バーディは気持ち―遼くんが育ったゴルフのゆりかご

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著者 : 石川勝美
  • ゴルフダイジェスト社 (2008年3月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (170ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784772840927

バーディは気持ち―遼くんが育ったゴルフのゆりかごの感想・レビュー・書評

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  • 【No.248】石川遼くんのお父さんが書いた本。「ゴルフはスポーツの中で一番人生に似ている。あるがままの状態から 最善を尽くし、その結果はすべて自分に跳ね返ってくる」

  • 「良い先生」とは、巡り会うものではなく、生徒自身が「見出すもの」なのかもしれない。そういう生徒になるために、親がしてあげられることは、子供の向きあって話をしっかりと聞くこと。そして、それに興味を持つことである。
    練習の合間に手を止めて「今日、先生がね−」と話す遼をさえぎって「練習を続けろ!」とは私は言わなかった。むしろ「それで?」とか「先生にこう言ってみたら」と提案したものだ。そして「いい先生だね」と言ってやったから、遼はますます先生を尊敬したのだろう。(96P)

    お金がない、飛ばない、それは決してマイナス要素ではなく、だからこそ大きな歓びを味わうことができたのではないだろうか。(102P)

    ゴルフこそ、スポーツの中で一番「人生」に似ていると思う。あるがままの状態から、最善を尽くし、その結果はすべて自分にはね返ってくる。(163P)

  • トンビの子は自らの強い意思と努力によって、タカになろうとしてい
    た。鈍感な父親は、このときまだその気配にすら気づいてはいなかった。トンビ
    の子は親の余計な心配も、ありきたりの想像も、親のちっぽけな自己満足もみご
    となまでに裏切って、自分の力でいま羽ばたこうとしていた。
    達にとって、自分に注目を集めるのにいちばん手っ取り早い方法が、良いスコ
    アを出すことであり、さらにその 〝最上級″ こそ試合に勝つことだった。つまり
    達は、究極の形でその強烈な自己顕示欲を、満たしてしまったことになる

    「プロゴルファーになる。いつかマスターズで優勝する」
    と初めて口にしたのは小4のとき。以来、ひたすらゴルフに打ち込んできた。
    早朝、起きてすぐ練習。放課後、帰宅してからすぐまた練習。合い間に学校の宿
    題をこなし、テレビゲームや携帯型ゲーム機など、その年頃の子なら誰もが興じ
    る遊びも、すべて我慢して頑張ってきた。

    再び地鳴りのような歓声が、茜空に轟いた。鳴り止まない拍手の中で白いサン
    パイザーを脱いで、達がうやうやしく一礼する。KSB瀬戸内海放送の多賀公人
    アナウンサーが親しみをこめて、「ハニカミ」と呼んでくれた笑顔を、私はただ
    ただ驚きの思いで見つめていた。それは、最後まで平常心を保ち、やれることは
    しっかりとやり遂げたという充実感に溢れていた。わが息子ながら、実に堂々と
    した36ホールの締めくくりであった

    これまで、私がジュニアの試合で勝ち負けにこだわったことは一度もなかった。
    むしろ優勝争いのさなかには、相手選手のバーディを望んだくらいだった。それ
    は、決してきれいごとではなく、そのほうが達はもっともっと上手くなれると思
    ったからだ。
    ジュニア時代の達のゴルフにとって大切なことは、勝敗を決めることではなか
    った。競い合い、レベルの高い戦いを繰り広げることにこそ、上達のヒントがあ
    る。だから、どうかほかのジュニアのみなさん、達よりも遠くに飛ばしてくださ
    い。そのバーディパットを入れてください……。そう願うことのほうが多かった

    大勢の関係者に誘導されて、達が私たちのすぐ目の前を通りすぎていく。手の
    届きそうなその距離も、なんだかやけに遠く感じられ、かたわらの由紀子が、
    「なんだか、私たちの子供じゃなくなってしまうみたいね……」
    とポッリと言った。
    そんな不安げな妻の言葉にもすっかり動転し、すぐには答えられずにいた私だ
    が、それでもひとつだけ分かることがあった。子供というものは遅かれ早かれ、
    確実に親から離れていくものだということだ。今日のこの日は、そのほんの第一
    歩に過ぎない。確かにそれは、父親である私の想像をもはるかに超えた歩幅の大きな一歩ではあったけれども、いつかその日は必ず来るのだ。

