哲学の自然 (atプラス叢書03)

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  • 太田出版 (2013年3月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784778313456

哲学の自然 (atプラス叢書03)の感想・レビュー・書評

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  • 【ネタばれ注意】
    正直、理解可能と不能のギリギリのライン(どちらかというと、不能寄り)の本でした。経験に基づいた知識と心の感度をさらに高めて、もう一度本気で挑戦したいと思いました。

    なるべく端的に要約しようとすると、「世の中に存在する全てのものには自然の持つ「環構造」が本来存在し、現在の諸問題はこの環構造の断絶によって片方の概念が膨張することによって起きている。よって、諸問題に対して新しい法則を適応し、断絶した環構造を元々とは違う形で復活させる必要がある」、というものだと思います。(分かりにくい…)

    本書では多くのことが語られているのですが、そのなかから僕が感銘を受け、抽出した3つの内容を記述したいと思います。

    ■全てのものは環構造

    この内容が、一番腑に落ちたかもしれません。

    現在の新自由主義的なグローバル化を本書では「市場(いちば)と市場(マーケット)の環が断絶し、市場(マーケット)が膨張している現象」と記述しています。また中沢さんは「全てのものは環構造で成立している」と述べています。たとえば、生と死に関して。生と死は断絶しているものではなく、生があるから死があり、死があるから生があります。それは生→死→生という単なる矢印で表すことのできる論理構造ではなく、複雑に絡み合いながらループする構造というように表現されています。ただのタンパク質の列がねじれてDNAのような構造になることで、そこに生命が生まれるように。それはエッシャーのだまし絵のような、二階に上がったと思ったら一階と繋がっているような構造だともいいます。

    本書では中沢さんの『アースダイバー』的に言う「論理では説明できない領域の重要性」を本書の端々から感じることができます。「現在、多くの現象は「論理」で進んでいるけども、人間はそもそも「論理で説明できない領域」を持つ生き物であり、その領域を無視しながら文明が発達したことにより、文明にひずみが生じ始めている」というのが『アースダイバー』の主張でした。この「論理で説明できない領域」と「論理で説明できる領域」の2つを違う単語に置き換えながら、本書の議論が進んでいるように、読み終わった後は思いました。

    たとえば上に記述した「贈与と交換」や「生と死」、「イオニア的哲学とピタゴラス的数学」、「幾何学と代数」、「理論と非計算性」。本書には出てきませんが、これのさらに分かりやすい言葉の例を出せば、「理屈と感情」等があると思います。理屈は論理であり、頭で理解することはできますが、それだけでは心は動かない。しかし、別に論理が要らないというわけではない。理屈と感情が密接に結び合って、「言葉」が紡ぎだされるのだと思います。なので、「環構造」なのだと、僕は理解しました。

    上記の「いちばとマーケット」を、「贈与と交換」という言葉で置き換えると、僕にとっては理解しやすかったです。誰かが誰かからものを買うとき、それはお金とものの「交換」ではあるんだけど、そこには必ず贈与性があります。レジの人の表情であったり、おつりをもらうときの手の温かさであったり。フリーマーケット等ではその現象がさらに顕著だと思います。しかし、物事が電子化されると、贈与性がどんどん排除され、「交換」の原理しか働かなくなり、これが資本主義の暴走に繋がっている、と本書では分析しているのだと、思いました。またこれに同意しました。

    自身の体験を振り返ったときに、たとえばサークル活動をしているとき、最初は「自分のため」に頑張っていたことが結果的に「みんなのため」になっているような感覚を覚えることが多々ありました。またその逆もしかりです。これもきっと、中沢さんのいう環構造なのだな、と勝手に納得しました。そしてその環構造は、分かりやすい円構造ではなく、メビウスの輪のような神秘性を帯びた、内側を通っていると思ってたら外側に出てしまった、的な構造をしているのだと、思いました。

    ■祝島モジュール

    鎌仲ひとみさんの『ミツバチの羽音と地球の回転』で取り上げられた山口県祝島に関する考察と、それを発展させたネットワークンの考え方にも、とても共感を覚えました。

    山口県祝島では原発を島に作りたい中部電力と、それに反対する住民の対立構造が存在します。上記の映画では住民の有志と、中部電力とそのバックにある政治の卑劣な手口について描かれていました。震災前に撮られた映画だったのですが、震災により、さらに世間の注目を集めました。

    この祝島に関して本書では「必要なときに開き、不必要なときには閉まる構造」がそこにはある、と述べています。というのも、祝島には本土との橋がなく、一日数便しかない連絡船を使わなければ本土から島に行くことはできません。これに対比して、島と本土を繋いだ島に関して言及し、片や祝島は原発が作られていないが、本土と繋いだ島には原発が作られてしまったことを述べています。つまり常時繋がっている状態だと、弱い方が強い方に従属してしまい、自立できなくなる、といいます。

    たとえばインターネット等も、その典型だと、専門分野ながら思いました。常時繋がっていることによって、それに依存してしまう。本当はただの「手段」なはずなのに、精神が自立していないとそれに依存してしまう。

    本書ではこの「開いて閉じる構造」を「祝島モジュール」と呼んでいました。

    このような形の、所謂「グローバル化」が本当は望ましいのではないか、と読みながら思いました。さらにこの考え方は経営にも応用できるし、実践していけると思いました。

    また本レビューとは関係ないのですが、この祝島モジュールと僕自身の研究分野の考え方がとても被っていて、何か無意識のなかになる事象と事象が繋がって面ができたような感覚を覚えました。

