ひたすら歩いた沖縄みちばた紀行

  • 彩流社
3.60
  • (1)
  • (4)
  • (5)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 44
感想 : 3
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784779114595

作品紹介・あらすじ

「車を降りて、歩こう」――
大通りの裏側で遭遇した、まだ見ぬ沖縄、
突拍子もないできごと。
みせかけのトロピカルではない、
ふつーのウチナーンチュにこそ
想定外のおもしろさ、知恵、発想、
思いやり、光と陰がある


■■プロローグより
――那覇港、そして西町から
「ファースト回れ回れ回れーっ!」
 夏のような日差しが注ぐ、9月の終わり。午後4時。倉庫の角を曲がると、野球少年の雄叫びが耳に飛び込んできた。那覇港近くの西町で、復帰前後からある安宿を訪ねる。1泊1000円台。案内された部屋は半地下の一角にあり、四畳半にパイプベッドが2つ。窓を開けると目の高さに地面が広がり、野球少年たちの足が右から左へ駆けていくのがよく見える。
 扇風機のスイッチを入れ、ベッドに腰掛けて一息。……プッ。扇風機が音もなく止まる。思わず廊下に出ると、ほかの部屋の住人たちも何事かと姿を現す。正面の部屋の住人はドレッドヘアの黒人。「こんにちは」と言うと「コニチハ」と片言で挨拶が返ってきた。笑顔はない。
「何か大きな電気のスイッチ、入れました?」
 主人がキョトンとした顔で聞く。原因は僕の扇風機? そんな馬鹿な。ほどなく電気は戻り、住人たちはそれぞれの部屋に引っ込み、野球少年の声だけがいつまでも聞こえていた。
 沖縄のすべての有人島をめぐり、ゲストハウスと安宿を泊まり歩き、自転車で沖縄本島、宮古、石垣を一周する旅を終えて――気がつくと2年半が過ぎていた。その後僕の沖縄旅は雑誌取材がメインになった。編集者がすべてをセッティングしてくれて、カメラマンも別にいて、僕は身ひとつで行けばいい。泊まりはシティホテル、移動はタクシー。下にも置かぬ大名取材が、いつしか僕の中で「当たり前」になりつつあった。 
 流れる車窓の向こうで、沖縄が凄まじい速さで変わっていくのも感じていた。国際通りで歩行者天国が始まり、新しい道が次々と通り、見上げるようなホテルが続々と立った。アジアンテイストの居酒屋やカフェがたくさんできた、と思ったらすぐ閉じて残骸だけをさらしている……。
 そんな中で、僕の沖縄上陸回数は100回を超えた。その回数分だけ沖縄旅を始めたころの、見るものすべてにワクワクした気持ちが薄れたようにも感じていた。ここ2、3年の沖縄の開発ぶりも、感動の薄れに拍車をかけているのかもしれない。
「久々に車を降りて、歩きたい」
 どのきっかけでそう感じたか、はっきりと覚えてはいない。どこか大通りを通過中、隙間に延びる路地の突き当たりに商店か何かが見えて、行ってみたいとふと思ったのだろう。
 まだ見ぬ沖縄がまだ、大通りの裏側にある。沖縄について訳知り顔に文章を書く前に、路地裏をもっと歩くのが礼儀だとも思っていた。そこには開発のうねりが届かない、昔ながらの沖縄があるかもしれない。あってほしい。沖縄と初めて出会った頃のワクワク感を、もう一度感じたい。
 初対面の旅人に向けられる人懐こい笑顔に、突拍子もない出来事に遭遇して、度肝を抜かれる瞬間に――そんな素顔の沖縄に出遭いたい。だから歩こう、自分の足で。道端に残る沖縄本来の風景を探す、自分の旅の振り出しに戻ってみよう。僕はなんとなく、そう思い始めていた。
 那覇港近くで安宿に泊まることから、この旅を始めようと決めた。数十年前まで沖縄の旅の出発点は那覇港であり、辺りはかつて「那覇四町」と呼ばれ那覇の中心部としてにぎわった(四町は西町、東町、泉崎、若狭)。今でこそ港の前は殺風景で人影も少ないが、沖縄のすべての旅はここから始まったはずだ。それを体感したくて西町に宿を取ったのだが……。
 壁にゲンコツ大の穴が開いているのは、どうしてだろう。サイズといい、その向こうに広がる暗がりといい、ここを通るモノといえば……ネズミ?
 旅の原点に戻りに来たのだ。ネズミが出たら本望じゃないか。そう自分に言い聞かせつつ、恐怖で全身が固まり、しばらく穴から目が離せない。夜中、寝ている間に鼻をかじられたら……? 考えまいとしても、悪夢のような想像が次々と頭をよぎる。
 カキーン。窓の外で金属バットの音が響き、我に返った。青空の隅々まで響き渡る「夏の音」。ネズミの穴(出たわけじゃないが)、昭和のまま時間が止まった宿。
 日が暮れる前に少し歩いてみようか。扇風機を止め重い腰を上げ、沖縄の徒歩旅はなんとなく始まった。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 目次

