ことばの哲学 関口存男のこと

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著者 : 池内紀
  • 青土社 (2010年10月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (225ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791765744

ことばの哲学 関口存男のことの感想・レビュー・書評

  • ドイツ語学者,関口存男(つぎお,1894-1958)の評伝.この夏休みに目を通した「関口・新ドイツ語の基礎 CD付 復刻版」は熱い語り口と,文理をまたがる幅広い分野からの格調高い例文たちで,私に強い印象を残した.私は学生時代,孫の関口一郎のドイツ語講座をテレビでみていたことがあるので(あれはあまり役に立たなかった(失礼!))関口存男の名前は以前から知っていたが,教科書を読んでどんな人か知りたくなり,この本に行き着いた.

    さて,関口存男は明治27年姫路の職業軍人の息子として生まれる.旧制姫路中学を中退し陸軍大阪地方幼年学校に入学.そこでドイツ語と出会う.辞書がひけるようになったころ「とにかく本を買おう」と心斎橋の丸善にいきドイツ語役の罪と罰を購入.さっぱりわからないままに,片っ端から辞書を引き,一行や二行を20回も30回も繰り返す.二年かかって数百ページを読んだころ少しわかりだした.そして2/3くらい読んだところで突然スラスラわかるようになったという.効率よくわかろうなどと思わず,ただひたすら読む.長い文章をそのまま暗記する.語学の天才だからできた勉強法でもあっただろう.陸軍士官学校を出た後,形式的に任官しただけで軍人の道をああゆまず,戦前は法政大学教授として,戦後は軍人上がりという過去が嫌われたせいか,大学に職を得ることができず,語学学校で教える傍ら,文例収集から発展した著作に没頭.未完の主著「冠詞」は3分冊で計2200ページの大著.なかなかすさまじい.

    私はこの本の著者の池内紀氏の軽妙な(?)エッセイに感心したことはないが,この本の関口存男の生涯を扱った部分はとても良いと思う.ただ関口を同世代のヴィトゲンシュタインとともに言語哲学の創始者として論ずるところはあまり興味がもてなかった.その代わり,もう少し生涯のエピソードがあればもっと充実した評伝になっただろう.

  • かなり面白い伝記を期待して読んでみたがそんなに面白くなかった。

  •  あのドイツ語の世界で有名な人物として関口存男(つぎお)がいる。その語学の天才をドイツ文学者の著者が雑誌に連載したものがもとになっている。

     名前は聞いたことはあったが、どんな人なのかは知らなかった。もともとドイツ語が専門ではなく、陸軍士官学校出身で、後に上智大学哲学科に入学、さらにアテネ・フランセに入学してフランス語とラテン語を勉強した。その間に、フランス語でラテン語の初等科の教授に任じられたと言うからただ者ではないことがわかる。

     純粋なドイツ語畑を歩んできたドイツ語学会の方からすると異色の人なのでどこか歓迎されていない所があったようだ。「三上文法」という一風変わった日本語文法で有名な三上章も日本語の世界とは無縁の人(建築学科出身で数学の教師)だったので良く思われていなかったそうだ。

     ドイツ語を学んだきっかけは明治41年(1908)年に大阪地方幼年学校(士官学校の予備教育を施す施設)に入学した際、ドイツ語とフランス語の振り分けがあり、関口はドイツ語組に入れられた。

     そこで発音を教わり、辞書が何とか引けるレベルである決心をした。それは何として新しい語学を習得することだった。心斎橋通りにある丸善に行きとにかく何か本を買おうと思ったそうだ。選んだのはなんとドストエフスキーの長編小説「罪と罰」のドイツ訳だった。分厚い本を買って読めばドイツ語が出来るようになるだろうと思ったようだ。無鉄砲なことが出来るのは若者の特権だな。

     この人の場合、辞書を引き引きしながら丹念に読んでいった。2年たって数百ページ読んだ頃になると「何だか分かり出したような気がしだした」とあるように話の筋が見えてきた。普通の人なら2週間、あるいは2日で放り投げるようなことを執念深くやっているところからして凡人のレベルを超えている。

     その後、ドイツ語に関する本を出したりNHKのラジオ講座に出演したり、大学教員になったりして活躍した。

     もうこういう異才はなかなか出てこないだろうなあ。

  • 関口存男(せきぐち・つぎお)氏の評伝。

    あるブログのエントリーでたまたま、ドイツ語学者である彼がどのように語学をものにしたか(=くそ勉強)を知りました。

    言語習得に対する姿勢・態度、また、家族を養いながら、ひとつの大仕事を成すことに人生を注いだ気迫に圧巻されました。

    わたしも、ことばの仕組みや機能に深く興味を持ち、語学(英中韓)を趣味に楽しんでいるのですが、今日から彼を「先生」と仰ごうと思います。

  • 私には未知の人「関口存男」。ドイツ語学者である彼が生涯をかけて追求したのは「言語のうちにあって、言語で語りえぬもの」とか。無冠詞とか、私にはまったく縁のない話なのだけれど、そして何か大切なことの周囲をぐるぐると巡って、やっぱり「わからん・・でも気になる」という気分なのだけれど「存」がつぎと読むこともなんだか重厚な「存在」を予感させて・・。

    まるで分からんけれど、気になる「詩」を読むような読後感。
    自分の無知の確認、広遠な世界があることをまた感じてしまった。

  • 天才的ドイツ語学者として伝説的存在である関口存男の評伝である。存男については別に『関口存男の生涯と業績』という大著があり、ぼくも持っている。ドイツ語を勉強しているとどうしても出てくる名前だ。もっともぼくはそのお孫さんで、早く亡くなった関口一男?さんの参考書の世話になったが。ぼくは本書が、ドイツ文学者の池内さんに書かれたことが最初以外だった。池内さんに言わせれば、それは、存男生誕百年のときも、ドイツ語学者たちが、だれも存男の伝記を書こうとしなかったことにあるという。だから、本書は存男の冠詞論等語学的な問題にはほとんどふれていない。いや、池内さんにいわせれば、ドイツ語も少しも出さずに書いたという。それは、天才と言われたドイツ語学者が、留学もせず、日本にいて、死ぬまでどのような精進を重ねてきたかということを書きたかったのだと思う。だから、読後特に印象に残ったのは、身障者として生まれてきた末娘に対する存男のかわいがり方だった。それは、子どもたちにも意外なものだった。もう一つは、疎開の際体を悪くした妻への愛である。そうした人間的な存男を本書は充分伝えている。

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ことばの哲学 関口存男のことの作品紹介

ドイツ語学者の人と仕事を語ってドイツ語を使わず、ドイツ文の文例を借りず、言語学の用語を用いず、生涯をたどるかたわら、そこに色濃い「ことばの哲学」を追求する。

ことばの哲学 関口存男のことはこんな本です

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