- Amazon.co.jp ・本 (442ページ)
- / ISBN・EAN: 9784773375336
作品紹介・あらすじ
サセックス州ノーランド・パークの旧家ダッシュウッド家。今は亡き当主の後妻と三人の娘たち。長女エリナは義姉の弟エドワードと好意を寄せ合うが、家の事情などからその想いを抑えようと努める。情熱的な次女マリアンは、劇的な出会いをした美青年ジョンと周囲の目も顧みない恋に落ちるが…。知性的なエリナ・感受性の強いマリアン、美しい姉妹それぞれの恋の苦悩と結婚の条件。
感想・レビュー・書評
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ちょっと下火にはなってきたけど新訳ブーム、まだ続いているようですな。カラ兄がヒットするやいなや「今 息をしている言葉で」をプロパガンダに現代訳古典が台頭しているわね。ダンテの神曲まで平台に置かれていたのはビックリしたわ。目が黒いうちに読みたいな。若年世代に人気の漫画家やイラストーレーターを表紙に採用することが売れ線に乗るポイントだそうな。
団塊世代のおじちゃま達は、「何を今更、わしらの世代はこんなものを読んでいないこと自体が恥かしかったものだ」と呆れてらっしゃるのでなかなか手が出せなかったアタクシ。
しかーし、丸善でふと目に止まったのがジェーン・オースティンの新訳「Sense and Sensibility」 今回、手にしたものの邦題が『知性と感性』
落ち着いた大人ピンクとビクトリアーン!なデザインがまた三十路少女の核に来ちゃうのよ。じっくり眺めて丁寧にお買い物カゴに入れたわ。
実は、オースティンは日本語では読んだことがないの。といってもペンギンブックスやロングマンの単語数を少なくしたバージョンだけど。それでもオースティン独特のシニカルな空気が感じられて十分に面白いの。
工藤政司訳の『知性と感性』、しばしの積ん読期間を経て開いてみると・・・はあ?これが新訳?むっちゃ、分かりにくい。気取りすぎ&婉曲すぎ!がスタートの印象。まあ1931年生まれの訳者にとっては精一杯のアタラシ言葉だったのでしょう。(ごめんなさい。光文社みたいに超現代訳を使っているなんてことは謳ってないと後から気づいたの。福田恆存ほど古典的空気でもないからあしからず)
でも10章を過ぎたあたりからやはりオースティンの世界を表現するに相応しい言葉だったと気づいたし巧妙なプロットに乗せられちゃって完全に惹きこまれたわ。
オースティンは、ガヴァネスではないけど一生独身を通し、下の身分に共感することもなく上流階級に媚びることもなく自分の世界で淡々としていた人らしいの。社交下手でパーティなどを避けていたそうだけど、オースティンほど深い見方ができると確かに誰ともお付き合いできないかも。。。
オースティンの恋愛小説は、最近のものにも通ずるし、深くてずっと面白い。いつの時代も3高狙い(死語?)、3角関係、やり逃げ(失礼!)はあるのね。そういえばファウストだってやり逃げみたいなもんよね。
にしても主人公のエリナって分別があって超知的、やや計算的でオースティン自身が彼女なんじゃないかしら?エリナは最終的に結婚できたけど、かなり優柔不断軟弱なエドワードと。まあ、エリナと体等な男性なんていないかもね。ある意味、世の中そんなもの〜って正負・陰陽・凹凸の法則を分かる賢さがあるからエリナは受け入れられるのかな。
駆引き術に関してもかなり勉強になったわ。まあ、実行できるかは別として。そして久しぶりに古き良き日本語を訳者工藤政司のおかげで堪能できたな。れっきとした文学にこんなこと言っちゃうのは失礼だけどボキャが豊かなこと!!最近、軽い読み物が多かったから余計、そう感ずるのかな。彼は、岩波の『エマ』も訳しているから今度、読んでみなくっちゃ。おきゃんなエマがどう表れるかしら?
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