インド日記―牛とコンピュータの国から

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著者 : 小熊英二
  • 新曜社 (2000年7月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (396ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784788507289

インド日記―牛とコンピュータの国からの感想・レビュー・書評

  • 出口治明著『ビジネスに効く最強の「読書」』で紹介

    グローバリゼーションに揺れる多民族国家インドの現代を捉えた旅行記。

  • [ 内容 ]
    話題作『単一民族神話の起源』『“日本人”の境界』で、近代日本を問い直してきた著者がインドを行く。
    グローバリゼーションにゆれる多民族国家インドの社会や宗教、芸術、NGO、フェミニズムなどと触れあいつつ、日本のあり方を考える旅。

    [ 目次 ]
    第1章 「インドの右翼」
    第2章 デリーで日本史
    第3章 博物館は国家の縮図
    第4章 映画・フェミニズム・共和国記念日
    第5章 農村のNGO
    第6章 カルカッタ
    第7章 僧との対話
    第8章 聖都ベナレス
    第9章 学校見学
    第10章 ビジネス都市バンガロール
    第11章 観光地ケーララ
    第12章 国境の町
    第13章 スラムでダンス

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • まなざすことについて、非常に自覚的に書かれている。参与観察という手法を意識しつつ、自己の視点がそのまま自らの偏見を暴露していく様は、まるでエッシャーの手のよう。

    「三島や川端康成、小津安二郎などについて意見を求められたので、これらの人びとが西洋でウケるのは、彼らが日本でもっとも西洋化した視点を持った人びとだったからで、日本の題材を西洋的視点に適合するよう処理するのがうまかったからだと思う、と答えた」

  • ▼○○人、○○の伝統、○○文化、○○民族

    『(インドのとある町について)こういう事情で知ると、印象による文化論というものが、つくづく当てにならないことを痛感する。最初は英語が多いのを見て“文化的に西洋化された町なんだな”と思い、女性のスクーター姿を見て“女性の活動に寛容な文化の土地なんだろう”などと勝手に考えていたのである。とにかく分からないことがあったら、“この土地の文化なんだろう”とみなすのは楽なことだが、もうそこで思考停止である。“デリーの牛=インドの文化”論のときも思ったが、“文化”云々する以前に、まずは社会的な背景をよく知ることが必要だと思う。』(小熊英二:著 / インド日記〜牛とコンピューターの国から〜 / P282)

    『日本人はどこかに「自分の国は特別なんだ」という思いがあります。しかも政治経済だけではなく、文化とか精神とかをひとまとめにして、日本は特別だと考えているんです。』(姜尚中×森巣博:著 / ナショナリズムの克服 /P35)

    『でも血統にこだわりながら、実はドイツは単一民族国家じゃないですよね。』『実態と全くかけ離れた単一民族幻想、あるいはアーリア民族信仰が、ナチズムの形成期において重要な役割を果たしました。日本人だっていろいろな民族のハイブリッドなのに、いまだに単一民族信仰が息づいている。明らかな偽装、フィクションを信じようとする…』(姜尚中×森達也:著 / 戦争の世紀を超えて /P117)

    『そもそも、ほんの一部の人間を除外すれば、西南戦争当時(1877年・明治)には「日本人」など存在しなかったはずですよね。そこいらへんの田んぼを耕しているオッサンたちに「日本人」という概念は存在していなかったのだから』『イタリア統一最大の問題を象徴する言葉に「イタリアはつくられた。これからはイタリア人をつくらねばならない。」というものがあります。これと同じような難題が、当時の日本にはありました。』(姜尚中×森巣博:著 / ナショナリズムの克服 /P40)

