無実 (上) (ゴマ文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784777150373

感想・レビュー・書評

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  •  グリシャムによる最初で最後のノンフィクションらしい。最後の、というのは、グリシャム自信がこれからはフィクションしか書かないとあとがきで書いているからだ。

     グリシャムがノンフィクションを書こうと思い立ったきっかけは、ある犯罪裁判のニュースに触れたことがきっかけである。何が作家をして膨大な調査作業に駆り立てたのかわからない。彼は、数時間のうちに主だった関係者に連絡を取り、その後、関係する場所に飛び、多くの事件関係者にインタビューを試みる。とにかく小説とは違った種類の労力を惜しげもなく駆使して、彼は一本のノンフィクション大作に仕上げた。そして、これがベストセラーになってゆくことに驚く。

     冤罪で死刑を宣告された1980年代オクラホマ州のある青年の物語だ。ヤンキースの元投手であったロンは、野球に挫折し、オクラホマに帰郷、その後、酒と薬に溺れ、身を持ち崩して精神を病んでゆく。粗暴で、奇行を繰り返し、地元でも知らない者はない問題児であった。その彼が、近隣の若い女性をレイプして殺害した容疑者として、一気に真犯人に仕立て上げられてゆく恐怖こそが、この小説のモチーフである。

    冤罪に至る経緯は、それ自体まるで世界へのスクープそのものだ。一方で、死刑制度を改めて照射してみせたこの本は、著者の『処刑室』(映画化されたときは「ザ・チェンバー」と原題のままだったか)を思い出させる。

     アメリカの死刑に関しては、印象的な本や映画がある。『無実』を読み進めているとうちにそれらの本の記憶がどんどん甦ってきて、ぼくの頭の中で、互いに関連性を帯びてくる。それほど、死刑、冤罪という二つの不条理は、深く考えさせられる人間的不条理なテーマとして心を悩ませるものがある。

     ノーマン・メイラーの『死刑執行人の歌』は世界で最も有名な死刑囚となったゲイリー・ギルモアの実録だが、それ以上に印象的だったのが、実弟マイケル・ギルモアが兄の障害を綴った『心臓を貫かれて』(村上春樹訳)である。犯罪に引き込まれてゆく一人の人間の破滅と、これを裁き処刑してゆく社会のシステムが、モルモン教の王国であるユタ州を背景にして陰影が濃い。『無実』のロンも、また幼い頃から教会で祈りを捧げゴスペルを唱和する敬虔なクリスチャンであったことを考えると、アメリカにとっての神と罪の問題は、とても重たい。

     死刑に関連する小説で、有名なところは、スティーヴン・キングのファンタジック・ノヴェル『グリーンマイル』だろう。ある意味古臭い電気椅子処刑の時代のものなので、よけいに処刑シーンが生々しく、神や天啓といったものを超えて、癒しといったところにまで人間の生を導いてゆこうとするキングらしい小説だ。

     処刑シーンそのものということで言えば、ぼくは、ショーン・ペンとスーザン・サランドンが記憶に焼きつくような素晴らしい演技を見せてくれたあの映画『デッドマン・ウォーキング』が、忘れられない。現代アメリカの処刑室のシーンはこれに近いものなのじゃないかと思う。静脈注射にシリンジのプランジャーを押し込んでゆくだけで、一分前に生きていた人間が、唐突に死んでしまうシーンは、生々しく、強烈で、『無実』を読んでいる間も、あのときの映像が、死んでゆくショーン・ペンの眼差しが、祈りを捧げるスーザン・サランドンのシスターの敬虔な表情が、幾度となく映像として甦ってくる。

     さらに遡ると、冤罪の小説としては、二十歳の頃に読んだバーナード・マラマッドの『修理屋』が、やはり忘れられない。スターリンがシベリアに送った流刑者を思わせる恐怖に満ちたものだった(ソ連や赤軍がまだまだ怖かった時代だった)。

     日本の小説としては加賀乙彦、生涯の傑作である『宣告』と、死刑囚監房勤務時代の記録を綴ったノンフィクション『死刑囚の記録』が忘れ得ぬ罪と罰のコントラストをぼくの心に刻んで残した。未だに人生のマイ・ベスト・ノベルは『宣告』であると、躊躇いなしに言えるほどである。 

     とにかくそうした多くの記憶が甦り、ふたたび人間の罪と罰という場所に連れ戻されるような気分になるのが、この『無実』という本であった。裁判員制度が、現在もニュースでかまびすしいが、ぼくの中では、人を裁くということ、また犯罪の真実というものは、一筋縄では行かない最も困難で理解を阻むものごとの一つなのである。

