人間らしさとはなにか?: 人間のユニークさを明かす科学の最前線
- インターシフト (2010年2月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (605ページ)
- / ISBN・EAN: 9784772695183
作品紹介・あらすじ
人間らしさとはなにか?どこがユニークなのか?先端科学の解答がここにある。意識、言語、社会、倫理、芸術、コミュニケーション、心と体、サイボーグ化-"人間"に秘められた大いなる謎を明かすべく、脳神経科学の第一人者が、満を持して放つ渾身の書。人間探究のサイエンスとしての脳科学の到達点。
感想・レビュー・書評
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「池田信夫」
著者は脳神経科学の第一人者であり、特に分離脳の研究者として知られる。彼の行なった次の有名な実験は、脳科学の入門書によく出てくる:
分離脳の患者の視野をまん中で仕切って右と左が別々に見えるようにし、右目(左脳)にはニワトリの足先を見せ、左目(右脳)には雪景色を見せた。そのあと別の絵を見せて、患者に先ほどと関係のある絵を選ぶようにいうと、右手(左脳)でニワトリ、左手(右脳)でシャベルを選んだ。そこで仕切りをとって、患者に「なぜニワトリを見てシャベルを選んだのか?」と質問すると、「ああ単純なことです。ニワトリ小屋を掃除するにはシャベルが必要だから」と答えた。(本書p.415)
この患者の言語中枢は左脳にあるので、右脳(左目)が雪景色を見たことを知らない。右脳(左手)は雪景色を見てシャベルを選んだのだが、それを知らない左脳は、ニワトリとシャベルを結びつける物語を咄嗟につくったのだ。しかも患者には物語をつくったという意識がなく、「私の行動の理由は私が知っている」と主張した。
このような実験例は多く、夢も左脳がランダムな記憶を無理やり奇妙な物語に編集したものと考えられている。右脳が感じるばらばらの感覚を左脳が「私の感覚」として統合する機能が「自我」の意識を生み出し、行動の整合性を生み出しているのだ。脳が分離している患者も自分が2人いるとは感じず、すべて「私の行動」だと考えている。
「人間が合理的である」というデカルトの仮説は、脳科学の実験では否定されている。それどころか「我思うゆえに我あり」という場合の「我」が実在するかどうかも疑わしい。ただ生存競争では、敵に襲われたとき右脳と左脳が別々に指令を出したら死ぬだろう。だから1000億のニューロンを1人の<私>として統率する感覚は、進化の過程で形成された辻褄合わせの機能と考えられる。
合理性とは、このような進化上の要請から作り出された物語であり、辻褄が合うというだけなら宗教も科学も同じく合理的だ。近代社会では、工学的に応用可能な実証科学の合理性が特権的な地位をもったが、今では脳科学にみられるように、自然科学の多くは素朴な合理主義を否定している。しかし経済学は、いまだに合理的個人というフィクションにしがみついている――まるでニワトリをシャベルと結びつける患者のように。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
かなりのページ数で読み進めるのに時間はかかったが、退屈することなく最後まで読み終えられた。
『わたしはどこにあるのか』『脳の中の倫理』とはやや趣が異なり「人間と他の異性物との違い」をテーマに脳の側面から人間らしさを掘り下げていく。また人間と芸術の関係、他人の情動を感じる機能など、あまりガザニガらしくないとも思える視点があってこれはこれでおもしろい。
なぜ「私」は他者と区別できるのか、といった話題もかなり読めた。ただし社会性にはあまり触れていないところが不満といえば不満。
美とは何か?「今、ここ」という動物的な中核意識から、どのように延長意識や自己認識が発達したのか? おぼろげながらも答えらしきものが見えつつあるのがよく理解できた。
https://twitter.com/prigt23/status/1098531498439860224 -