    『近代日本でいかに「日本人」という意識や、「日本文化」が形成されたかについて。』『江戸時代は身分や藩によって分断された社会である、ひと目見ただけで、あるは一言話すだけで、どこの地方のどの身分か、すぐわかってしまう。そういう社会では、身分も地方も超えて「われわれは日本人だ」という意識よりも、「どこそこの村の農民」といった意識の方が強い。文化にしても、「日本文化」が存在したというより、「京都の貴族文化」や「水戸の農民歌」があった正確である。こういう状態が変化するのが、明治以降。まず何より、生まれる身分が否定され、また藩も廃止となって、会津の武士も薩摩の農民も、一律に「日本人」とされたことが大きい。またマスメディアの交通の発達の結果として、地方間の移動や情報の流れが激しくなり、そのなかで共通の「日本文化」が発生してくる。江戸地方の料理にすぎなかった握り寿司や、京都の宮廷に献上していた菓子(当然ながら庶民は食べていなかった)が、情報や流通の発達によって全国に広まり、「日本の料理」になるという現象が起きてくるわけだ。』『さらに文化財の保護政策や、国民共通の義務教育も影響する。たとば明治期には政治家や官僚たちが中心になって、廃屋同然になっていた興福寺や、真言宗の末寺にすぎなくなっていた法隆寺を再興する動きが起こる。やがてそれは、「京都の仏教寺院」ではなく、「日本の伝統文化」として国定教科書に掲載されていった。こうして世が世なら寺院の建設に強制労働させられる側だったはずの平民たちまでが「京都のお寺はわれわれ日本人の伝統文化」という意識を持つことになる。「日本人」という意識は、交通の発達や身分制度の解消といった、近代の結果として生まれてくるのである』(小熊英二:著 / インド日記〜牛とコンピューターの国から〜 / P54)

    『近代日本でも、一部の上層階級の文化が下層にまで模倣され、国民全体の「日本文化」になっていった事例は数多い。江戸時代には人口の6%(数え方には諸説がある)にすぎなかった武士の、しかもそのなかでも例外的な行為として存在していた「切腹」が「日本文化」として有名になったり、江戸の裕福な商人の習慣だった「七五三」が明治以降に全国的に波及したりしたのは、その一例である。太平洋戦争時は、農民出身の兵士や将校までが、腹を切って自殺することを「日本の伝統」とみなした。しかし実際の江戸時代では、帯刀は武士の特権だから、農民が切腹するなど許されない。近代社会になってマスメディアの発達とともに中央の文化が浸透し、また身分制度がゆるんで下層が模倣しても許されるようになり、さらに「われら日本人は日本の伝統文化を身につける」という国民意識が形成されるようになると、こうした現象が起きるわけだ。』『インドをはじめとした途上国の知識人にとっては「伝統といっても、実はその多くが近代以降に創られた伝統だ」という論法は、有用であるようだ。』(小熊英二:著 / インド日記〜牛とコンピューターの国から〜 / P131)

    『ヨーロッパ王家は、その性質上、国民国家の原理をもともと超えているんですよ。それこそ、支配者の原理で、国際結婚を繰り返していたわけですから。だいたい現在の英国元首エリザベス二世女王陛下のウィンザー家もなどといったものは、つい最近できあがったものです。現在のエリザベス二世女王陛下は、ドイツから引っ張ってきたジョージ一世の直系に当たります。しかし、ウィンザー家などといったものが成立したのは20世紀に入ってからでした。それまでの家系は、サックス=コバーク=ゴーダ家。ところがこの家名では、人類史上最初の総力戦となった第一次世界大戦を戦えなかった。「ドイツ人を憎め、殺せ」と上から国民に号令をかけても、国王がドイツ名を持っていれば、国民はバカバカしくてやってられない。それである日突然、英国王家の家名は、サックス=ゴバーク=ゴーダ家→ウィンザー家に変更されました。ヨーロッパ王家あるいは貴族の連中は、実質的に国民の概念を越えています。例えば、イギリス王位継承者を優先順位順に消していけば、30数人で、現ノルウェー国王がイギリス国王になるんです。』(姜尚中×森巣博:著 / ナショナリズムの克服 /P224)

    『現代日本人のほとんどが、自らの国の名前が、いついかなる意味で決まったのかを知らないという、世界の諸国民の中でもきわめて珍妙な事態が現在も続いていることは間違いない。』『「日本」が国名であることを意識せず、頭から地名として使い、弥生人、縄文人はもとより旧石器時代人にまで「日本」を遡らせて「日本人」「日本文化」を論ずることも、ふつうに行われているが(←この時代に「日本」はまだ誕生してない)、これは「日本」が始めもあれば終わりもあり、またその範囲を固定していない歴史的存在であることを、意識の外に置くことによって、現代日本人の自己認識を著しくゆがめ、曖昧模糊(あいまいもこ)たるものにしているといわなくてはならない』(網野善彦:著 / 「日本」とは何か / P22、334)

