ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由

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制作 : 梶浦真美 
  • エクスナレッジ (2011年7月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (367ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784767811802

ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由の感想・レビュー・書評

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  • ためしにAmazonで「記憶力」、「記憶術」などと検索してみて欲しい。『○○で憶える、ラクラク記憶術』といった類の本が、溢れんばかりに表示される。もちろんその効能は、玉石混交なわけであるが、多くのビジネスマンや学生にとって、記憶する能力へのニーズがいかに高いかということを示している。

    本書もそのような記憶力をテーマにした一冊なのだが、いわゆるマニュアル本、自己啓発本とは、一線を画す内容である。著者は『ナショナル・ジオグラフィック』などでも執筆するフリージャーナリスト。取材ライターとして赴いた全米記憶力選手権で記憶力に興味を持ち、一年後の大会には自身が出場者としてエントリー、ついにはチャンピオンになってしまう。本書はその過程を描いた、実験ドキュメンタリー。ミイラ取りがミイラになるという典型のような話である。

    ◆本書の目次
    第1章 世界で一番頭がいい人間を探すのは難しい
    第2章 記憶力のよすぎる人間
    第3章 熟達化のプロセスから学ぶ
    第4章 世界で一番忘れっぽい人間
    第5章 記憶の宮殿
    第6章 詩を憶える
    第7章 記憶の終焉
    第8章 プラト―状態
    第9章 才能ある10分の1
    第10章 私たちの中の小さなレインマン
    第11章 全米記憶力選手権

    「いいかい、平均的な記憶力でも、正しく使えば驚くほどの力を発揮するんだ」そんな台詞に魅了され、著者はイギリスの若きグランド・マスターの教えを受けることになる。その教えのベースにあるのは、紀元前五世紀、天井が落ちてきたテッサリアの大宴会場のがれきの中にいた詩人、ケオスのシモニデスによって始まったものである。シモニデスは目を閉じて、記憶の中で崩壊した建物を再び組み立て、どの客人がどこに座っていたかを思い出すことが出来たという。このシンプルな発見から、いわゆる記憶術の基盤となるテクニックが編み出されたのだ。

    著者のトレーニングも、シモニデスのやり方を正常進化させた「記憶の宮殿」という方式である。自分が憶えなければならないTo-Doリストを、自分のもっている素晴らしい空間記憶を利用し、各々の場所にイメージとして置いていくのだ。それが人の名前や数字であったとしても、同様である。要は、記憶に残りにくい情報を、心が惹きつけられる視覚映像に変換して、頭の中の宮殿に配置していくということなのだ。このようなトレーニングを積んだ人にとっては、仮に思い出せないことがあったとしたら、それは記憶の不備ではなく、認知の不備に原因があるということになる。例えば、卵という言葉を思い出せなかった時には、白い壁のところに置いたために、背景に溶け込んでしまって見落としたなどということが、本当にあるらしい。

    そして、このような記述を目にして疑問に思うのが、この種の記憶術が、なぜ現在では主流でなくなってしまったのかということである。はるか昔、記憶はあらゆる文化の源であったのだ。人類が洞窟の壁に頭の中のことを描き残すようになってから様相が変わり始め、印刷機の登場により事態は急変する。そして、現在のクラウド化によって、記憶を外部に預けるということが、手の平の上で、瞬く間に出来るようになったというのはご存じの通りだ。その過程を経る中で、博学であるということは、内部に情報を保有しているということから、外部記憶という迷宮のどこで情報を手に入れられるか知っているということに変化していったのである。

    本書を通して著者が投げかけているのも、現代における記憶力の持つ意味、そのものである。その問いに対する著者の答えは、「私たちの実態は、記憶のネットワークである」というものだ。面白いものを見つける、複数の概念を結びつける、新しいアイデアを生み出す、文化を伝える、そういった行為において記憶力は必要条件であり、基盤となるものでもあるという。記憶と想像は、コインの表と裏のようなものなのだ。この主張、著者の実体験が伴っているだけに説得力がある。

