若者よ、マルクスを読もう (20歳代の模索と情熱)

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  • かもがわ出版 (2010年6月18日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784780303605

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若者よ、マルクスを読もう (20歳代の模索と情熱)の感想・レビュー・書評

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  • 時間をおいて再読したら、もう一歩先に進めそうです。
    今回、学んだことは、「~すべき」という言い方は「しなさい」と命令するより効果があるということ。

  • 内田樹と石川康宏の両氏が、最近読まれることの少なくなったマルクスを、若者たちの間に布教しようということで編纂した本。本書は、両氏の間の往復書簡を時系列で陳列することで、少し気の長い対談本のような体裁となっている。

    正直、自分はちょっとバカなので、今、ちょっとバカな人にありがちな「とても面白かったが、何が書いてあったかは思い出せない」という状態になっている。だから、読んだ内容の記憶がピンボケの写真のように曖昧模糊としていて、抽象的な印象論でしかレビューできない。

    内田氏と石川氏は微妙に政治思想が異なるため、両氏が同一のマルクスの著作について批評を書くと、その両方を見る読者は、その著作に対して複眼的な読み方が出来るようになっている。その仕組みが、立体的なマルクス像を浮かび上がらせる仕掛けになっている。

    そしてなにより、両氏が引用するマルクスそのものの原文(和訳)の面白さというのがある。内田氏はそれを「聴かせどころ」と表現しているが、ほんとうにマルクスの原文(和訳)は、哲学的なプログレッシブロックのように情熱的で知的な味わいがある。歌詞のように人を扇動する魔力がある。

    もっとも、だからこそ20世紀を席巻した思想たりえたのだろう。マルクスは現在は年寄りのもの、死んだ思想と思われやすいが、実際に接してみると、かなり刺激的な思想家だと分かる。

  • 発想はいいと思います。
    が、石川さんの方の文章が堅かったし、読みにくかったです。

    それでも、マルクスの初期の思想を知るには役立つ本だと思います。

    ちなみに、今の僕ぐらいの年齢になると、それなりに人生経験もあるので、それなりには考えて生きてきたんだな、と、この本を読んで確認できました。
    そういう意味では、若者だけではなく、30代、40代でも読む価値のある本かもしれません。

  • 内田樹氏と石川康宏氏の往復書簡の形を取った、高校生向きに書かれたマルクスの入門書。著者の1人内田氏によると、「「マルクスはすごいぞ(だから、ぜひ読んでね)」ということをマルクスの「マの字」も知らない若者たちにご理解いただきたい」という趣旨で作られた本だという。続編の刊行が前提で、本書では、マルクスの若い頃の著作『共産党宣言』『ユダヤ人問題によせて』『ヘーゲル法哲学批判序説』『経済学・哲学草稿』『ドイツ・イデオロギー』のみが扱われている。それぞれの著作について、石川氏が内容を概観し、内田氏が著作内の特定の部分について面白おかしく感想を述べるというような流れになっている。
    そこまでマルクスの各著作についてわかりやすい解説になっているかというと微妙なところではあるが、マルクスについて学ぶきっかけとしては良い本ではないかと思う。マルクスと一口にいっても、各著作ごとに考えが成長・変化していっているということもよくわかった。

  • 読み直したさ:★★☆(図)
    最後の内田書簡を読み残し。唯物論の説明は少ない。プロレタリア、類的存在、史的唯物論あたりについてコメントあり。
    石川パートでマルクスの文に沿った読みがなされ、それを内田パートで読みほぐすような感じで進む。6時間あれば読める。
    〈感想〉
    マルクスを読みたくなった。しかし、しばらくはマルクスを知ろうと思ったときはこの本を参照すればよさそう。

  • 読み方は読者ごとに違って当然だし、人によって読み方が違えば違うほどむしろ、それはテクストの器の懐の深さや奥行きの厚みを意味する。

    マルクスを読んで知性が活性化し、自分自身の知性を不自由にしている檻の構造に気づき、そこから逃れ出るための努力を開始する人たちにとっては、マルクスの賞味期限はエンドレス。

    マルクスが文献に書き残した思想が何であるかといったことごらについては、文献をていねいに読むことで、ひとつの答えに向かって意見の相違を縮めることが可能だか、マルクスの何に着目するか、たとえば思想なのか、人柄なのか、心理なのか、行動なのか、文体なのか、社会的影響なのか、それ以外の何かなのかといった点は、読み手の関心しだい。そして、どこかに回答がゴロリとあるといったわかりやすい問題の立て方から離れるほどに、読み込みの内容は読み手の「想像力」と「想像力」に大きく左右される。
    「面白い」の共鳴関係というのか、そういうものをつくるためには、自分と異なるもののとらえ方、感じ方に接した時に、それを自分の思考や発想を豊かにする新しい材料として受け止めることができる知的なおおらかさが必要。

    ユダヤ教を「欲望」「私利」「きたない商売」「貨幣」と特徴づけるユダヤ教批判者の議論を逆手にとってこう述べている。実際的な欲望、利己主義は市民社会の原理であり、市民社会が自分のなかから政治的国家を生み出すのと同時に、純粋にそれ自身の姿であらわれる。実際的な欲望と利己主義の神は、貨幣である。市民社会の産物である。

    宗教は、人間存在が真の現実性をもたない場合におこる人間存在の空想的な実現である。民衆の幻想的幸福としての宗教を廃棄することは、民衆の現実的幸福を要求することである。

    理論もそれが大衆をつかむやいなや物質的な力となる。理論が大衆をつかみうるようになるのは、それが人に訴えるように論証をおこなうときであり、理論が人に訴えるように論証するようになるのは、それがラディカルになるときである。

    ドイツ人の解放は人間の解放である。この解放の頭脳は哲学であり、その心臓はプロレタリアートである。

    マルクスの近代市民社会の偉大な達成であるはずの「私利の追求の自由」と「信仰の自由」こそ、むしろ人間がいまだに十分には解放されていないことの証拠。
    市民社会において市民たちが享受しているのは「孤立する自由」です。誰にも迷惑をかけない代わりに誰からも迷惑をかけられない権利。「孤立して自分のなかに閉じこもっているモナド(単子)としての人間の自由」です。人間と人間が結びついていることではなく、人間と人間が隔絶していることのうちにより大きな価値を見出すのが近代市民である。「自分の財産、自分の所得、自分の労働及び労務の成果を、任意に享受し、処分する。」人権が市民社会を基礎づけている、と。

    ユダヤ人は比喩。ユダヤ人みたいな人。

    マルクス経済学の背骨は、労働価値論や剰余価値論、恐慌論。

  • マルクス入門書・・とはいうものの・・
    なかなか難解な一冊。しっかり読み込めなかった箇所も多数。しかし、マルクスの情熱的な社会問題に対する姿勢やその思想の片鱗を味わうことができた。

  • 若者向けのマルクス入門書ではあるが、マルクスだけに頭にすんなり入ってこない箇所も多かったです。共産主義というと誤解も多くなる世の中ですが、マルクスが理想としたあるべき世界感の骨格みたいなものには触れることができました。印象に残っている箇所は、「人間が何であるかということは何を生産し、いかに生産するかによって決定される」という箴言です。さらにそこから、「自分のことを善良で有徳な人間であると思い込んでいる人の方がむりろ卑劣な行為や利己的な行為をすることを躊躇わない」という内田氏の釈義にははっとさせられました。自分を省みるまでもなくそういう傾向があると考えさせられます。

  • 788

  • 内田氏のユダヤについての書簡その4が面白かった。

    ・『私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)』内田樹
    がさらに詳しそう。

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