精神療法家の仕事―面接と面接者

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著者 : 成田善弘
  • 金剛出版 (2003年4月18日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784772407731

精神療法家の仕事―面接と面接者の感想・レビュー・書評

  • ・初回面接時に、この治療者は有能だ、信頼に値すると患者に思ってもらうことが大切である。そうでなければ面接が継続しない。
    …患者に信頼してもらうにはまず安定した態度で接することが必要である。患者の語ることにこちらが不安になったり、いちいち大仰に反応したり、性急に批判したりしないで、ひらかれた態度で淡々と聞くのがよい。患者の話を人間にありうることとして受け入れるのである。

    ・語ることは何かについて語ることであり、語る人と聞く人との間にある事物を導入することである。これに対して沈黙は「私として在る」ということである。沈黙する二人の間には何物も介在しない。これがある人たちに不安を惹き起こす。
    ある境界例の少女は「沈黙は人と人との間を近づけるでしょう。私、それが怖いからしゃべるの」と言った。

    ・相手について何も知らなければその人を信頼することはできない。しかし相手のことが何もかもわかっていれば、つまり自分がこうすれば相手はああすると確実に予測できるのであれば、もはや「信頼する」必要はない。予測通りのことが当然のこととして起こるだけである。われわれは明日太陽が昇ることを「信頼して」眠りにつくわけではない。明くる朝になれば太陽は昇るに決まっているのだから、われわれはそれを「信頼する」とは言わない。「信頼する」とは完全には予測できないということである。したがって、信頼して打ち明けるときにはいくばくかの不安が伴う。打ち明ける時にはその不安に打ち勝って、思い切って話さなくてはならない。だから勇気がいる。先の明るくなることを信じて話し始める。
    …打ち明けるとき、人は不安に打ち勝って「信頼」という、人間が人間に贈りうる最高の贈り物を贈るのである。
    そして相手がそれを受け止めてくれたとき、人はもはや孤独ではなくなる。重荷をともに担ってくれる人が現れたからである。一人の重荷が二人の重荷になる。だから打ち明け話を聞く人は、「信頼」という最高の贈り物を受け取ると同時に、重荷をも担わされるのである。

    治療者の方は打ち明けることはないのか。治療者は自分の秘密を話すわけではない。しかし患者に対するすべての応答を通して実は打ち明けているのである。打ち明けざるをえない。

    ・本当は「考えは同じだ」というのは間違いである。言葉にできないのは経験そのものが漠然と曖昧にしか経験できていないからであり、考えが不明確だからであって、単に言葉をよく知っているとかいないとか、言葉の使い方が上手とか下手とかいう問題ではない。

    ・ある人が紅葉の名所として知られているところへ、秋ではなく初夏に旅行した。紅葉ではなく新緑の中を旅してきた。ところが帰ってきて友人に「旅行はどうでしたか」ときかれて、つい「紅葉がきれいで」と口に出しそうになってはっとしたという。

    ・ある人の事例報告を読んでいたとき、私には彼の文章にどうもわかりにくいところがあったのでいくつか質問すると、彼ははじめのうちは「そこはじつかこういうことで~」とか「そこにはこういう事情があって~」とか答えていたが、そのうちにいら立ってきて、「そんなことは先生なら察してくれると思っていた」と言った。こういうのを私は「母親相手にものを言う」と言っている。

    ・思うように書けないという場合、私の中に「考えはあるがそれがうまく言葉にならない」という気持ちがある。しかしどうもこういう考え方は間違いであるらしい。小林秀雄はこれを「頭の中の龍」という。こういう幻想をもっているうちはプロの書き手になることはできないらしい。

    ・人が中年期のなかばに達したことを示す指標の一つは、自己の加害性を自覚するということである。学会や研究会で、あるいは同僚や後輩との日常の会話の中で、自分の言動が周囲に多少とも影響力をもち、さまざまに受け取られ、波紋を生じ、ときには自分の意図しないところで他者を傷つけていることを知らされる。自分が加害者でありうるという事実を見ざるをえなくなる。こういう自覚は青年期にはめったに生じない。青年は、実はしばしば加害者であるにもかかわらず、自分は被害者であると感じがちなものである。自分は悪くない、悪いのは親や教授や院長や態勢であると彼らは主張する。実はおとなたちを大いに傷つけているにもかかわらず、もっぱらおとなたちを責めるのである。

    ・心の健康について尋ねられたフロイトは「愛することと働くこと」と答えたという。精神分析という壮大な理論体系を作り上げたフロイトも、心の健康についてはごく日常の言葉で語ったのである。わが国の土居健郎は「人は人生の不幸を直視できないときに神経症になる」という。これはおそらくフロイトの「ヒステリーの悲惨をありふれた不幸に変えることができれば」という言葉を踏まえたものであろう。

  • 入門書ばかり読んでいては、役に立たない。さりとて、専門書ばかりでは、それも同断。本書はその中間を行くものである。半専門書・半入門書を移行対象にしつつ、行きつ戻りつ理解を深めるのが臨床学習の定石。

  • 打ち明けるとき、人は不安に打ち勝って「信頼」という、人間が人間に贈りうる最高の贈り物を贈るのである。
    そしてそれを受け止めてくれたとき、人はもはや孤独ではなくなる。重荷をともに担ってくれる人が現れたからである。一人の重荷が二人の重荷になる。
    (本文より)

    2012.12.25

  • 1.面接のはじまり――その1――
    2.面接のはじまり――その2――
    3.沈黙と言葉
    4.治療者の介入――その1――
    5.治療者の介入――その2――共感・解釈・自己開示
    6.転移/逆転移と解釈
    7.面接のおわり
    8.短い面接について
    9.精神療法家にとっての理論と経験
    10.「書く」ことについて
    11.治療者のメンタルヘルス
    12.精神療法家のライフサイクル
    付.私の「研究」をふり返って


    面接が始まるところから終わるところまで。
    治療者としてどのようなことに注意してきたか、またすべきかに重きをおき、著者の経験から非常に分かりやすい文章で述べている。

    沈黙の意味するところ、短い面接が持つ効果と不足部分、そして治療者のメンタルヘルスなどについても述べてある。

    特にロージャーズの述べた三条件についての記載は私の疑問に対する明確なる答えが呈示されている。
    しかし一方である特定の理論に傾倒することの大切さも語られていた。
    共感に先行するのは何でだろう?という当然の疑問。

    理論の提唱者はそれを自らの内面から生み出す。それは肉体理論。しかし我々はそれを読み、頭で理解しようとする。それは頭理論。
    その差異を拭い去ることはできないが、それでもとりあえずはひたすらにやってみるしかなさそうだ。
    頭でいくら考えてても分かるもんではなさそうだし。
    一つ一つの経験を通して少しずつでも深めていこう

  • 読みやすかった。

  •  精神療法に関する著書が多数ある成田善弘先生の本。

     臨床家としての基本的な心構えについて書かれた良書である。

     成田先生って名古屋の人だったんですね。

     比較的近所です(笑)

  • 自分的今年度MVPな本。臨床の人はあれこれ考えずともかく読むといいと思います。

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