    一方でこの問いを、外部記憶としてのWebサービスが今後どのようにあるべきかという問題に置きかえて考えても、示唆に富む内容となる。能動的、線形的にアクセスする現在のあり方から、溢れるような受動性と無秩序なアクセスという、実際の記憶に近いあり方へ変化させるのだ。この変化が創発的な思索を生み出すようになれば、外部記憶は新たなブレークスルーの時を迎えることができるのかもしれない。

    表題には「ごく平凡な記憶力の私が」とあるが、著者がジャーナリストとして有能であるということに疑う余地はない。本書には、『ザ・マインドマップ』でおなじみのトニー・ブザンや、『僕には数字が風景に見える』のダニエル・タメットといった著名人も登場するのだが、彼らとのエピソードや、その人物評を読むだけで、それがよく分かる。

    記憶力のメカニズムと歴史的背景の解説、全米記憶力選手権への挑戦、記憶力の意味を投げかける論考と、扱っている範囲は実に幅広く、一冊で三冊分くらいのオトク感があると思う。忘れることなく、ぜひ手に取っていただきたい一冊である。

  • シモニデスが生み出した暗記術・・・それは場所法と呼ばれるものであった。そして、それが中世ヨーロッパの基本的な学問術でもあった。

    以上のことは最近勉強を始めた「修辞学」の概説で学んだ。修辞学においても暗記というものは重要な技術のひとつであった。

    その歴史から概観を始めている点に好感がもてる本。タイトルは「あ、ばったもんくせー」って感じだけど、本屋で手にとってざっくりと目を通したとき、クインティリアヌスとかシモニデスとかきちんと語っていそうなので購入。そして、一気に読んだ。

    マインドマップで有名なトニー・ブザンも「暗記術」の復活に貢献した人物である。そして、それは彼が中世ヨーロッパに伝わる「暗記術」に根本をおいて生み出したことも説明されている。そして、それを補強するためにマインドマップも生み出されたのだ。

    そのようなつながりも面白い。ジャーナリスティックな視点を失っていない。サヴァン症候群についてもしっかりと取材している。なので、人間の「記憶」と「記憶術」の歴史について、そして、学校の教育システムについても概観できる。

    よい本です。

  • 「ひとの顔と名前よく覚えられないんだよね」と人は言う。「それはあなたが覚える気が無いんでしょう」とツッコミをいれたくても、それを言うと嫌な顔されるのであまり言わない。

    15世紀のグーテンベルクによる印刷された本の登場によって、人間は物語を記憶する必要を無くしてしまったとあった。そういえば春樹の『1Q84』でふかえりが平家物語を諳んじたりマタイ受難曲を歌ったりバッハを目録番号(BWV***)で覚えているというのが出てくるんだけれども、あれは読んだ時に記憶するためのそのひとにやりやすいパターンがあるんだろう。
    意識高い系のセミナーでマインドマップとかいうものを描かせるのあるが、あれを提唱したトニー・ブザンという人はもともと記憶術を広めた人であったらしい。
    この本ではジャーナリストの駆け出しである著者が自分の能力を向上させたいと願い、この大御所ブザンのかつての弟子であった人が著者のコーチとなり、記憶コンテストに出られるように仕込まれる、というのが物語になっているのだけれど、その中で記憶術の歴史が紐解かれる過程が興味深い。古代ギリシャの素養があればもっと楽しめたことだろう。

    これを読んでいて思ったのは、たとえ「読んだ」としてもその本の内容を覚えていないことはその本を本当に読んだということになるのだろうかということである。「読んだけれどあまり覚えてない」という本は、自分の人生の中に途方もなくあることを考えると虚しさも感じる。

    覚える対象を自分の意識に埋め込みやすいイメージに変換するというのは、確かに自分もいままでやっていた感がある。それらを住まわせる宮殿を作ることによって多くのもの記憶を保管できるようになるのか。