    妻が達をおなかに宿したと知ったときから、これから生まれてくる子供のため
    に、ありとあらゆる努力をしようと、私は、決意していた。鮭という魚は、産卵
    を済ませると死んでしまう。ヒマワリは、種子をつけると枯れてしまう。親とい
    うものも、そういう運命なのだと考えたのだ。
    もちろん、人間は子孫を残したらすぐに寿命を終える訳ではないが、子供を授
    かった瞬間から、その子供のために生きるのが生物としての道理だと思った。私
    の両親も、そのようにして私たち兄弟を育ててくれた

    楽しい思い出ばかりではない。幼稚園児のころの達は、喘息に悩まされていた。
    真夜中に急に咳が出始めると、しばらくは止まらない。苦しい咳に涙が混じり、うしてボクだけ咳が出るの?」と訴える遮。そんな達の悲しい言葉に、家内はただ涙を流し、私は、幸福だけを手にして生まれ育つ子などいない、ということを痛感した。そして 「この子のために」という思いを一層強く持ち、家族の絆は固くなって行くのを感じた

    「教育」とは、受け身であってはならないものではないか、
    ということだ。子供自身が、一生懸命に生きていたから、先生も応援してくれた
    のではないだろうかと、つくづく思う。
    先生とは、全生徒に平等であるべきで、えこひいきなどないのが建前である。
    ただ、前に向かって努力している子の背中は、そっと押してくれるのだろう。達
    にとって「良い先生」が、全員にとって「良い先生」だったかどうかわからない。
    確かなことは、達は先生に悩みを相談し、夢を語り、そして、自らの努力を理解
    してもらおうとしたことである。〆
    「良い先生」とは、巡り会うものではなく、生徒自身が「見出すもの」なのかも
    しれない。そういう生徒になるために、親がしてあげられることは、子供と向き
    合って話をしっかりと聞くこと。そして、それに興味を持つことである

    また、あるとき、いつもはゴルフショップの片隅やディスカウントストアで売られている安いロストボールばかりを達に使わせていたのだが、たまたま手に入
    ったニューボールを試合前に「使っていいよ」と渡すと、達は「お父さん、本当
    に使っていいの! お父さんは使わなくてもいいの?」と目を輝かせた。
    前述したように、ゴルフクラブも私のお下りを改造したものや、中古クラブを
    使い続けた。小学5年のときに初めて、ヨネックスのニュークラブを手にした達
    の喜びようは、大変なものであった。
    私は、そんな達の姿を見て、つくづく思った。レストランの食事も、新しいボ
    ールもクラブも、金持ちのジュニアにとって当たり前のことだろう。しかし、貧
    乏だからこそ、その歓びは大きくなるのではないか、と。そこからモノを大切に
    する心が芽生えるはずだ。

    お金がない、飛ばない、それは決してマイナス要素ではなく、だからこそ大き
    な歓びを味わうことができたのではないだろうか。

    誰もがゴルフを好きになって欲しい。男子プロトーナメントで優勝した今も、
    達は、それを自分の責務として取り組んでいるように私には見える。
    優勝スピーチで達が発した「世界一好かれるゴルファーになりたい」という言
    葉は、達にとって「みんなゴルフを好きになって欲しい」と同義なのだ

    は、かなえるためにあるのだろうか。かなえることが大切なのだろうか。も
    ちろん、それが理想ではある。しかし「夢」に価値があるとすれば、その価値と
    は、どんな夢でも、持ち続けることである。何かの事情によりその夢を断念する
    ことになっても、次の夢を求めて努力する。
    運よく夢を達成しても、その先にも夢があるだろう。どんな人にも夢がある。
    夢のない人など世の中にはいない。「何か夢を持ちたいと思っている」と言って
    る人も、その気持自体に夢が潜んでいるのだと思う。
    私に子育ての信条があるとすれば、
    一、大人は、とかく価値判断をするが、子供はあらゆる事に興味を示す。同じ
    目線に立ってあげた方がいい。
    二、夢は、かなえるものではなく、持ち続けるもの。夢のない人はいない。
    以上を信条として、子供と真剣に向き合って、自分自身も少しは成長したと考
    えている。人間の生活の回りには多くの夢が発見できる。「そんなものは……」
    とか「無理に決まっている」と大人が判断してはいけない。
    子供が気がつくまで待ってあげてほしい

