映画はおそろしい

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著者 : 黒沢清
  • 青土社 (2001年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791758708

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映画はおそろしいの感想・レビュー・書評

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  • <映画について語ろうとすると>
    映画を見るということは、映画館に出向いて、2000円弱のチケットを買う以外にさして主体性を持たずにできる行為だ。特に東京という映画観客にとっての奇蹟の街に住んでいると尚更だ。映画を観るという行為はだから単純かつ明快な行為だ。

    しかし映画について語るとなると、ことはそう単純じゃない。「映画史的記憶」の呪縛という言葉が浮かぶ。映画批評という決して他人に優しそうじゃない視線をどこかしらに感じてしまうのだ。何故、観客の一人にすぎない映画批評というものの冷たい視線に臆する必要があるのだろうか。所詮、「映画批評を重んずる同好会」の中の論理で回っているに過ぎないじゃないかと悪態をついてみても、居心地の悪さはあまりなくならない。

    Cure, カリスマ、回路と黒沢清の映画を立て続けに見た。頭の中が黒沢になっていた時に、本屋で、黒沢清が恐怖映画、ゴダール、青山信治、カサベテスから、テレビゲームまでを語った、エッセイ集、雑文集、批評集となんとも分類しにくい本を見つけた。映画を作っている人が、映画を語る言葉なら素直に受け入れられそうな気がした。ところが黒沢清の履歴を見ていたら、蓮実重彦の映画表現論の薫陶を受け、長谷川和彦や、相米慎二、伊丹十三の助監督をしてと、どことなく「映画史的記憶」の匂いがしてきた。

    《観客っていったい誰だ?人類はおよそ三種類に分類できる。①映画をぜんぜん見ない人②映画をたまに見る人③映画をよく見る人。ゴダールの場合、観客とはほぼ③だと思ってよいだろう。が、③こそクセモノなのだ。世界中の③に該当する人は、いったいどんな映画を見ているのか?その正解は途方もないがひとつだ。彼らは全映画を見ていると想定するしかない。全映画を見ている人にとって、今私が撮ろうとしているカットはどうあるべきなのか?好き勝手に撮る道を拒絶した監督には、いやでもこのテーマがのしかかってくる。》

    映画監督の中には、2種類のタイプがいるのだろう。映画史的な世界的評価を意識してしまう者と、ただ好き勝手に撮っている者。黒沢清は好き勝手に取る道を拒絶した監督であることは明らかだ。先程の映画を語るのを躊躇させるある種の抑圧が、映画を作るものにも及んでいるのだ。作家と観客の共同体の司祭としての映画批評とは、世界中のすべての映画を見ている観衆の視線なのだ。そういった存在しえないものに、近づこうとする批評的努力と、批評的な枠組みの中での創作という呪縛から脱出しようとするあがきと、その背景で、デジタル化の中で決定的に変化した映画の流通形態。映画の現在もそして進行中の未来も、一筋縄ではいかない複雑さの中で動いている。


    《こんにち、日本映画は人間ドラマといういっときの不変を手に入れて、世界に躍進している。/しかし映画にかかわる限り、何人も「映画とは何か」という問いから逃れることはできない。それは深い映画的教養から発せられるもののことではなく、あくまでも現在という切迫した事情から止むに止まれず発せられる悲鳴のことである。/人間ドラマ、恋愛、政治、要するに何でもいいのだ。デジタルであろうがアナログであろうが構いはしない。それをことさら有難がりもせず恐れもせず、時間ある限り撮れる範囲のものを撮る。》

    映画館で怯えながら観た黒沢清の恐怖映画の中にも、こういった重層的な映画史につながる視線と、それをかなぐり捨てようとする切実な現実とのせめぎあいが拮抗していたのだろう。鈍感な観客にすぎないぼくは、そういった葛藤を、漠然とした凶暴さと感じていたにすぎなかった。

  • 妄想全開の監督評と、サンダンス・フィルム・インティテュート滞在日記がすこぶる面白い。

  • ・映画はうそだと言われてしまうメディア。
    ・人生にかかわる恐さをホラー、武器でなんとかできる怪物を相手にするのは活劇。
    ・悪魔のいけにえ……観客の無意識の想像力をねじふせる。
    ・ごく普通の映画なるものはどこにあるのか。
    ・映画好きの観客は映画をすべて見ていると仮定するしかない。→ゴダールは映画史を意識した映画作りをする。
    ・イーストウッドは世界最強。
    ・ユリシーズの瞳……串団子のような映画。
    ・モンタージュに翻弄された歴史。
    ・Helpless……暴力は、それ自体がすでに関係性だ。
    ・感銘させる人間ドラマ/魅せるスペクタクル/センス。