    『思考し、表現する主体に「日本人」というナショナル(国?)的な境界をわざわざ作成する根拠とは、何ぞや?表現する主体は、「人間(人類)」「北半球人」「アジア人」「東アジア人」「北東アジア人」(ここで「日本人」が入り)「大阪人」など、そのようにいかようにも下位区分が可能な情況を、たかだかここ100年程度の概念である「日本人」という枠で切り取り、絶対化していく作業には無理があるのではなかろうか。』(森巣博:著 / 無境界家族 /P226)

    『“日本”あるいは“日本人”とは不動の実態ではなく、時期や状況によって変動する言説上の概念にすぎない。ある一群の人びと、たとえば沖縄や朝鮮の原住者は、時期や状況によって“日本人”としてみなされたり、みなされなかったりするのである。そしてそこでは、“それらの人びとは本当に日本人なのか”といった問いは無意味である。そもそも“本当の日本人”などという概念は、厳密には成立しえない。また、たとえば沖縄の住民が“本当の日本人”である根拠として、しばしば人類学・言語学・歴史学などの学説が持ち出されることがあるが、これもまた意味をなさない。これらの学説は沖縄が日本に編入されてから形成されたものであり、また大日本帝国時代には朝鮮人もまた、人類学・言語学・歴史学などによって“日本人”の一部であることが“立証”されていたからである。』(小熊英二:著 / 〈日本人〉の境界線 / P4)

    『“伝統”はつねに人びとに活かされ直すということ。“伝統”はつねに現代の必要から再解釈されることで、人びとの武器として使える。』『……のように、…言葉…を、必要に応じて解釈を施して利用するパターンは、“伝統文化”や“宗教的言葉”の利用にあてはまるだろう。』(小熊英二:著 / インド日記〜牛とコンピューターの国から〜 / P150)

    はー。えらい時間が空いた上に、えらい長くなってしまいました。今まで『伝統』とか『文化』とか『民族』っていうワードやイメージに、なんとなく神秘的や絶対的な美しさを感じていた私は、↑のような言葉の数々にほほーう、ほほーうってかんじになったもんです。ようは、『伝統』『文化』『民族』は時代の流れや定義する人によってこんなに曖昧で、変動しまくってる、結構いいかげんなものだから、20年経っただけで中身が全然違うものになってる時もあるわけで。そんなものに『神秘的や絶対的良さや真実』みたいなものを感じるのはナンセンスかも。しかも曖昧なものがゆえに、歴史的・運動的にも都合のよい『道具』として利用されたりするときもあるらしい(良くも悪くも)。広告なんかはまさにその『曖昧な定義』をすごく都合よく武器として利用している例ですな。京都の価値を高めたのはやはり『そうだ、京都に行こうキャンペーン』の力がメチャクチャ強いと思うし。(あの広告好きです)

    やっぱり時代が変わっても『いいものはいい』けど、古いから歴史あるから、民族だから、伝統だからといって必要以上の付加価値をつけるのはどうかとも思ったのでした。それにひたひたに浸かっているうちに、それが絶対的で真実で無条件に良いと信じ込んでしまうコワさ。うーん、社会、政治、マスメディアはともかく、それを受け取る私の視点がしっかりしてればいいのか…な?

  • 大学時代、小熊先生のお宅にお邪魔したことを思い出します。小熊先生のインド滞在日記です。

  • 図書館から借りて読んだものですが、本書は僕の初の一人旅をインドへと導いてくれました。

  • 旅行本ではないかもしれぬが、人間として、異文化と接したときにどう感じるかというのが素直に描かれた本。特に外国人に対しては(なぜか)愛国主義になったり、ボラれた時に仕方がないと納得したりする読者個人にも疑問を問いかけてきているような本。非常におもしろかった。民主と愛国でファンになった小熊だけれど、その人間的魅力がとても伝わってくる本。

  • インドでの2ヶ月ほどの滞在での日記。ナショナリズムなどをその研究内容とする筆者が、さまざまな観点からインドと日本を対比している点は流石というほかありません。日本は学歴というカースト制だ、とか、大卒生は自分の周りはみんな同じようなサラリーマンと考えている、など、うなずける指摘も多い。

  • 小熊英二最高。分析の鋭さや奥深さが面白い。

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