    プロローグ-那覇港、そして西町から
    第一章 那覇を歩く
    かつての王都・首里を歩く
    国際通りを改めて歩く、そして裏道へ
    生活感が充満する「観光地ではない」那覇・開南
    ステーキとソープの街・辻の昼と夜
    第二章 本島中部
    観覧車のほうじゃない、山側の北谷を歩く
    基地の街・嘉手納の、基地じゃない場所を歩く
    基地移転に揺れる街の「いま」を歩く1 普天間
    夜の牙を失った、かつてのAサイン街 コザ彷徨
    第三章 本島北部
    名護十字路..沖縄の過去と未来の交差点
    架橋で変貌した伝説の島・古宇利島
    長寿とブナガヤの里・大宜味村を縦走
    沖縄本島最北の商店街 辺土名ぶらぶら歩き
    人気上昇中の伊江島で「島らしさ」を考える
    基地移転に揺れる街の「いま」を歩く2 辺野古
    タコライス発祥の街 金武ひとり?歩き
    戦後沖縄の復興はここから始まった・石川
    第四章 本島南部
    「会えばみな兄弟」が止まらない街・糸満!
    南部戦跡を1日歩く
    糸満からちょいと寄り道 喜屋武を2時間散歩
    考古学を揺るがした大発見の小さな街へ・具志頭
    第五章 宮古諸島
    深夜0時で明かりが消える!? 宮古島・平良市街彷徨
    沖縄最長の橋が架かる、その前に……伊良部島
    第六章 八重山諸島
    屈指の観光人気に沸く島のいまとこれから1 竹富島
    屈指の観光人気に沸く島のいまとこれから2 小浜島
    「変わらないこと」の大切さふたたび 石垣島市街
    空港に揺れた集落でゆらてぃくを探す・石垣島白保
    八重山に残された「最後の聖地」石垣島北部
    あとがき 国際通り、深夜0時─旅は振り出しに戻る

  • この本、どえりゃ面白かった〜!
    この興奮を、どう文章で伝えたらいいのか。
    自分自身の沖縄好きを割り引いても、面白すぎる。

    そして、また沖縄へ行きたい気持ちが、とても強くなった。

    著者のカベルナリア吉田さんが、歩いた沖縄の各所を描いた書。

    ただし、ただの観光ガイドの本とは違う。

    観光客が行かないような、つまり地元の人しか行かないような沖縄をひたすら歩いて探索した内容である。

    那覇は国際通りを起点に首里、開南、そして本島中部の嘉手納、普天間、コザ、本島北部の名護、辺野古など、本島南部は糸満、具志頭など。

    そして離島は宮古諸島、八重山諸島をめぐる旅だ。

    実に4ヶ月の旅。

    紀行ライター(吉田さんをこう呼ぶのが適切かどうかはわからないが)がとても羨ましくなった。

    印象に残った箇所。

    ・首里界隈の住所表示は必ず「那覇市首里◯◯町」となっている。

    ・道沿いに「アーニー・バイル国際劇場」がオープン。いつしか道は劇場にちなんで「国際通り」と呼ばれ、その復興ぶりから「奇跡の1マイル」と呼ばれ、現在に至っている。

    ・沖縄では戦後「ショップ」ではなく「シャープ」を名乗る店が、数多く生まれた。ネイティブの発音が「シャープ」に聞こえたのだ。

    まだまだあるが、ほとんどが印象に残っているので、強いて上げればというものだけにした。

  • 沖縄いいわー

全3件中 1 - 3件を表示

著者プロフィール

1965年北海道生まれ、早稲田大学卒。読売新聞社ほかを経て2002年からフリー。沖縄と島を中心に全国を周り、紀行文を執筆している。近著は『ビジホの朝メシを語れるほど食べてみた』(ユサブル)、『ニッポンのムカつく旅』(彩流社)、『何度行っても 変わらない沖縄』(林檎プロモーション)、『狙われた島』(アルファベータブックス)、『突撃! 島酒場』『肉の旅』『絶海の孤島』(共にイカロス出版)。ほか『沖縄の島へ全部行ってみたサー』(朝日文庫)、『沖縄・奄美の小さな島々』(中公新書ラクレ)、『沖縄戦546日を歩く』(彩流社)など沖縄、島関連の著書多数。早稲田大学社会人講座「実踏体感!沖縄学」「ニュースの街を歩く」ほか随時開講、ラジオアプリ「勢太郎の海賊ラジオ」でも番組「カベルナリア吉田のたまには船旅で」を随時配信。趣味はレスリング、バイオリン、料理。175cm×75kg、乙女座O型。

「2022年 『新日本エロい街紀行』 で使われていた紹介文から引用しています。」

カベルナリア吉田の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×