    ■自然史過程に逆行しない原発の在り方の模索

    最後に印象に残った内容なのですが、本書では以下のように書かれていました。

    「自然史過程の運動の中から原子力発電技術を乗り越える」

    この文章に衝撃を受けました。これを分かりやすい言葉でいうと、「ただ単に過去の自然豊かな生活に戻ろう!という自然史過程(歴史の流れ)に逆行するような反原発の主張ではなく、これまでの歴史過程の流れに乗りながら(技術の発展や自然エネルギーの活用)、原子力発電技術を乗り越えることが必要である」という意味だと思います。この乗り越える手段を「技術の発展」や「自然エネルギーの活用」と表現を置き換えてしまうと急に陳腐な文章に見えてしまうのですが…。かなり高度な次元で、このことについて議論しているように感じました。

    他にも興味深い内容がとても多かったのですが、今の自分の掌では汲み取ることのできませんでした(上の3つも、汲み取れてるか微妙ですが…)。また必ず挑戦したいなと思います。自分の生活を違う視点で見つめなおすヒントを、視野の外からポンっと投げ入れてくれるような、おすすめの一冊です^^

  • 80年代思想ブームの火付け役の一人である中沢さんと
    気鋭の若手哲学者である國分さんとの対談本。
    とてもおもしろく一気に読み終えることができました。

  • 引用
    ・贈与は必ず債権感覚、債務感覚を生み出してしまう。人間は、贈与によって負わされる負債感からどうしても逃れたい。
    ・里山は調和というより、非敵対的矛盾。動物と人間が求めている物は、お互いに矛盾するご敵対しない。何でも調和させてしまうやり方は、お互いが持っている矛盾を対話しながら練り上げていくのとは違って、闘ったり議論したりするのは嫌だからとりあえず避けて(調和させて)しまうというだけで、決して前には進みません。むしろ抑圧になってしまいます。
    ・日本の社会運動が抱えてきた問題は、非敵対的矛盾というものを、分かろうとせずに、ことさらそれを敵対関係にしてしまう伝統にあります。自分と違うものをすぐに敵として考えてしまう。敵ではなく矛盾しているだけて、矛盾したものとど調停していくか、弁証法化していくかが民主主義の一番のエッセンスです。
    ・矛盾しているものと付き合いながら、それを利用していく、そういう発想が大切じゃないか。
    ・遠い視点をもたないと、万事は弁証法で動いているにもかかわらず、その時々の敵対的な二項対立にすぐとらわれてしまいます。でもそんな二項対立なんて必ず反転してしまうものです。

  • 原発問題や市民運動などを自然科学の分野から考察しているところは好感が持てた。また具体的な哲学的アプローチも含まれており、実践的な内容も良かったと思う。これが本当に糧になることを祈りたい。

  • ようやく、自分のサイズに合ったポスト3.11の日本、原発問題の話題展開をしている本に出会った。

  • 国分功一郎氏のヴィジュアルにほれてしまい。。。
    写真も素敵です。

    中沢新一氏は以前、内田樹氏と対談本を出していて、好感が持てたのもあり。いや実際生物学から宗教、哲学ってオールラウンダーはなかなかいない存在なんじゃないでしょうか。

    対談形式なので、とても難しい内容の割には、スラスラ読めました。

    でもあんまり頭に残らず。。。

    「哲学者になるには、たくさん本を読まなきゃ行けないし、語学も勉強しなきゃいけないんだなあ」ということはわかった。

    中で、自然との「非敵対矛盾」という言葉が心に取っ掛かりました。

    動物が求めているものと人間が求めているものは、お互いに矛盾する。しかし、必ずしも敵対はしない。里山などでの人間の技術と自然との間に生ずるバランスは、「自然との調和」ではなく「非敵対矛盾」である。

    というような意味です。

    そして、「太陽からの贈与」という話が、興味深かったです。

    「核エネルギーの利用とは、人間が住むことのできる生態圏には存在し得ない太陽圏のエネルギーを無理矢理そこに持ち込むことだ。」
    化石燃料や自然エネルギーは「太陽からの贈与」であり、そことの違いを打ち出していることが興味深かったです。

  • 知人に貸してもらった本

    かなり難解で、わからなかった部分ばかりですが、

    資本主義における贈与と交換の概念
    祝島と反原発
    小平の都道計画などは

    現実に即した内容だと感じました。

  • やはりイオニアについて考えなきゃダメなんだと改めて思った。

  • 最終章の小平市の道路計画の話が実践の場として語られたので、理解の助けになりました。吉本隆明さんいう自然史的過程、抗おうとしても、長い目で見ると自然史的過程の中に回収されて、後戻りすることができないという考え方に対し、逆行ではなく、新たな原子力発電技術を乗り越える道を探さなくてはならない…そのことの答えをすぐ知りたくなりますが、また次の本を読んでいくしかなさそうです。

  • 読む前から予想はしていたけど、むずかしい。
    通読してみてもあまり理解できなかったが故の、星二つ。
    このお二人の考えていることは気にはなるけど、なにかつかめるまでには時間かかるんやろうな。

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3・11以降の新しい「自然哲学」は、哲学の自然を取り戻す試みであり、動植物の利害も含めた民主主義(まさに「どんぐりと民主主義」!)を目指す運動である。

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