文明の敵・民主主義―危機の政治哲学

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著者 : 西部邁
  • 時事通信社 (2011年10月12日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (305ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784788711662

文明の敵・民主主義―危機の政治哲学の感想・レビュー・書評

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  • 日本の保守派の代表的論客が、大衆迎合的な日本政治、ひいては近代主義を舌鋒鋭く批判している。個々の思想の解釈やレトリックについては色々と気になるところがあるが(カントを世界政府の擁護者であるかのように表現していることなど)、全体としては伝統への回帰を求める優れた保守主義的主張が貫かれている。

  • 最近の政治家はすぐにポピュリズムに走るので、まともな政策が通らずに国がダッチロールばかりしてることに怒ってばかりいたのだが、ふと考えてみるとこれは政治家のせいだけとは言えないのではと思い直した。
    結局政治家は選挙に通らねば何も出来ないので、どうしても自分の選挙区民の主張を大事にせざるを得ない。
    それこそがポピュリズムの原動力になる安易な要因なのではないかと。
    結局これは、現代の民主主義が抱える構造的な問題なのではないのかなと思い始め、このあたりが整理して簡潔に書かれている本がなにかないかと思い探していたときに見つけたのがこの本だった。
    哲学・政治学は全くの素人の私にとって、正直言って、この本は荷が重かった。
    しかし感じていたことを解いてくれる箇所も数多く、納得の本ではあった。

    歴史の上に築かれた慣習に基づき、道理を通した輿論に則った政治ならばうまくいくのに、そうでない個人的な利害にだけに基づく世論がまかり通った世の中では、政治もうまく回るはずはない。
    政治家は選挙区益ではなく、国家の国益だけを価値観として政策を通していくべき。
    ポピュリズムなどに陥らず、国民に嫌われながらでも正しい政策を通すだけの見識が必須である。
    それこそが本当の民主主義であり、現代のは民衆主義であるという。
    このような現代の状況を引き起こした大きな要因は、やはりメディアにある。
    民衆の受けを狙った単純な2元論ばかりに終始する報道が民衆を作り上げ、輿論ではない世論を形成することに一役買っている。
    こういう時代が続くと、民衆からは専制主義を望む声が上がり始め、強いリーダーシップを持った者の出現を求める。
    それが進むと民主主義が結局は独裁主義や全体主義に移行していくというのだ。

    古代の世界では、必ずしも民主主義が最高だとは考えられておらず、専制君主が治世をしくことが良いと思われていたともある。
    確かに先日読了した「ローマ人の物語」を辿れば、ローマの繁栄にはカエサルやアウグストゥスのような専制君主の賢明な統治が、国を栄えさせた例は数多くある。
    しかしローマでは愚帝が生まれるケースも多く、統治者如何で政治の質が大きく揺れ動く懸念があるということだ。
    だから長い年月をかけて無難な民主主義が広まってきたのだろうが、それがこの体たらくである。

    このあたりの論理的思考は、すっと胸に収まった。
    じゃ、一体どうすれば良いのか、という疑問が胸に渦巻く。
    まさか、小選挙区制をすべて比例代表にして、国益のみに集中させる議員の集まりにすればよい訳じゃあるまいし。
    うーん、私には分からん。
    またしばし、本を探してみようか。

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文明の敵・民主主義―危機の政治哲学の作品紹介

身震いするほど恐ろしい「国家なき民主主義」の末路。「多数性」を金科玉条とし、国家破壊の「改革」を手放しで礼賛してきた日本に危機が迫る。-「大衆の支配」に屈した我らの未来に希望はあるのか!?戦後日本の歩みに警鐘を鳴らし続けてきた思想家が、この難問に挑む。

文明の敵・民主主義―危機の政治哲学はこんな本です

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