羽ばたき 堀辰雄 初期ファンタジー傑作集

著者 :
制作 : 長山 靖生 
  • 彩流社
3.63
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本棚登録 : 57
感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (225ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784779122842

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  • 高校生時代、教科書に載っていた「花あしび」と題された堀辰雄の文章が好きだ、と口にしたのを教師に聞きとがめられ「どうも、女学生みたいな趣味だね」と言われたことを覚えている。自身も小説などを書いているようなことを聞いており、青臭い学生の議論にもこころよく応じてくれる人だった。三好達治の『甃のうへ』をローマ字書きで板書しつつ、詩の押韻について触れ、詩への関心を引き出してくれた恩人であったが、どうやら小説の好みは当方とはちがっていたようだ。

    堀辰雄といえば、軽井沢や信濃追分といった高原を舞台にしたサナトリウム文学が有名だが、ここに集められたのはそれらとは少し趣を異にする。高原を舞台にしたものも混じってはいるもののどちらかといえば、都市、それも浅草や銀座といった盛り場を舞台に取った掌編が主である。初期ファンタジー傑作集と銘打たれており、たしかに妖精や天使は登場するが、ファンタジーというよりはむしろ、どちらかといえば、フランスでいうコントではなかろうか。

    若書きといえばいいのか、文章などもまだまだ推敲の余地があると思われる、無駄の多い野暮ったいもので、のちの堀辰雄の確立されたスタイルからは程遠い。ただし、当時流行りだしていた都会風のモダニズムの雰囲気は濃厚で、初出が「新青年」という作品も一篇ある。読んでいて思い出したのは、江戸川乱歩、稲垣足穂、萩原朔太郎、谷崎潤一郎、芥川龍之介、それに佐藤春夫といった面々。

    浅草十二階や怪盗ジゴマについての言及は江戸川乱歩と共通する好みを感じさせるし、ペパー・ミント酒は、足穂の『一千一秒物語』にも出てくるお馴染みの一品だ。特に、自分の身近にある風景をどこか異国の風景であるかのように再構成して作品の中に組み込む手法は、足穂が神戸界隈を扱う手捌きに酷似する。

    堀辰雄は室生犀星の気圏に属するが、犀星の盟友、萩原朔太郎の『青猫』はたしか堀辰雄偏愛の詩集ではなかっただろうか。その萩原の詩にも登場する探偵も顔を覗かせている。『月に吠える』の中の「殺人事件」。「とほい空でぴすとるが鳴る。またぴすとるが鳴る。ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて、こひびとの窓からしのびこむ、床は晶玉。」をリライトしたかのような短編もある。

    谷崎の影響は、江戸川乱歩にも萩原朔太郎にもあった変装趣味、それは男性の女装、女性の男装といった異装へのこだわりが感じられるもののほかにも、直接うかがわれるものとして奇術師「ハッサン・カン」の名前が出てくることからわかる。この名前は谷崎の『ハッサン・カンの妖術』に由来するが、芥川も、足穂も自作で引用している。

    都会的で異国的、夢見心地といえば佐藤春夫の『西班牙犬の家』にとどめをさすが、堀辰雄が構築しようとした世界も、それに近いものがあったのではないか。これも直接作品名を挙げていることからして、おそらく間違いはあるまい。夢や眠りを主題にした作品が多いのは、作品世界を夢と現のあわいに置いておきたい願望もあったのだろうが、このころから胸を患い、療養生活を余儀なくされ、床に臥すことが多かったからかもしれない。

    コクトオの『大股びらき』に触発されたと思われる、裸で抱き合う二人の女性の目撃談なんていう、ドキッとさせられるものもあって、どれもなかなか面白いのだが、一つ選ぶとするなら、掉尾を飾る「魔法のかかった丘」か。妖精の目撃談を人から聞いた話として朝子という女性に話して聞かせるものだ。この朝子というのは犀星の娘の室生朝子ではないかと思われるが、どうだろう。枠物語のスタイルを借りて語りだしながら、最後は話の中の妖精物語の中に溶け込んでしまうような静謐で余韻の残るエンディングが何とも言えない。

