悩ましい国語辞典 ー辞書編集者だけが知っていることばの深層ー

著者 :
  • 時事通信社
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  • Amazon.co.jp ・本 (305ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784788714472

作品紹介・あらすじ

日本最大の辞書『日本国語大辞典』(13巻)。その編集者が言葉の変化の過程をスリリングに書いた日本語エッセイ。「悩ましい」ということばについて「官能が刺激されて心が乱れる」という意味しか載せていない国語辞典がほとんどだったが、最近は「AかBかの選択は悩ましい問題だ」(苦悩)という使い方をする人が増えている。これは誤用か?実は歴史的には苦悩の吾唱の古い用例があり、こちらが原義…。ことばは本当に悩ましい!

感想・レビュー・書評

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  • ブク友さんのレビューで興味を持ち、さっそく読んでみた。
    タイトル通り大変悩ましい読書となった。
    辞典はベーシックなもの、スタンダードなものという概念が揺れ始めている。
    こうなったら、出回っている全ての辞典をかき集めて読み比べたいと思うほどだ。

    著者は、国語辞典の編集歴36年という、元小学館編集者の神永曉さん。
    ではこの本も辞典かと言われればそうではない。
    意味が揺れている言葉、読み方に困る言葉、その語が定着するまでに面白いエピソードがある言葉を集めた本だ。この「言葉の揺れ」というのは正解がなく、ともすれば判断に迷い、編集者泣かせのものも少なくないらしい。
    それらに対して無理に結論を出そうというのではなく、意味や用法が揺れてしまうのはそれ相応の理由があるわけで、どんな言葉にも歴史があり、思いがけない歴史があるということを読み取って欲しいということだ。
    新たな発見もあり気づきもあり、間違った解釈をしていた言葉も多い。
    しかし編集の方もまた、言葉の変化をどうとらえるかが悩ましい作業なのだ。

    「悩ましい」と二度言ったが、この場合の「悩ましい」は「官能が刺激されて心が乱れる思い」という意味ではない。そもそも、そんなことは私の日常には皆無だもの・笑
    ところが、最近までその意味しか載せてない国語辞典が殆どだったというから驚く。
    私が「悩ましい」を使うのは「どうしたらいいのか悩んでいる状態」の時。
    実はこれが「悩ましい」の原義だという。この言葉もまた「揺れる言葉」らしい。

    記事ジャンルは大きく4つに分かれる。
    「揺れる言葉・誤用」
    「方言・俗語」
    「揺れる読み方」
    「大和ことば・伝統的表現」
    言葉は、あいうえお順に登場する。
    以下、興味を持った中から選りすぐって(?)載せてみる。

    大ざっぱという意味の「ざっくり」は、最近見かけるようになった言い方。
    本来は①力を込めて物を切ったり割ったりするさま②深くえぐれたり、大きく割れたり
    するさま③布地などの手触りや目などの粗いさまをいう。
    辞典での扱いは、現時点ではまちまちらしい。「揺れる言葉・誤用」に分類。
    従来無かった意味で使うひとが増えているときは、辞典としては「誤用」という注記が今後必要かも、ということだ。
    間違いやすい「おざなり」と「なおざり」も出ている。
    さて皆さんはこのふたつをどう区別しているだろう?

    「まじ」は江戸時代から使われていたという。
    1781年の洒落本「にゃんの事だ」というふざけたタイトルの本で使われたのが最初で、遊女を猫と称していたことからついたタイトル。
    もちろん、いまの若者たちの用法ではない。「大和ことば・伝統的表現」と分類。
    そして、「穿つ(うがつ)」の使い方を間違っていたことが判明した。
    これは「物事の本質を上手く的確に言い表す」というプラス評価として使われる言葉だという。「疑ってかかるような見方をする」という意味ではない。
    そちらが多くなったため、認める方向の国語辞典も出ているらしいがこれも悩ましい。
    過去のレビューの中で、誤用がある。きっとある。間違っていることは、間違いない。
    いや、誤用にこだわるのは不要なのだろうか。またまた悩ましい。
    この「こだわる」もまた、肯定的な意味で載せ始めたという。

    巻末の「辞書編集者の仕事」という20ぺージ分の文章が面白い。
    究極の国語辞典をめざしての試行錯誤の繰り返しが、とてつもなく尊くみえてくる。
    当たり前のように話し、読み、書いてきた自国語だが、注意を向けてみることで、「言葉力」も成長できるかもしれない。
    すべての方におすすめ。著者の書き方が非常に上手いので読み物としても楽しめる。

  • いやあ、これは読みごたえがあった。新聞広告にあった「人一倍って何倍?」というコピーが面白かったので、言葉についての軽い読み物かと思って読み出したのだが、著者はあの「日本国語大辞典」の編集者、実にみっちり濃い内容であった。

    言葉の誤用や揺れについて書かれた本はよくあるが、ここまで多くの語や成句が挙げてあるものはあまりないだろう。また、「これこれしかじかの理由でこれは誤用です」と指摘するだけでなく、どの程度そうした使われ方が一般的になっているか、なぜそのように使われるかなどについても考察されていて、そこが面白かった。

    著者は仕事柄か、「言葉は変化していくもの」といたって柔軟な考え方をされているが、一方で、明らかな誤用についてはきちんと対処すべきだとしている。世の中で使われている言葉はできるだけ載せていくのが辞書の務めではあるが、辞書は言葉の「鏡」であると同時に「鑑」でもある(このあたりのことは、本書でも言及されている「辞書になった男」に詳しい。あれは本当に面白かった)。節操なく現実の後追いばかりすべきではないという考えが繰り返し述べられている。同感だ。