科学の最先端は、ときに哲学的領域にまで踏み込む。たとえば、バイオテクノロジーの進歩は「どこまで生命操作が許されるのか?」という問い直しにつながり、生命科学と哲学を架橋する生命倫理学を生んだ。
「人間とはなにか?」という問いも、かつてはもっぱら哲学者が扱うものであったはずだ。その問いに、第一線の脳神経科学者が挑んだのが本書である。人間を人間たらしめているもの、人間と動物を分かつものとはなにか? 答えの出しにくいそんな問いに、著者は脳科学を中心とした諸科学の先端的知見を総動員し、さまざまな角度から迫っていく。
たとえば第1章では、人間を人間たらしめた脳の特長とはなんなのかという謎がクローズアップされる。
第2章では、人間に最も近いチンパンジーとの比較を通じ、彼らにはない「人間ならでは」の側面がどこにあるのかを考察している。
また、第6章では、「芸術は人間ならではのものか?」というラディカルな問いが立てられる。その問いを突きつめるなかで、“そもそも芸術とはなにか?”という次元にまで思索は進み、独創的な芸術論になっている。
我々が自明の「人間らしさ」だと思っていたことが動物にもあることが明かされ、驚かされる点も随所にある。たとえば、近親相姦のタブー視は、チンパンジーにもある程度見られるという。
そのように、「人間らしさ」をめぐる先入観と実質を腑分けしていったとき、最後に残る真の「人間らしさ」とは何か? 著者はそれを、他者への共感力と想像力の中に見出している。
チンパンジーにも「伝染性のあくび」(ほかのチンパンジーがあくびをする映像を見せる実験をしたところ、3分の1のチンパンジーがつられてあくびをしたという)があるなど、「共感の原始的な形態」は見られるものの、人間のなす共感ははるかに広く深い。
また、重力のような「見えない力」を推論できるのも人間だけだという。それは、目に見えない他者の「心」を意識するのが人間だけであることをも示している。その意味でこれは、“心とは何か?”に迫った書でもあるのだ。
人間らしさに科学のメスを入れ、極上の知的興奮に誘う大著。 -
大御所ガザニガによる脳科学の最前線の包括的な概論書、集大成という感じかな?
もちろん、タイトルの「人間らしさとはなにか」という問いにストレートに、そして多面的に答えようという野心的な作品でもある。
最近、脳とか、進化心理学関係の本を何冊か読んだので、ものすごく新鮮ということもないのだけど、いろいろなところで読んだことが統合されていく面白さというのはある。
初めてこういうのを読む人は、新しいことがいろいろ学べて面白いだろうなー、と思う反面、本が分厚いわりには、一つ一つのトピックがかなり早いテンポで説明されていくので、読んでかなり難しいだろうな。2~3冊、この類いを読んでから、挑戦する必要があるだろう。 -
扱ってるトピックは興味を惹かれるのだけど、言い回しが堅苦しくてなかなか読み進まず、段々と放置してしまった。また気が向いたら読むかも。原著の方がかえって読みやすいかもしれない。
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原著:Michael S. Gazzaniga
翻訳:柴田裕之
<http://www.intershift.jp/book_Human_w.html>
【目次】
はじめに:人間はなぜ特別なのか?
Part 1 人間らしさを探究する
1章 人間の脳はユニークか?
科学で知られている最も複雑な存在
脳の大きさを決める調節遺伝子
特化した脳の構造
2章 デートの相手にチンパンジー?
動物や物を人間のように扱う
チンパンジーとデートできる?
よく似たDNAでも大きな違い
人間ならではの肉体の変化とは?
異なる種で思考はどのように異なるか?
人間の言語を操る
コミュニケーション・言語・ミラーニューロン
情動と無意識
父系制と攻撃性の起源
Part 2 ともに生き抜くために
3章 脳と 社会 と 嘘
社会行動の生物学的起源
二度と行かないレストランでなぜチップを置くのか?
社会脳仮説
社会集団の大きさと脳の大きさ
一五○人という集団サイズ
うわさ話は、社会的グルーミング
だましの駆け引き
最も雄弁な者が女性の気を惹いた?
