるもの全体を捉えさせてしまうものであり,Achievement状態に誘い,「わざ」を身にまとうに至る重要な視点と捉えられるからである。KJ法の考案者である川喜多二郎は,この「あいまいさ」を,どこか気にかかるという感覚で捉えられることの重要性に触れる中で取り上げ,次のように述べている。「ハプニング的に、しかも“気にかかる”というあいまいさで捉えられたデータを、今日の科学では全く不当にも無視し軽蔑してきた」(川喜多二郎,1970,『続・発想法』,講談社,30頁)。わざ言語を通した学びの本質も,まさにこうした「どこか気にかかる」感... 続きを読む

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わざ言語:感覚の共有を通しての「学び」への作品紹介

学習者が指導者から学ぶべきものとは何か。それはどのような言葉で促されるのか。第一線で活躍する指導者や実践者との対談を通して、「わざ言語」が実践の場で作用する構造を明らかにする。

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