人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか

制作 : 玄田 有史 
  • 慶應義塾大学出版会
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784766424072

感想・レビュー・書評

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  • 2000年代前半、「仕事のなかの曖昧な不安」で若年層の"こぼれ落ちる人々"研究の第一人者となった玄田さんが、この本のタイトルとなっている「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか?」という極めて太い問いを行って、その1問のみの答えを巡って21名の研究者や実務家がその回答を披露、批評するという極めてユニークで知的な書。

    この問いの回答は当然に複数あるし、多面的である。特に印象に残っている論考は、「給与の下方硬直性による上方硬直性」説、「(2000年以降で最も雇用を増やした)介護・医療分野での昇給規制」説、「団塊世代の再雇用および女性の就業率向上に伴う雇用弾力性の充実」説、「コーポレートガバナンス強化およびグローバル経済の不確実性の高まり対策」説などである。おそらくどれもが賃金の上がらない明確な理由であり、かつ複雑に絡み合っているのだろう。

    このうち、会社を経営していてもっとも身近に感じる説は、「給与の下方硬直性による上方硬直性」と「コーポレートガバナンス強化およびグローバル経済対策」なのではないだろうか。行動経済学の原理として、人は得る喜びよりも失う悲しみの方が大きく、強く感じる(損失回避特性)。また、通常、人は現在の給与水準に生活をアジャストさせているので、給与が上がるよりかは下がるほうが実生活へのインパクトが大きい。給与が下がると給与を上げた時のモチベーション上昇以上のダウンが生じる。他方、コーポレートガバナンスの強化に伴い経営者は、株主還元や短期利益確保に対する配慮が以前よりもせねばならい。またリーマンショック的な世界経済の影響を受けやすくなって、結果として、給与以外での出費(や貯蓄)を余儀なくされており、人件費が上昇することに対して抑圧的なバイアスがかかることになる。

    この本は、それぞれの研究者がそれぞれの角度や手法で1つの問いの答えを得ようとするので、「知の武道会」と見えなくもない。他方、導かれる答えは同じものだったりすることも多いので、総括編集の玄田さんが序文で書いているように「読者の関心の近い層から自由に読む」ことをオススメする。また実は骨太の問いは2問あり、「賃金を上げることが今後可能だとすれば、いかにして実現できるのか?」という2問目の問いについての解答があまり言及がなかったり、「当面は難しそうだ」、「***についてより議論の高まりが待たれる」的な結論で終わってしまっているものが散見されたように感じ、これは残念であった。唯一、「団塊世代の再雇用、女性の就業率向上」主犯説は、明確にそれらの雇用の吸収が終わった後に真の人手不足が生じて賃金上方がある、と言っていたが、マクロで賃金を上昇させるとはそれほど難しいということなのだろう。。

  • 本書のテーマは今やエコノミストや経済学者のみではなく国民的関心事ではないだろうか。本書の「原因は一つではない」との視点に納得する思いをもった。
    賃金を上げようとしない経団連の圧力は眼に見えるからわかりやすい。大手企業は内部留保をひたすら増やしながら賃金に回さないのだから財務大臣から「守銭奴」と言われても仕方がない。
    しかし原因が「制度」や「規制」などの社会システムの場合、変革することは一朝一夕には難しそう。
    本書の専門家による多角的な検証は、それぞれ胸にストンとおちると同時に「日本を賃金が上がる社会にする」ことの困難さも理解できた。
    また、本書の考察のように原因が複合的ならば一つや二つの対策では不十分だろうし、日本の縦割り行政の下では実効ある政策の実施は難しいのではないかとも思えた。
    本書を日本の現状を的確に分析した実にタイムリーな本であると高く評価したい。硬い経済書にもかかわらず一気に夢中で読んでしまった。

    2017年7月読了。

  • 日本の硬化した労働状況が 少しは理解出来た
    さて!
     自分に何ができるか、どうするかだな。と考えさせられた…

  • タイトルの通りだけど、12人あまりの人がそれぞれの切り口で自説を述べるオムニバス方式。色んな切り口があるので面白い。

    でもほとんどは忘れてしまった。
    実は結構難しくて、用語を調べたり、別のページのグラフと見比べたりする必要があり、電車内で読むには向かない。

    わかりやすいのは、失業率も下がっているし、正社員、非正規労働者の給料はそれぞれ上がっているけど、正社員→非正規への人口シフトが起こり、トータル平均だと給料が下がって見える、というもの。

  • 旬の本だから早めに読まねばと思いつつ、途中で放りだしてながらく積読にしてしまっていた。でもおかげで本書の論考が執筆されたであろう時点から概ね3年が経過した(2019年11月)ので、その後の実質賃金推移を振り返ってみると。。。

    ・毎月勤労統計調査 「きまって支給する給与」
    2018年は2015年比で1.6%増、ただし2019年にはいって微減ないし横ばい傾向

    ・消費者物価指数 「総合」
    2018年は2015年比で単年値を掛け算すれば1.4%増

    以上より実質賃金は3年がかりで0.2%増くらいと相変わらずほぼ横ばい。ますます人手不足は言われているように感じるのですがこの状況。なお毎月勤労統計調査は調査方法の誤謬が問題になっているやつ

    オムニバス形式でいろいろな論考がならんでいるが、響いたのは第1章と第15章。

    第1章での、労働需要の賃金弾力性が非常に大きいため「人手不足=労働力に対する超過需要ではない」可能性、との指摘は納得できる。はたらきたい人はいるのだが給料が安すぎて集まってこないために人手不足「感」が生じてしまうというもの。企業に対するアンケートでも、人手不足の理由として事業の拡大よりも離職の増加を上げている企業が多いという裏付けもあるそう。本章で他にも指摘されている介護報酬制度による介護職の賃金抑制も、給与が抑制されてることからくる人手不足ということでは同様の構図になり、人手不足でも好況感がまったくないことになる。

    第15章はあらたな発見はないが現実世界の感覚として強烈に腹落ちする。まさに身分としての正規/非正規。もともとの正規/非正規格差は「男性稼ぎ主モデル」による生活保証を日本では企業が担ったことが原点だろうと示唆するが、それが時代とともに変容しつつ、都合の良いロジックで正当化されている。解決の妙案はない感じ。

    あと第6章、第7章の人材育成力の低下という指摘も重たい。

    全体として賃金の伸び悩みに対する「これぞ」といった処方箋はないのだが、一つありそうなのは第7章で触れられている、女性や高齢者の労働市場への新規参入が落ち着いて現代版「ルイスの転換点」を迎えるかも、というもの。

  • 賃金の下方硬直性ゆえの上方硬直性とか、世代間格差とか、統計的誤謬の可能性とか、非常に示唆に富む内容だった。個人的には産業の新陳代謝を高め、生産性の低い産業から高い産業への労働力の移動があるべきだと思う。

  • 賃金が上がらない構造的な理由についての検証を行っている。
    非正規雇用の増加、労働生産性の低下、企業の人材投資の低下(労働分配率低下)。
    団塊ジュニア世代は就職氷河期で、賃金が他の世代に比べて低い。

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