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この作品からのみんなの引用
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専門的な技能や知識と「食う・食えない」分岐線の間には直接の関係はない。どれほど専門的に高い技能や深い知識があっても、それに対して対価を支払う市場がなければ、「どれでは食えない」。
― 137ページ -
日本の戦後マンガのヒーローものの説話的話型は「生来ひよわな少年」がもののはずみで「恐るべき破壊力をもったモビルスーツ状のメカ」の「操縦」を委ねられ、「無垢な魂をもった少年」だけが操作できるこの破壊装置の「善用」によって、とりあえず極東の一部の地域限定的な平和をもたらしている、というものである。(中略)この恐るべき破壊力をもったモビルスーツ状のメカ」は日米安保条約によって駐留する在日米軍であり、それを文民統制している「無垢な少年」こそ平和国家日本のセルフイメージにほかならない。
― 161ページ -
脚下照顧。足元を見よ。
― 142ページ
みんなの感想・レビュー・書評
(以下引用) あまりいう人がいないので代わって申し上げるが、専門的な技能や知識と「食う・食えない」分岐線の間には直接の関係はない。どれほど専門的に高い技能や深い知識があっても、それに対して対価を支払う市場がなければ、「どれでは食えない」。(P.137) 「スーパーマン」も「バットマン」も、高い理想を掲げ、日々コツコツと世界の平和に寄与しているのだが、周囲の人間たちはその努力を知らず、彼に少... 続きを読む »
マンガは大好きだがこの手のマンガ論というのは初めて読む。
論というよりは断片的。
井上雄彦論、宮崎駿論がよかった。
特に「親族の基本構造」(レヴィ=ストロース)、「矛盾」(古諺、韓非)の成長するためにはそれぞれ違うことをいうロールモデルが2つ必要というのは実感を伴って納得した。
(バガボンドのにょろにょろじじい2人 )
マンガを入り口に色々な考えを知ることが出来て、勉強になりやす
内田樹のブログエッセイ本。マンガの効用についての考察。井上雄彦、マンガの中の日本語、少女マンガ、オタク、宮崎駿など。脳科学の観点でマンガの効用を説く養老孟司との対談集を含む。マンガを読むにもリテラシーが必要で、特に少女マンガの世界は無意識を記号化したものが見られ、独特の読み方が必要になる。意識したものだけが記号化される少年マンガとの違いはそこにあるらしく、マンガは好きでも、少女マンガは苦手な人も多... 続きを読む »
内田センセイの著作を読む喜びの1つには、難しくて出会えそうにもなかった知性の世界を垣間見ることができる点がある。しかしながら、今回はマンガの話。いつもよりも気持ちが数段ほど前のめりになって、センセイのお話を伺っているだけじゃなく、私も一緒にしゃべりだしたい気持ちに駆られた。だって、自分の知ってるマンガいっぱい出てくるんだもん。
内田センセイは少女マンガも読まれる「少女マンガリテラシー」を持ってはる。論考に登場する作品タイトルをざっと挙げただけでも、「日出処の天子」「風と木の詩」「パタリロ」「ガラスの仮面」「エースをねらえ!」「動物のお医者さん」などなど・・・。椅子から腰が浮いてしまう。
http://big-river.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-7849.html
ブログに発表した文章の内、漫画に関する記事をまとめた本、らしい。 漫画はすっかり読まなくなったが (まわす時間と金がない。何から手をつけたらいいかもう分からない) 漫画に関する本は読む。 漫画論、といいつつ漫画を手掛かりにした社会論。 子供が成長するには、 同じことを別の言葉で言う複数のロールモデルが必要である、というのに唸る。 一つの言葉だけでは、洗脳になってしまう。 同じ方向を... 続きを読む »
内田先生が「男はどうあるべきか」をすべてここから学んだと言う少女漫画『エースをねらえ!』は私も大好きな作品だ。 なるほど、男の人はこの漫画をそう読むのね、と思う。まあ、内田先生の場合、少女漫画を読むときは心が少女になっているようだから、一般的な男性の読み方だとは思わない方が良いのかもしれないけれど。 しかし、少女漫画リテラシーってのがあったんだと知り納得する。確かに、男の人で少女漫画読めないっ... 続きを読む »
