借りの哲学 (atプラス叢書06)

  • 106人登録
  • 4.19評価
    • (9)
    • (7)
    • (5)
    • (0)
    • (0)
  • 10レビュー
制作 : 國分功一郎(解説)  高野優  小林重裕 
  • 太田出版 (2014年2月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784778313937

借りの哲学 (atプラス叢書06)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 話としては面白い。だが細かい部分がよく分からない。
    ・家族のところがよく分からなかった。
    ・「借りを拒否する人々」が批判されているようだったが、その内実があまり明確でなかった。
    借りを否認する者としての自律信奉者と、借りから逃走する者としての機会主義者が批判されていたように思われる。前者に関して、批判のポイントはわかりやすい。完全な自律というのはありえず、誰にも借りを負わないということは不可能であるし、目指すべき理想としても不適切である、だから、借りなしに完全に自律していると信じることやそれを理想と見なすことは誤りである、と。
    しかし、後者に関してはよく分からない。借りから逃走しても、孤立的な生を歩んでしまってよくないとか、社会のネットワークにタダ乗りすることは自らを部品化してしまうことになるとか、いつかは最大の借りを返さなければいけなくなるという点が書かれていたが、別に良いのではないか。さまざまな部品に生成変化しながら生きて何が悪いのか。いつかは返さなければいけなくなるのが良くないのだとすれば、逃げおおせるならそれで良いのか?
    この批判の不明確さは、結論部と合わせるとさらに際立つ。借りや負債によって奴隷化してしまうような人間関係や、借りを否認する人間と対照して、「借りを返さなくてよい」というあり方を主張する。それは、他人の借りについての態度としてはお互いに借りを取り立てないようにする、自分の借りについてはそれからの逃亡の可能性(ある借りをそのまま相手に返せなくても、別の形でどこかに返す)を考えられるようにする、個人の態度とそれを保証する制度の導入を主張するということである。
    だが、機会主義者であることを全面的に保証することではないのか? 現代の機会主義者と、著者の理想とする「返さなくてよい借り」論者は、借りを元のところにちゃんと返さないということでは同じである。どこかに返すという意識の有無が、重要な差なのだろうか。うーむ。

  • 大人の道徳の教科書という印象。作者がフランスの方なので仕方ないのではあるが、西洋のキリスト教的価値観から語られている部分が多いため、あまり馴染めなかった箇所も少なくない。また、一定数存在するであろうフリーライダー(本書でおけるところの「機会主義者」が適当だろう)に関しては、その悲劇性を語るだけであり、対策については語られなかったのは物足りなさを感じざるをおえない。
    ただ、本書全般に関しては十分に面白いと思える内容だったので満足はしている。

  • TSUTAYA湘南にあり。

    こんどゆっくりと読みたいー

  • 資本主義は一旦は人間を「借り」から解放した。「借り」の負の面をコントロールしながら、「借り」が人のつながりをつくる世の中を実現できないだろうか?を考える本。借りの負の面に言及しているものの、「マイナスの借り」にも考察が必要ではないだろうか?それは本書では「罪」と「赦し」として語られているが、「加害者が被害者に借りがある状態」と「マイナスの借り」は別の問題として存在するように思う。

  • この本は、千夜千冊で「ここ数年で一番ボクをさわやかにさせてくれた本」と紹介されていた。そりゃ、読むしかないじゃないか!
    http://1000ya.isis.ne.jp/1542.html

    著者のナタリー・アルトゥ=ラジュは哲学専攻で、フランスの雑誌副編集長らしい。千夜千冊から引用させてもらうと、「人間はつねに他者からの借りで生きている」「どんな時代の者も先行する世代からの借りの中にいる」「借りのない生などありえない」ということだ。

    もともと、この手の議論は「贈与」という視点になる。「贈与」は「返礼」を求めるのか、求めないのか。ボクの感覚でいえば、恩義は感じるかもしれないが、「返礼」をするときも、しないときも、それはあるとなる。この「恩義」をここでは「借り」というらしい。

    「贈与」は「借り」とセットであり、「返礼」をもとめなくとも「借り」と一緒に贈られる。もしくは、受け取られると著者は言っているようだ。その「借り」は、ときに本人に返す場合もあるが、本人に返さずとも、別の人や、世代に返すことにも繋がる。始点を変えれば社会的責任を果たす、後世に伝えるということにもつながっていくと思う。

    ボクは本書の最後の部分も印象的だった。引用しておく。
    -------------------------------------------------------
    人は新しい自分の可能性を追求するために、ほかの人との関係を弱めたり、ちがうものに変えたり、あるいは「関係」そのものを断ち切ったりしなければならないのだ。それによって、人はあらかじめ決められた人生から自由になり、自分だけ未知の人生を切り開いていくことができる。私たちはそうやって新しい自分を目指し、これまでとはちがった存在になるのである。「《借り》をもとにした社会」をつくることは、そのためにこそ必要なのである。
    (引用終わり)
    ----------------------------------------------------------

  • 千夜千冊で紹介されていたので興味を持ち読んだ。

  • 主張している内容も丁寧で分かりやすく、哲学に免疫のない私でもサラサラと読めました。確かに具体性に欠ける部分もあるかもしれませんが、ポスト資本主義を考える上で、重要なヒントとなる希望に満ちた内容であると思います。
    エッセンスだけでも知りたい人は千夜千冊でも○
    http://1000ya.isis.ne.jp/1542.html

  • 「《借り》を拒否する人々」って、貸し借りの中でも、《借り》が出来ない人?それとも借り倒す人のコトかな

    太田出版のPR
    http://www.ohtabooks.com/publish/2014/02/27173801.html
    松岡正剛の千夜千冊 | 1542夜『借りの哲学』ナタリー・サルトゥー=ラジュ
    http://1000ya.isis.ne.jp/1542.html

  • 人は自らの力だけで生きているのではない、生まれたときから大きな「借り」を持って生きている。
    そのことを自覚しようという教え。

    金儲けという形でエゴ丸出しの資本主義への警鐘的な一冊。

    等価交換では貸し借りが発生しない、借りを解放するための取引であってそれは社会的には関係が断絶してしまう原因だ、というあたりの部分が一番印象的で共感もした。

全10件中 1 - 10件を表示

借りの哲学 (atプラス叢書06)に関連するまとめ

借りの哲学 (atプラス叢書06)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

借りの哲学 (atプラス叢書06)の作品紹介

私たちの持っているもので人から借りていないものがあるだろうか?「借り」を軸に『聖書』『ヴェニスの商人』『贈与論』などのテクストを読みなおし、「借り」の積極的価値を考察する。資本主義再考の基本文献、待望の翻訳。

ツイートする