    紙質も組版も文句なしで、遊び紙も入った本格的な造本であるのに、ファンタジーを意識した装丁なのだろうが、カバーがこれでは書店でまちがって児童書コーナーに置かれそうだ。可惜の感がある。堀辰雄ファンとしては愛蔵本に相応しい瀟洒な装丁で出してほしかった。

  • 先にコミカライズが目に留まって、必然的にこっちにも手が伸びた。気安いながら、ちょっとしたイラストや加工の入った帯、扉など、趣味がよくてとても素敵な一冊。中身も現代仮名遣いにされていて、全体に今風のお洒落っぽさがある。旧仮名遣いのままならそれもそれで好きだけど。
    「死の素描」「羽ばたき Ein Märchen」「鼠」「ある朝」「夕暮」「風景」「眠りながら」「蝶」「あいびき」「土曜日」「窓」「ネクタイ難」「ジゴンと僕」「水族館」「眠れる人」「とらんぷ」「Say it with Flowers」「ヘリオトロープ」「音楽のなかで」「刺青した蝶」「絵はがき」「魔法のかかった丘」を収録。

    実在の都市や実生活の一場面を描きながら、まったく架空の世界であるかのような詩情の自由がある。恐怖や怪奇を契機とするのでなく、現実を歩む同じ調子で明るい夢への顛倒に踏み出していくのが何やら沁みた。青年のロジックと少年のセンスが両立しているような。
    「羽ばたき Ein Märchen」がとてもよかった。母の死をきっかけに幼年期の夢から醒めるジジと、その夢を見続けたままジジを追うキキの断絶の残酷。キキがジジに彼の母の危篤を知らせに来た時、夢から醒めないのはジジのほうだったのに。キキがジジに向ける思慕が徐々に確実に強くなっていくことにも、どこか絶望的な気持ちを覚える(キキは無邪気に明るい)。「女の子のように」は直截だし、失神したのにだって、ジジの母への同化欲求があったのかなと。でもジジは夢から醒めていて、「ソドムのよう」な脅威に接近されたうえ、武器もない……。飛翔と墜落の描写が切なかった。
    視覚の混乱、ガラスの向こうとガラスに映った像が軽やかなイリュージョンを紡ぐ「蝶」もツボ。想像力のなせる蝶がさらなる想像を喚起する幻想性が美しい。語りを含めて、なんだか高橋葉介の怪奇漫画っぽいノリだと思うのだけどどうだろう。

    たまにある誤植でちょっと目が醒める。字が入れ替わってるくらいならまだしも、新仮名遣いにされそびれた旧仮名遣いは残念。

  • 中々な難解さを感じましたが、
    淡々とした文章と世界観が不思議に引き込まれる短編ばかりでした。

著者プロフィール

東京生まれ。第一高等学校時代、生涯親交の深かった神西清(ロシア文学者・小説家)と出会う。このころ、ツルゲーネフやハウプトマンの小説や戯曲、ショーペンハウアー、ニーチェなどの哲学書に接する。1923年、19歳のころに荻原朔太郎『青猫』を耽読し、大きな影響を受ける。同時期に室生犀星を知り、犀星の紹介で師・芥川龍之介と出会う。以後、軽井沢にいた芥川を訪ね、芥川の死後も度々軽井沢へ赴く。
1925年、東京帝国大学へ入学。田端にいた萩原朔太郎を訪問。翌年に中野重治、窪川鶴次郎らと雑誌『驢馬』を創刊。同誌に堀はアポリネールやコクトーの詩を訳して掲載し、自作の小品を発表。1927年に芥川が自殺し、翌年には自身も肋膜炎を患い、生死の境をさまよう。1930年、最初の作品集『不器用な天使』を改造社より刊行。同年「聖家族」を「改造」に発表。その後は病を患い入院と静養をくり返しながらも、「美しい村」「風立ちぬ」「菜穂子」と数々の名作をうみだす。その間、詩人・立原道造との出会い、また加藤多恵との結婚があった。1940年、前年に死去した立原が戯れに編んだ『堀辰雄詩集』を山本書店よりそのまま刊行し、墓前に捧げる。1953年、春先より喀血が続き、5月28日逝去。

「2022年 『木の十字架』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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