    「バーディはゴルフの神様の贈り物」
    と教えてきた。あるホールでバーディを取れたとする。もう一度そのホールで
    バーディを取ってみろと言っても、毎回2オン可能な短いパー5ならともかく、
    それはそう簡単なことではない。しかし、あるホールでボギーにしてしまったと
    する。もう一度やってパーにしてみろと言われれば、それはそれほど難しいこと
    ではない。すなわち、
    「できないことを望むより、できることを確実に積み上げる」
    ということが、ゴルフが上手いということだと教えてきた。

    私も達もスコアを気にせず、バー
    ディ数だけにこだわるゴルフに取り組んだ。あえてアマチュアゴルフの鉄則を外
    れることにはなるが、それはプロレベルのゴルフへの脱皮へとつながる過程にな
    ったはずだ。このことは、私のファインプレーだと思っている。


    いときもあるし、ときには不運もある。それが現実であることをしっかり認
    識して、自分のできる最善を尽くす。人生と同じようだが、ゴルフには次の機会
    が何度でも用意されているのだから、嘆くことは不要。スコアを1打落としても
    自分だけがちょっと悔しい思いをするだけで済む。
    しかしルールを逸脱すれば、同伴競技者全員が気分を害し、そして離れてゆく。
    私は、達によく言ったものである。
    「落としたスコアは、練習で取り返すことができる。しかし、失った友達を取り
    返すのは難しい」

    遼! 大空高く舞ってみろ。そして、遠くに見える山脈の向こうまで、飛んで
    いってみろ。私たちの見たこともない世界、はるか彼方まで。日が暮れて空がま
    っ黒になろうと、それは夜明けが近いしるLである。吹き抜ける風の音さえ、お
    前を応援する声なのだ。
    「自分の翼を試してみたい」
    16歳の小鳥はゴルフのゆりかごから、今、巣立ってゆこうとしている

    本書で私が最も書きたかったことは、子供と真剣に向き合うということだが、
    子育てに悩む若い親御さんたちにとって、少しでも参考になれば、幸いである

  • なんで、あんなに笑顔で前向きで頑張り屋なのか

    家族の愛いっぱいに育てられているのかもしれませんね。

    もっと早く 読んでいればよかったかしら

  •  ゴルフをしない私が、なぜ、ゴルフの本を読んだのか。

     一つには、「ハニカミ王子」は既にゴルフの世界の話ではなく、ごくごく一般的な社会現象だからである。ゴルフを知らない人間でも、素直に応援したくなる空気をもった青年(少年)。どんな育て方をしたらあんないい子が育つのだろうかという、子育ての書としても手が伸びた。

     しかし、いくらにわかハニカミ王子ファンとしても、さすがに、通常ではこの本を買おうとは思わない。

     昨年末から、私は月刊誌文芸春秋を定期行動するようになった。毎回、隅から隅まで読むというわけではないが、手を伸ばせばすぐ届くところにあれば、パッと拾い読みする。

     そんな中、その二月号にハニカミパパ石川勝美氏の手記が掲載されていた。あの石川遼か・・とぱらぱらと読んでいると思わず引き込まれてしまった。

     天才ゴルフ少年育成手記ではなく、ごくごく普通の家庭の子育て記録である。もちろん、ゴルフというのは必ずしも普通とはいえないが、ご両親や家庭環境は、やはりどこにでもある普通の家庭である。そんな中で、温かい家庭での普通の子育ての優しさのようなものを感じた。

     手記の中で、現在、本を執筆している旨のことが書かれてあった。私はその本が上梓されたらぜひ読みたいと思っていた。本屋の店頭で並んでいるのを見ると迷わずに購入した。そして、本当に良かったと思っている。

     文芸春秋を定期購読して良かった。

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バーディは気持ち―遼くんが育ったゴルフのゆりかごはこんな本です

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