深い川 (ラテンアメリカ文学選集 8)

  • 現代企画室
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  • Amazon.co.jp ・本 (413ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784773893106

作品紹介・あらすじ

アンデス山中で、白人に生まれながらインディオの間で育った少年の目に、先住民差別の現実はどう映ったか。待望久しいインディへニスモ文学の最高峰。

感想・レビュー・書評

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  • ペルーの作家が自伝的要素を含んで書いた少年思春期の物語。
    白人の著者はインディオに育てられて親しみを感じ、自然そのものに命を感じている。解説に書かれた著者の言葉では「この世のすべてのものは人間と同じように生きている。意思には魔力があり、虫たちとも結ばれている。草や花は折られると悲鳴を上げ、虫が舞うと喜ぶのだ」と語っている。
    そんな著者の分身とも言える主人公の少年が感じるこの世の様子は、優しく哀しく残酷で、しかし力強く、すべてが繋がっている。
    人間や昆虫などの生きもの、石や川などの無機物を同じように命のあるものと感じて、死ぬことも苦しむことも当たり前のことだと受け入れているなんともいえない切なさ優しさがとても素晴らしい物語だ。

    ==
    田舎弁護士の父親とともに旅暮らしをしていた白人少年エルネストは、インディオの使用人に育てられ、かつてのインカ帝国の言語だったケチュア語を話し、村のインディオたちに親しみを感じている。
    父とエルネストはは安住の地を求めて大農場主で親族にあたる爺いに会いにクスコに寄ったが、また旅立つことになった。もともと仲の悪い親族であり、エルネストにとっても多くの悲しい顔をしたインディオを働かせている爺いには嫌な印象しかもてなかった。
    エルネストは、インディオの気持ちを感じるように、自然のものに気持ちを感じる。インカ帝国の都だったクスコには当時の石壁が残っている。そしてエルネストは、石壁に近づくと石壁の生きた意思を感じるのだった。石壁は歩くことも飛ぶこともできる。クスコに住む人々が悪い人たちなら石壁が飲み込んでしまうこともできるだろう。

    のんびりとした旅はエルネストの心を育んでいた。
    歌やダンス、もういなくなった人たちが創った建築物の跡、昆虫、自然そのものの雄大な姿、多くの種類の鳥たちのそれぞれの航跡、それらは<旅人の胸の中でいつまでも刻まれている。消えたり一緒になってしまうことはない。P40>

    14歳の時にエルネストは、父と離れて田舎町のアバンカイにあるカトリック学校の寄宿舎に入ることになった。
    アバンカイと学校に君臨するリナーレス神父、教師であるブラザーたち、そして生徒たち。落ちぶれた牧場主の息子のアニューコ、体が大きく乱暴者のジェーラス、特別な駒を創るアンテーロ、体が大きく臆病なペルーカ、小柄でおとなしいパラシオス、力の強いロメーロ…。彼らはスポーツに喧嘩に競い合い、誇りを傷つけられたら決闘して、小屋に住み着く白痴娘を便所に連れ込み列をなして性的共有している。

    エルネストは、学校が休みの日にはアバンカイと他の土地を隔てるパチャチャカ川を見に行ったり、アバンカイに住むインディオたちの元を訪ねる。インディオに育てられたエルネストには、インディオの苦難に親しみ、彼らの話すケチュア語を話し、彼らの音楽に心を乗せて、自然に慕情を凝らし、ふとした身近に死を感じているのだ。

    アバンカイの住人や学校の生徒たちにとって「特別なもの」がある。たとえば特別な音を出す駒のスンバイユ、インディオたちのダンスでの会話、羽音をさせる虫たち。それらは魔力を持つ<ウィンク>や<ライカ>と呼ばれる。エルネストはそんな魔力を持つスンバイユを回して「山の向こうのお父さんに僕の言葉を運んで」と託すのだ。

    キリスト教とインディオたちの土着の風習の隔たりも見えてくる。
    ある時黒人のブラザー・ミゲルを生徒たちが侮辱する。すると生徒やそしてアバンカイの人々は「ブラザーを侮辱するだなんて地球が終わってしまうかもしれない」と心配する。問題の生徒たちに詫させることにより事件は終わったようだがそれでも「ブラザーが侮辱されるような学校に自分の息子を置いておけない」と退学させる親たちも出てくる。

    エルネストが会ったインディオたちは寂しそうで疲れていた。そんな虐げられているインディオの怒りは、塩を溜め込んでいる専売所への襲撃となった。貧しい者たちには塩は配られることも売られることもない。だが役人たちと大農場主たちが塩を専有していたのだ。暴動の主はインディオの女将たちで、なかでも酒場の女将のドニャ・フェリパが中心となっていた。ドニャ・フェリパは夫を三人持ち太っていて痘痕面だ。この見掛けこそが魔力を持つ<ウィンクな人間>になるのだ。
    暴動は政府軍により鎮圧され、ドニャ・フェリパもアバンカイを逃げ出すしかなかった。だが人々は「特別なドニャ・フェリパが軍隊に殺されたりするわけないだろう」と思っている。