    著者はマインドマップのトニー・ブザンや、『僕には数字が風景に見える』のダニエル・タメットへのインタビューも敢行する。円周率を5時間かけて暗誦するタメットは天才ではなく実はサヴァンでもなく、記憶するスキルを訓練しただけかもしれないのだった。
    そうなると、もはやサヴァンとか共感覚とかってどうなのよ?って読者は思うわけですよ。もしかして訓練できるほどの想像力があるかないかであって先天的なものなんじゃないんじゃないですかと。記憶力だけで天才と呼ばれる有名人に喧嘩売っている本であるとも言える。アメリカではベストセラーであったらしい。原題は”Moonwalking with Einstein”、日本語のタイトルが違えばもっと違う読まれ方としたかもしれない本である。

    ちなみにこの著者のジョシュア・フォアのお兄さんは『ものすごくうるさくてありえないほど近い』の作者・ジョナサン・サフラン・フォア。

  • 記憶力のノウハウ本と間違うけど、そうではないす。確かに本文中に記憶術の歴史や記憶術の具体的事例が掲げられています。それは、著者がそれらを駆使し、学び、練習して全米一の記憶力チャンピオンになったからです。著者が、自分の経験だけでなく、サバン症候群の記憶の天才や記憶の著名な研究者に直接取材して、記憶がその人を作っている、記憶の重要性を示しているところに、何でも機械のメモリーに頼る現代人へ警告する所にこの本の意義があります。

  • 記憶力って天分なのかと思っていたけど、この本を読んで、誰にでもできる技術なんだとわかった。
    文字のない時代、記憶の技術は今より重要だった。暗記型の勉強は軽蔑すらされる今日、私たちは、その技術を教えられなかった。
    スタートとしては遅いが、この技術を使って、いろいろ覚えてみたい。

  • 読了。参加型ジャーナリズムとして自ら記憶術トレーニングに取り組んだ著者が、記憶術に関する歴史的な推移、サヴァン症候群への取材、記憶に関する脳科学的な知見等を叙述したもの。記憶術については従前の各書の記述と代わり映えはしないが、場所法・イメージ法など網羅的かつ具体的に記憶法について書いていたり、記憶を紐帯とするインタビューが豊富であることなど、まずまず楽しめる。なお、はじめて場所法に取り組む場合、慣れ親しんだ場所、例えば、昔住んでいた家などを目安としてみることは参考になった。

  • 全米記憶力選手権に出場した作者の体験記。

    作者の知識量には舌を巻くが、
    それが災いし、少々読みづらい。
    アメリカの有名人の名前を羅列されるが、
    日本人にとってはさっぱり分らない。

    他の人も指摘しているが、
    あまり実用的な本では無かった。
    面白かったけど、少々残念。

  • 記憶に関するテクニック、偉人、学問的な見方が著者が全米記憶力選手権に挑戦し、優勝した話をベースに語られる。実生活で役立つような記憶術を求めている人にとっては冗長に感じられるかもしれない。

  • 記憶術が紹介されていると思い、試しに読んでみた本。
    実際は勉強で役立つ記憶ではなく、ひたすら長い数字や人の顔をおぼるといったものの世界大会。
    いろいろな記憶術の話や人の脳の構造が紹介され、なかなか興味深い話もあったが、期待していたものとは違ったことが残念だった。

    しかし、数分で1組のトランプの並びをすべて記憶するなど、平凡な人が一年でできるようになるということは、うまく使えば仕事や勉強にもやくだつのではなかろうか?
    紹介されていた「記憶の宮殿」は試して、自分が使えるようになれば面白いと思う。

  • 記憶という能力に関して色々な視点から書かれているので、
    ただ全米チャンピョンになるためにひたすらトレーニングをするのみの本ではないのは魅力だと思う。
    自分の能力開花に励みながら、さらに記憶に関する症例を知るとすぐに調査に取り掛かるフットワークの軽さは見もの。

    この本を読むにあたって、私自身記憶力に不安があるために読み始めたのだがここでいう記憶というものが実生活に役立てることができるようになるのか?ということは最後まで謎だったのでそれを解き明かしてほしい。

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ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由の作品紹介

古代ギリシャで知識人の必須のツールであった「記憶術」と、最先端の脳科学や一流のプロたちの技術習得の秘訣を学び、全米記憶力選手権で優勝するまでの1年を描いた話題作。

ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由はこんな本です

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