    ・要するにこういうものだという言い切りの頼もしさ。
    ・フーパーやカーペンターやイーストウッドだけでなく、カサベテスを高く評価している。

  • 共感したよ。久しぶりだよ。なんとなく、でも真摯に、物語は作られるべきだよ。

    抜き書き。
    ・映画というのはどうしても現実と物語の中間に存在しているようだ。(たぶん小説も)P12
    ・現実の死とは、おそらく何の誇張も省略もない無愛想な出来事に違いない。P69
    ・『野外における危険な生物』P201
    ・ならば私は、やはりあらゆる歴史から切り離された現在この時の「いかがわしさ」と「出鱈目さ」を積極的に受け入れようと思う。人間ドラマ、恋愛、政治、要するに何でもいいのだ。デジタルであろうがアナログであろうが構いはしない。それらをことさら有り難がりもせず恐れもせず、時間ある限り撮れる範囲のものを撮る。おそらくそれは、作家性の否定ということになるだろうが、実は私はそれでほっと胸をなで下ろすのだ。作家……ああ何という不変の匂いが立ちこめるまぼろしのような存在。だって、もう一度言うが、私は絶対に上等の人間ではなく、無教養で通俗的で、およそ作家とは程遠いキャラクターであることがはっきりしている。どっこい映画は、そのような者にも撮ることができる、ということを証明するために私は撮る。それ以外にない。P265

  • 【目次】
     序章 映画の授業
    映画はおそろしい
     ホラー映画とは何か/ホラー映画ベスト50/ホラー映画の3本/トビー・フーパー『悪魔のいけにえ』の革命/コッポラの『ドラキュラ』を支持する
    おそろしい映画の正体生涯映画ベスト10/映画のある場所/映画にルールはない/NOと言える映像/映画が死ぬ時/映画と政治
    ビデオも歌もおそろしい
     フィルムと男とビデオテープ/映画はMTVに快楽を売り渡してしまったが……/映画で人が歌う時/人が歌う映画 1加藤泰『真田風雲録』/人が歌う映画 2内田吐夢『たそがれ酒場』
    地獄の11人
     トビー・フーパーに賭けろ,そして真の面白さをつかみ取れ。/全世界はジョン・カーペンターに頭を下げよ。/悪いことは言わない。一度ジョン・カサベテスを見てみたまえ。/ゴダールとは何者か。/クリント・イーストウッド,世界最強の男/ディック・スミス,ハリウッドの賢人/タランティーノの時代がやってくるぞ。/われ鎮西尚一を発見せり。/鶴田法男の映画をみよう。/ビート氏の演技/相米慎二は何故アメリカでうけないのか。
    地獄の5本
     悪魔の成せるわざ アンゲロプロス『ユリシーズの瞳』/あまりに無茶なオペラ映画 オリベイラ『カニバイシュ』/モンタージュの幻惑 ゴダール『映画史』/映画の暴力を知る者 青山真治『Helpless』/“世界”に向き合うビジョン 青山真治『シェイディー・グローヴ』
    おそろしい欲望
     最強のインディペンデント映画作家を養成する/チャンバラ映画が撮りたい/藤田敏八主演で『エクソシスト3』を撮りたかった/モロ大阪
    ゲームだっておそろしい
     例えば「ドラゴン・クエスト」という名前が……/「ポピュラス」は,よくできたつつましやかなゲームである……/「ロビンとマリアンは死ぬまで幸せに暮らしました」……/そうなのだ。ドラクエII,あれは確かに狂暴なゲームだった……/いつかくるとは思っていたが,ついにその時が……/解けない謎について
    地獄の読書録
     現代日本映画の恐るべき秘密 山根貞男『映画の貌』/さりげない真実 『図解・猛毒植物マニュアル』/この一線を越えていいのだろうか 『これは凄い 東京大学コレクション』/後ろ側に気をつけろ 伊藤潤二『トンネル奇譚』
    地獄のダイアリー
     サンダンス・フィルム・インスティテュート滞在日記/カンヌ映画祭日記/フランスの思い出
     終章 人間なんかこわくない

  • 黒沢清は映画監督である以前に、映画狂なんです。

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