    そしてアバンカイにチフスがやってくる。
    アバンカイの人々は次々に祈りを求めて学校の教会に押し寄せてくる。
    白痴娘を看取ったエルネストは自分も伝染したのだろう、それなら死ぬのだろうと神父に自分の隔離を願い出る。死を自分に近いものだと常々感じていたエルネストにとって、死ぬことは恐れることではなかった。
    学校校長のリナーレス神父は厳格で説教はうまいが高圧的で差別心も持ち心の底は無慈悲だった。エルネストは「神父はいくつもの心を持っているのだろうか?」と思うくらいだった。しかしエルネストを看病させて伝染していないことを確認し、学校の生徒を避難させ、エルネストにも学校を出るように言う。そして自分自身は神の祈りを求める人々のために学校に残るのだ(多分この後神父は信者たちが運んできたチフスに伝染して死ぬのだろう)。エルネストが学校にいる間には隔たりのあったリナーレス神父は、鋭くも澄み切った眼差しでエルネストに祈りを与える。
    <「この世がおまえにとって残酷でないように祈るよ、エルネスト。(…略…)この不公平な地上で、おまえの心が安らぎを得られるように祈ってるよ。おまえはこの世の闇の部分に敏感すぎるんだ」P386より抜粋>

    エルネストはパチェチェカ川を渡ってアバンカイを出る。この雄大なパチェチェカ川はこの本の題名の「深い川」であり、エルネストが心の支えとしていたのだ。ここにいるだけで力が湧く、自分の声を聞いてくれて、誰かに気持ちを伝えてくれる。
    そして「深い川」が隔てるのは、白人とインディオ、支配者と被支配者、神と俗などの正反対のものでもあったのだ。
    <そうだ、あの何者にも動じない澄み切った川のようにならねばならなかった。絶えず進んでいくあの流れのようでなければならなかった。そう、おまえのように、パチャチャカ川!きらめくたてがみの美しい馬よ。お前は一時も休まず歩み続ける。この地上の最も深い道を!P100>

  • クスコの石壁の描写[p10]が魅力的だったので手にとった。また、解説によれば、作者ホセ・マリア・アルゲダスは57歳のときにこめかみをピストルで撃ち、4日間苦しんで死んだ。そのことにも興味を持った。物語全体が、彼の幼少期の体験と深く結びついている。ペルー南部の都市アバンカイが舞台。

    アバンカイにたどり着くまでに主人公エルネストは、弁護士である父親と各地を転々とした。節々でみられるように、彼の繊細な感受性が豊かに育くまれたであろう。だが、それも狂う寸前の危うさがある。例えば、物語の終わりでチフスが流行って「白痴の少女はどうなっているだろう」と彼女のもとに行き、傍で祈る[p346]。暴動にまぎれたり、チフスが入ってきているかもしれない街を歩いたりする。友人には「うつ病」[p124]「センチメンタルなやつ」[p126]「人とあまり付き合わない」[p166]などと評価されている。しかし、当時のインディオや黒人などに対する偏見が強い中で、自分は「インディオに育てられた」[p382]というような認識を持っている。これは作者の体験に根ざすだろう。そして、そういった偏見に満ち、子供を信用しない(「白痴の少女と寝たのか」と校長に詰問される場面など[p358])大人たちへの違和感(「神父様も変わってるよ」[p187]など)が通底している。

    また、主人公の名前がわかるのは、父親と別れ、アバンカイの寄宿舎に入り「スンバイユ」をきっかけに周りにとけこみはじめ、友人からその名前を呼ばれるときである。彼が暴動に参加したり、チチャ酒場に出入りしたりすることでその描写ができるわけだが(「ぼくは」と一人称の記述で貫かれている)、完全にエルネストの目線に限定されないフットワークがある。書いている作者がこの少年と同じ年齢ではないから、その位置であり、作者自身も彼を観察しているのだろう。

    尚、同じペルー生まれの訳者の解説も素晴らしい。

  • スペイン人に征服されてからしばらく経った時代、インディヘナが白人に抑圧されていた時代のペルーを舞台にした作品だ。
    エルネストという、見た目は白人だが、インディヘナに育てられ、精神的には彼らに近い少年が、根無し草の父との放浪を経て、アバンカイの寄宿学校に入学し、さまざまな少年たちと交流を持ちながら成長していく様を描いている。
    詩的で繊細な、潔癖さを持った少年の眼を通して、当時のペルーの生活、インディヘナの哀しみが描かれている。
    土の匂いがするような、実感を伴う力強さと、美しい言葉の連なりが対極であるのに不思議なほど違和感なく絡み合って、綺麗だった。

  • ベナレスなどを舞台とした作品です。

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