     だからこそ、この本は余計に重たい。読めば読むほどずしりとこたえてしまう。しかし、最後の最後のシーンまで、そしてグリシャムのあとがきも、白石朗氏の訳者による解説まで含めて、魂が震え出すほどに感動的な実話である。全米ベストセラーにとどまらず世界に流出し、何かを変える力を持ってゆく本であろう。

     かつて『ミッドナイト・エクスプレス』という映画がトルコとアメリカとの犯罪人身柄引渡条約の締結に一役を買ったように、この本もまだ刑務所に残るウォードとフォン手ノットの運命を救うきっかけになってくれればいいのだが。(関心のある方はこちら→http://www.wardandfontenot.com

  • ミステリー小説家と思いきや冤罪を扱ったノンフィクション。オクラホマのエイダで発生したデビーカーター殺害事件。その容疑者とされたロン・ウィリアムスとデニス・フリッツ。上巻では両社が逮捕されフリッツが有罪判決を受けるまでが描かれる。

  • 海外のノンフィクション作品にも挑戦してみました。これはまあ現実にあったこと、と考えるとほんともう世の中ってなんなの?と思う。お姉さんの「弟のため」が、甘すぎるんだけど、それでも信じ続けていることが素敵だなと思う。

    続きのレビューは後編で(笑)

  • なんといっても実話というのが恐ろしい。冗談だろ、というくらいあっさりと冤罪が誕生してしまう現実。

    個人的には、あまりノンフィクションを読まないからか、文の運びや構成等々、正直あまり好みではないのだが(同じようなことを何度も反芻しているような流れがすっきりしない感じ)、それでも現実の持つインパクトは相当で、様々なことを考えさせられる。

    いろいろな登場人物に怒りを感じ、一般人である陪審員が事実を見定められないことに歯痒さを感じる。
    最終的には、正義ある人々の御蔭で冤罪が晴らされた訳だが、それでも失った時間は取り戻せない。時間だけでなく、その一件がどれほどの傷を残したか、失ったものは人生そのものだとも思える。
    しかし、現実には冤罪が晴らされないまま極刑に処せられた人もいるのだろう。これらは正義を掲げる“社会”というシステムのブラックホールであるし、集団心理について考えざるを得ない。一人一人がいかに責任を持たずに行動しているかだ。環境問題やいじめ等々社会の悪しき側面は、往々にして集団になったときの一人あたりの責任感の薄れに拠るものが大きいように思う。

    この本で印象深いのは“冤罪を晴らした”という一連の事件だけでなく、才能豊かで魅力的だった男性の人生である。彼の人生の破綻は、そもそも彼の精神力の弱さがトリガーなのだろうか。
    ほんの些細なことかもしれない。ボタンが掛け違っていれば、彼は夢を叶えてスターになっていたのかもしれない。そういう人生のはかなさ、あやうさには何とも切ない思いである。

  • 殺人の本。。。
    積読なんですが、読まないかも。。。
    リアルで前置きが多い、気持ちがブラックになる感じ。。。
    集中力必要です。
    収監側に興味があって買ったが読み進める事が出来ませんでした。

    帰郷往復9時間で読みきれなかった・・・

  • ストーリー形式ではないので、読むのがしんどい。
    元祖足利事件である。

  • スリルが半端じゃあありません。

  • ノンフィクションなのに、ぐいぐい引き込まれてページをめくった。『コールドケース』のような事件、これが実話だなんて。悪徳警官に能無し検事、先入観ありまくりの陪審員、アメリカって怖い。ロンとデニスが可哀想。下巻を早く読まなくちゃ。

  • 1982年、オクラホマの小さな町で21歳のウェイトレスが何者かに強姦され殺された。
    警察の捜査は行き詰ったかに見えたが、事件から5年後、地元に住む元野球選手とその友人が唐突に逮捕された。物的証拠は皆無、全米を震撼させた冤罪事件のはじまりだった……。
    リーガル・サスペンスの巨匠が挑んだ初のノンフィクション作品。

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著者プロフィール

ジョン・グリシャム
一九五五年アーカンソー州生まれ。野球選手になることを夢見て育つ。ロースクール卒業後、八一年から十年にわたり刑事事件と人身傷害訴訟を専門に弁護士として活躍し、その間にミシシッピ州下院議員も務めた。八九年『評決のとき』を出版。以後、『法律事務所』『ペリカン文書』『依頼人』『危険な弁護士』など話題作を執筆。その作品は四十ヶ国語で翻訳出版されている。

「2022年 『「グレート・ギャツビー」を追え』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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