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http://yamato.lib.nara-wu.ac.jp/webopac/ctlsrh.do?bibid=BB00158715&maxcnt=1000&listcnt=50
新幹線で読んでました。ほとんど前にブログで読んだことでしたけど、まあ確認作業。突っ込みどころも多いですけど。
読後、無性に漫画が読みたくなりました。
確かに、漫画のことが話題にはなっていますけれども、そこから触発された数々の知見に触れられることこそ、この著作の持つ大いなる価値と信じます。
ビジネスの観点から日本のアニメ、マンガがいいコンテンツであるということから、一歩踏み込んで文化人の方達からマンガというものを論じられ、お墨付きを与えられるってことはいい時代になったのだと思う。文学的に優秀な作品以外にも、絵画的な芸術性をもつものも出てきた。今後の漫画界の発展を望み、より良い作品がまた読めればと思う。
マンガがここまで浸透している理由は日本語のおかげ、
という部分にいたく感銘を受けた。
ありがとう日本語。
ありがとう内田樹先生。
漫画は今やサブであって、サブでない。漫画は書籍とは違い気軽に読めるという利点や、言葉を知らなくても絵を見るだけで楽しめる面白さがそこにはある。内田樹というと、幅広い教養があるということは知ってはいたが、漫画が好きだということや、あまり本を読まないということは知らなかったし、それがまた驚きでもあった。本自体はタッチも軽く読みやすいし、テーマもとっつきやすいものになっていたように思う。(お薦めは、「ノン・コレクター。」)非実在有害図書についての記載も一部にあり、それがいかに非論理的な議論であり、漫画の可能性を押しとどめようとするものなのかと思えてならない。大事なことは、生まれてくる芽を潰そうとすることではなく、それの何が問題なのかを真剣に議論し、またひとりひとりの親が子供のことに目を向け、自分の力で育てようとする意思なのである。
著者の読み物の中でもかなり読みやすい。
独特のマンガ観が興味深い。確かに少女漫画を読み解くためのリテラシーは存在すると思います。
これはおもろい!!!内田さんっておもしろいひとなんだ!!なんでこんなおもしろいこといっちゃうの~!???というような感じで真面目なような、わらける部分もありなマンガ論。(なんとかまとめた)
ブログの集約なので1つ1つの語りが物足りない気もしますが、一気読みできる本です。漢字とかなを使う日本語の文章を読む能力が、絵と文字両方認識するマンガ読みにいかされており、日本の漫画が高度な完成度の作品を生み出す土壌になっているとか。一番オモシロいロジックは「反米ナショナリズムとしての少年愛マンガ」。全共闘運動を反米ナショナリズムとし、その終焉を迎える70年代はじめに、少年愛マンガが登場しそれを継承する。少年愛マンガはアメリカを描かない。耽美と退廃のヨーロッパを描く。一方で70年代、80年代日本の若者が親米的になっていくにもかかわらず、アメリカの男性文化を排除していった少女マンガ家が存在したことの話の持っていき方はオモシロかったです。この辺りの時代にノルウェイの森の舞台も設定されていますね。2011年2冊目の本。
「マンガ」について、よくもこれだけ小難しいことが書けるなあと思いました。
まあ、それを楽しんで読んでるわけでけどね。
内田さんの他の著作でも主張してることを「マンガ」に絡めて書いている。
そういう意味ではとっつきやすいのかもしれないですね。
養老さんとの対談の「赤塚不二夫先生についての話」が印象的でした。
「やりたきゃ、何をやったっていいんだよ」っていうメッセージ。
これでいいのだ。
教授もやはり「マンガは手塚治虫」なんだ。少年マンガと少女マンガは違うものであり「実は少女だった(!)」自分は両方読めるとおっしゃっているけれど、ツボがちょっと違うかなあと思った(当たり前か)。 私は少年マンガが読めない。教授が絶賛する井上雄彦もうまいなあとは思うけど、読もうとはあまり思わない。なんか違う世界なんだよね。よしながふみさんが対談で言ってて本当にそうだと思ったのだが、少年マンガは「... 続きを読む »

日本語の表意文字・表音文字という二重体制が日本を漫画先進国たらしめる環境を作ったという話や、少女漫画リテラシー形成過程の話題が面白い。それから、アメリカやフランスにおける識字率の話。今まで行政システム...