社会的遊びと脳のサイズの関係は?
4章 内 な る 道 徳 の 羅 針 盤(モラルコンパス)
人はなぜ基本的に善良なのか?
生得の倫理プログラム
万事が合理的とはかぎらない
ネガティブな情動に影響されるわけ
道徳的判断の神経生物学
狩猟採集に対応した「脳のモジュール」
倫理モジュールと道徳的感情
五つの道徳モジュール
合理的思考のプロセス
知能と抑制の関係
道徳心のない人——精神病質者の場合
道徳と宗教
動物に道徳観念はあるか?
5章 他 人 の 情 動 を 感 じ る
理論説とシミュレーション説
随意のシミュレーション——身体的模倣
不随意の身体的な模倣——物真似マシン
情動を真似る?
情動の伝染
自分の身体に敏感なら、他者への共感も強まる?
ネガティブな情動が欠如する症状
動物は共感するか?
ミラーニューロンからわかること
自動的以上?
我思う、ゆえに我再評価しうる
抑制と再評価
想像力と予測
「私」と「あなた」を区別する仕組み
Part 3 人間であることの栄光
6章 芸 術 の 本 能
芸術は人間ならではのものか?
禁断のトピック
美の生物学的な根拠:美の好みを、ほかの動物と共有しているか?
チンパンジーは芸術家?
創造性の爆発
美は刺激ではなく、処理のプロセスに宿る
美しさを判断する神経
音楽はどうなのか?
ポジティブな情動
7章 誰 も が 二 元 論 者 の よ う に 振 る 舞 う
心と体は別という信念
直観的生物学
直観的物理学
直観的心理学
ほかの領域の口出し
脳の中の大きな隔たり
動物は二元論者か?
クロマニョン人と象の場合
意見や好みを作る「内省的な信念」
8章 意 識 は ど の よ う に 生 ま れ る か ?
意識は物理的に説明できる?
未解決の謎
意識の神経解剖学
意識の門番——注意
非意識から意識への選択的プロセス
分離脳と注意
二つの脳半球から一つの意識が生まれるわけ
「自己」は位相変化によって生まれる
動物の意識を探る
動物は自分が何を知っているかを考えるか?
Part 4 現在の制約を超えて
9章 肉 体 な ど 必 要 か ?
ファイボーグ
シリコン素材の補助器具——人工内耳
体と脳の電気的性質
怒れる雄牛
BCI技術の発達ーーゲームへの応用まで
スマート・ロボットは、ジョニー・デップになれるか?
思考する「心」を創る
意識ある機械はできるか?
脳は問題への答えを計算しない
遺伝子を操作する
あとがき:決定的な違い
注
参考文献
解説 -
メタには「高次な」「超」といった意味がある。ヒトは五感情報を統合し、更にもう一段高いレベルで自分の思考や感情を客観的に捉えることができる。これをメタ認知という。脳にダメージを受けると高次脳機能障害となる。メタ認知機能の崩壊といってよい。
http://sessendo.blogspot.jp/2014/03/s.html -
人間らしさとはなにか、神経科学や心理学の知見から紐解く。
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P423にカプグラ症候群が出てくる。パワーズの『エコー・メイカー』参照。
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こんなにもワクワクする本は他に無い。現代脳科学の視点を中心としながら遺伝学や機械工学の分野も網羅し、倫理や芸術の様な人間固有のメカニズムについて踏み込んでいく本作は、かつて哲学が命題としてきた分野に更なる謎と興奮を提示する。原題は『HUMAN』とそのものズバリな本作はハードカバー600頁の大著だが、驚きの実験結果の数々と小気味よいジョークのおかげで全く飽きることのなく最後まで読み終えてしまう。中でも自己感覚を解釈装置の副産物だとする説は衝撃であり、読了後には「私」についての感覚は完全に一新されてしまった。