人を“資源”と呼んでいいのか: 「人的資源」の発想の危うさ

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  • 現代書館
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  • Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784768456248

作品紹介・あらすじ

非正規雇用者の激増、過労死、過労自殺、自衛隊海外派遣、民間人の戦地出張…、現在の人的資源活用論は戦前の国家総動員法に基づいているのだ。

感想・レビュー・書評

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  •  子どもの頃、「女の腐ったような奴」という言い方があった。優柔不断で煮え切らない男を非難する表現として使われていたが、この言い方が侮蔑語として機能するためには、男は決断力がある一方で、女は自分で決められない劣った存在であるという前提、共通理解が必要であり、それがその共同体の「常識」になっていなければならない。
     この言葉をまさか今使っている人はいないだろう。こんな歪んだ考えに基づく表現を今の時代、社会が許さないからである。現在、「しょうがい」の表記が「障がい」「障害」「障碍」で揺れているが、旧い偏見、価値観から生まれた言葉が問題視され、やがて消えていくのは、社会が変わった、変わりつつあるということを端的に表している。
     これは別の言い方をすれば、現在流布している表現や言葉は、それらを使うことが問題視されず、当然のこととして当面了解されているということでもある。
     前置きが長くなったが、本書の著者が問題にしているのは「人的資源」「人材」という言葉である。無自覚に使われている陳腐な表現だが、考えてみるとこの言い方の背後には、人間を材料、モノと見る価値観がある。2003年、自衛隊のイラク派遣をめぐる討論で、派遣を推進する山崎拓自民党幹事長は、自衛隊について「資源」「人的資源」を「使う」という言い方をする。1999年、いじめを受け、護衛艦「さわぎり」の艦内で自らの命を絶った自衛官の事件があったが、その被害者の母親は、これを聞いて強い違和感を覚える。「資源というのは消費するものですよね。人間を資源というのはおかしい。自衛官を使い捨てにするような発想が表れていると思います」
     この事件を取材していた著者は、この母親の言葉をきっかけに、「人的資源」という言い回しの歴史をたどっていく。詳細は是非本書を読んでいただきたいが、満州事変の前年、政府は人間に通し番号をつけて「資源」「物資」として扱っていたこと、その考えは第一次世界大戦時、すでに時の権力者によって説かれていたこと、敗戦後は人権否定に繋がるとして慎むべき言葉とされていたこと、それが経済の文脈で息を吹き返してきたこと等を、国会答弁の資料や記録を通して明らかにし、この言葉の根底には、人をモノ、道具とみなす人命、人権軽視の冷酷さがあることを、説得力を持って語る。そしてそうした観点から、炭鉱労働事件、派遣労働の現状、断種、自衛隊等についてあらためて考えていく。
     「命は大切」 異論を挟む余地はないはずだが、この言葉を、命は命であるがゆえに大切なのではなく、大切なのは使い勝手のいい道具だからとする考えが、この国の権力者には間違いなく根を張っている。本書を読んでそれを再確認した。コロナ、放射能問題に対するこの国の冷酷な対応、セクハラ、パワハラ、差別、ブラック労働等、こうした視点で今一度考え直すと、いろいろ合点がいく。言葉の背後にあるものを読み解く鋭敏な感覚を持ちたいものだ。
     生命が誕生したのは36億年前と言われている。以来連綿とそれを受け継ぎながら、いずれは必ず消えてしまう個の命を、たかだか2000年にも満たない国や、人生のほんの一時籍を置くに過ぎない組織に、「資源」として消費されるのは断固拒否する。本書を読んで、そんな思いをあらためて強くした。

  • 研究に関係するかと思ったが、あまり関係なかった。。。

  •  「人的資源」という言葉をキーワードに、現代社会に潜んでいる人格軽視の風潮と消費されていく人間達の待遇改善を訴える一方で、その根源を戦前の国家総動員法と優生学思想に求める。やや感情に押し流されている面はいなめないが、それが著者の執筆の動機付けとなっただけに、いたしかたあるまい。

     ただ、そもそも高度に組織化された現代社会にあってはあるポジションにだれがつくか、そしてどのような人間がつくべきかとうマネンジメント理論が必要である。その延長においては当然「人的資源」とような発想が出てこざるを得ないわけで、この言葉の意味と非人間的な派遣労働や自衛隊内でのいじめとは関連性が薄いように思える。全体として論点の軸がやや弱く、定まらないように感じた。

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著者プロフィール

よしだ・としひろ
1957年、大分県臼杵市生まれ。
ジャーナリスト。
ビルマ(ミャンマー)北部のカチン人など少数民族の自治権を求める闘い
と生活、文化を長期取材した記録『森の回廊』(NHK出版)で大宅壮一
ノンフィクション賞受賞。近年は、戦争の出来る国に変わる恐れのある
日本の現状や、日米安保・密約などをテーマに取材。
著書に、
『森の回廊  ビルマ辺境民族解放区の1300日』
(日本放送出版協会、1995年:NHKライブラリー 上・下 、2001年)、
『宇宙樹の森  北ビルマの自然と人間その生と死』
(現代書館、1997年)、
『北ビルマ、いのちの根をたずねて』
(めこん、2000年)、
『生命の森の人びと  アジア・北ビルマの山里にて
  理論社ライブラリー 異文化に出会う本』
(理論社、2001年)、
『夫婦が死と向きあうとき』
(文藝春秋、2002年:文春文庫、2005年)
『生と死をめぐる旅へ』
(現代書館、2003年)、
『民間人も「戦地」へ  テロ対策特別措置法の現実
 岩波ブックレット』
(岩波書店、2003年)、
『ルポ戦争協力拒否 岩波新書』
(岩波書店、2005年)、
『反空爆の思想  NHKブックス』
(日本放送出版協会、2006年)、
『密約  日米地位協定と米兵犯罪』
(毎日新聞社、2010年)、
『人を"資源"と呼んでいいのか 「人的資源」の発想の危うさ』
(現代書館、2010年)、
『密約の闇をあばく 日米地位協定と米兵犯罪
  国連・憲法問題研究会報告 第49集』
(国連・憲法問題研究会、2011年)、
『赤紙と徴兵 105歳最後の兵事係の証言から』
(彩流社、2011年)、
『沖縄 日本で最も戦場に近い場所』
(毎日新聞社、2012年)、
『ダイドー・ブガ 北ビルマ・カチン州の天地人原景』
(彩流社、2012年)、
『検証・法治国家崩壊  砂川裁判と日米密約交渉
 「戦後再発見」双書3』
(新原昭治、末浪靖司との共著、創元社、2014年)、
『「日米合同委員会」の研究  謎の権力構造の正体に迫る
 「戦後再発見」双書5』
(創元社、2016年)、
『横田空域  日米合同委員会でつくられた空の壁  角川新書』
(KADOKAWA、2019年)、
『日米戦争同盟  従米構造の真実と「日米合同委員会」』
(河出書房新社、2019年)他がある。

「2020年 『日米安保と砂川判決の黒い霧』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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