    引用するとキリがないのでやめておくが、そうだったのか!ということの連続。自分自身間違って使っていたり、誤用だとばかり思っていたのがそんなに単純な話ではなかったり。特に、従来はなかった意味で使われている語がいろいろあることに驚いた。自分も何の抵抗もなく口にしていた言葉もあって、ついエラソーに「その言葉遣い間違ってるよ!」と言いがちな身としては、反省しきりでありました。

    ・「人一倍」の説明はとてもわかりやすく、「人よりちょっとだけ頑張る1.1倍くらいでいい」そうだ。二倍じゃないんだなあ。
    ・辞書みたいに、「あいうえお順」に語句が挙げられている。あれどうだったかなあ、と探すときにとても便利。ナイスです。
    ・巻末にある「辞書編集者の仕事」という文章も興味深い。三浦しをん「舟を編む」などにもふれながら、実際の仕事内容について述べられている。「舟を編む」はやはり傑作だなあとあらためて思った。

  • 「がたい」はいまだに語源が不明
    「ぐっすり」=good sleepが語源、はウソ。江戸時代に「十分な、すっかり」の意で使われている
    「ざっくり」も語源不明。セーターなどの目の粗い様子が転じたか
    「松竹梅」は等級を表す語でなく、「歳寒の三友」=めでたいものという意味だった
    「少年老いやすく学成りがたし」は朱熹の作品でなく、室町時代の僧によるもの。辞書の思い込み
    「滾る」は水と関連し、火や炎とは結びつかない
    「谷」の漢字に「や」という読みはない。江戸近辺の方言
    「堪能」は「たんのう」とも「かんのう」とも読めるが、この2つはまったく別の言葉から生まれた
    「ずくめ」=その物事ばかり、「づくし」=同種類の物の羅列
    「土下座」に謝罪の意味合いが加わったのは、ドラマ『水戸黄門』の影響かも
    「悲喜こもごも」は1人の人間の心境の表現
    「人一倍」の「一倍」は、「ある数量にそれと同じだけのものを加えること」。つまり2倍

    ……などなど、今さらながらに「知らなかった!」とひざを打つことの多い本。ことばの深層はひたすら深い……。

  • いつも悩んでます、、、

    時事通信社
    http://book.jiji.com/books/publish/p/v/847

  •  日本を代表する国語辞典の編集者である神永さんが、現代に見られる日本語のさまざまな誤用・変容の実態を取り上げ解説してくれます。
     予想どおり、私もたくさんの間違った理解や誤った使い方をしていました。例えば、「君子豹変」「姑息」「にやける(若気る)」「憮然」「谷」「松竹梅」・・・。
     言葉も未来永劫不変というわけではなく、その使い方が変化していくことは当然ではありますが、できればその変化には“確信犯”で追随していければと思いますね。(ちなみに、この“確信犯”の使い方も「確信犯」です)

  • 物語でもなく、説明文でもなく、ただ紛らわしい語を辞書風に列挙したもの。
    読みづらいとも思わず、興味をもって読み進んでしまう。
    自分が当然だと思っていても、社会が当然だと思っていても、歴史をひも解くと間違っていることが正しいこともある。

  • 「読み終わって」はいない辞典。
    項目のひらい読みでも十分楽しめる。
    帯に「人一倍がんばる」とは何倍?と書かれていたので、早速調べてみた。(いつもはすぐに帯を捨ててしまうのだが、こういう辞典には帯はありがたい)
    ”倍”そのものに”2倍”の意味があるので、”一倍”が”2倍”の意味で使われているそうだ。うん、納得。

  • いくつか方言の話があったりもして、とても興味深く読んだ。そして装丁が秀逸。
    明らかに誤用、だけど一般化している、そういう言葉の正しい意味を知れば知るほど窮屈になるけど、調べずにはいられない……。
    語源が不明なものもあれど、ことばには必ず意味があるって、当たり前のことだけどすごいことだと思う。そしてそのことばの意味を説明することばにもまた意味がある。ああ悩ましい(新しいほう)。

  • 「悲喜交々」悲しみと喜びが入り混じることだが、あくまでも一人の人間の心境を表現する言葉。「天地無用」は上下を逆にしてはならないという意味、これは問答無用、立ち入り無用、開放無用と同じ使い方で、無用は行為を禁止するということ。愛嬌は雰囲気だし、愛想は行為。言葉の意味や用法が揺れ変化していくのにはそれ相応の理由がある。辞書編集者ならではの切り口で言葉の深層に迫る。文化庁が実施している「国語に関する世論調査」からの引用が多く「文化庁国語課の勘違いしやすい日本語」を読んだ後では、かなりの既視感もあったが、辞書編集者の視点で新たなスポットを照らしており、また違った興があった。あいうえお順の辞書形式もなかなかおもしろい作りこみ。

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著者プロフィール

【神永 曉】(かみなが さとる)

辞書編集者。元小学館辞典編集部編集長。1956年、千葉県生まれ。80年、小学館の関連会社尚学図書に入社。93年、小学館に移籍。尚学図書に入社以来、37年間ほぼ辞書編集一筋の編集者人生を送る。担当した辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方のわかる類語例解辞典』『標準語引き日本方言辞典』『例解学習国語辞典』『日本語便利辞典』『美しい日本語の辞典』など多数。2017年2月に小学館を定年で退社後も『日本国語大辞典 第三版』に向けての編纂事業に参画している。著書に『悩ましい国語辞典』『さらに悩ましい国語辞典』『美しい日本語101』(いずれも時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞典編集、三十七年』(いずれも草思社)などがある。

「2022年 『やっぱり悩ましい国語辞典』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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