脳はすごい -ある人工知能研究者の脳損傷体験記-

  • 青土社
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  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791768851

感想・レビュー・書評

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  • すごい!
    目を閉じていても、寝ていても、視覚から脳は働いているんですね。

  • 原題は『Ghost In My Brain』。『脳の中の幽霊』などとしてしまうよりも『脳はすごい』と言いたくなるのも頷けるというのも含めてよい邦題かもしれない。ただ、「すごい」という形容詞から想定するようなポジティブな話ではなく、切実な問題に直面した(そして今でもいくらかは体験しているであろう)著者にとっては悲劇的な話だ。また、副題も含めた原題は『The Ghost in My Brain: How a Concussion Stole My Life and How the New Science of Brain Plasticity Helped Me Get it Back』ー 「いかにして脳震盪が私の人生を奪い、またいかにして新しい脳可塑性の科学が再び人生を取り戻してくれたか」となっていて、少し長すぎるが本の内容をよく表したものになっている。

    脳の障害からの復帰を描いた本としては、脳卒中からの回復を脳神経学者である著者自ら観察した経緯が書かれたジル・ボルトテイラーの『奇跡の脳』、脳炎にかかり回復した記者がそのときの自分の様子を関係者へ取材して書かれた『脳に棲む魔物』、日本のノンフィクションライターが脳梗塞による高次脳機能障害からの回復を自身の経験としてレポートした『脳が壊れた』、などいくつか読まれるべき本が出版されている。それらの本と同じように本書は、自動車追突事故による脳震盪によって引き起こされた脳の高次機能障害を負った著者が、自らの病状と回復を綴った本である。本書の記述を信じるのであれば、よくぞその状態で大学の教職を継続することができたものだと思う。また初期対応として、脳震盪を起こした場合にはまずは安静と検査が必要だということもよくわかる。

    著者の脳震盪症は不思議だ。例えば、書くことはできるが、読むことが非常に難しい状態になる。ある種のストレスがかかると認知能力が急激に低下する。著者は、大学の教授で人工知能を専門としているので、自らの認知状態を内観して記述するときも「パターンマッチング」、「デーモン」、「アクセス」などコンピュータ・サイエンスに模したものが多くなっている。たとえば、「不必要で望ましくないデーモンが起動される」、「たとえ脳のある部によって特定されている情報でも、別の部位によってはアクセスできず、そのために問題を解決できない」、「与えられた課題を完了したにもかかわらず、終了するための視空間パターンマッチングを実行できないためにデーモンが動作し続ける」、「感覚フィルタリングとデーモン同士のコミュニケーションが阻害され、やがては認知の機能不全が否応なく引き起こされる」といったものだ。意外にそれが単なる比喩を超えて状況を正しく表していると思えるのは、脳も確かにある種の計算機であるということなのだろう。

    TBI - 著者が罹患した外傷性脳震盪について、Wikipediaにはこう書かれている
    「脳の一部が局所的にダメージを受ける脳挫傷とは異なり、脳の軸索が広範囲に損傷を受けるもの。軽度から中程度の損傷においては、早期回復が期待されるが、高次脳機能障害に至った場合、記憶力、注意力の低下や人格形成やコミュニケーション能力に問題が生じるほか、四肢の麻痺が生じることもある。外見上、健常人と何ら変化は無いが、社会適応性が損なわれるため、通常の生活が送れずに苦しむ患者は多い」

    著者は、脳震盪を起こした事故から八年後にドナリー・マーカス博士とデボラ・ゼリンスキー博士と出会い、彼女らから提供された脳メガネなるものを装着した訓練をすることで劇的に回復していく。脳メガネの役割は、網膜の視神経回路から脳への入力を変えることによって、脳神経系の再構成を助けるものだという。網膜からの入力は視覚イメージだけを処理するものではないようで、損傷した経路を迂回して新しいコネクションを再構成させることで認知機能を回復させるという。これが本当だとしたら、脳は本当に「すごい」。一般的に脳梗塞からリハビリにより効果的な回復が期待できるのはおよそ半年間で、その後は目に見えるような回復の可能性はかなり低くなると言われている。八年の期間を経て脳の高次機能を劇的に回復させることができるということは「脳はすごい」というより他にない。もしかしたら、同じようにしてアルツハイマー病や加齢による長期のダメージによって劣化した脳神経を再配線することでリフレッシュさせることも可能なのではないだろうか。両博士の処方はいくぶん臨床的だが、『コネクトーム』などで紹介されているように脳神経の配線を直接研究する中で、理論的に外部刺激による脳神経の再構成(リワイヤリング)による認知症からの回復を行うということも将来的には可能になるのかもしれない。

    訳者は、翻訳技術的にものすごくテクニックがあるということではないのかもしれないが、Ghostやseeの訳出など、引っかかりがありそうなところについては、あとがきにおいてひとつひとつ丁寧にそのように訳出した理由を説明してくれる。その説明が納得できるものでもあり、さらにその姿勢について翻訳者としての誠実さを感じる。あとがきによると『意識と脳』と同じ訳者ということだった。こちらも非常に興味深い本でかつて長々とレビューを書いた本だ。色々とつながっている。

    脳の可塑性について「脳はすごい」というが、それと同時に脳機能の精妙なバランスが外部からの衝撃で脆く壊れてしまう事実にも驚く。著者の場合は自動車事故による外的インパクトが原因であったが、映画にもなった『コンカッション』ではアメリカン・フットボールのプロリーグのNFL選手が、長期にわたるプレーによる継続的な衝撃の結果、脳の損傷が蓄積し、高次機能障害に陥る事例が描かれていた。脳梗塞などによる脳神経系への致命的なダメージ、アルツハイマー病などによる緩慢なダメージの蓄積も脳の高次機能障害の事例になるだろう。そして、もっと身近には加齢によって徐々に脳神経のワイヤリングが壊れていくことも同じようにその例に加えることができるだろう。おそらく脳の配線は冗長性を持っていると思われるので、独立した小さな脳神経の破壊には充分な耐性があるのだろうけれども、大きな外的衝撃や一定以上のダメージの蓄積には弱いということだろう。そのあたりは通信ネットワークの耐障害性の仕組みにも近いのかもしれない。いずれにせよ、まだまだ新しい事実がこれからわかってくる分野なんだろうなと改めて感じた。「脳はすごい」。



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    『奇跡の脳』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4105059319
    『脳に棲む魔物』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4047313971
    『コンカッション』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4094062807
    『脳が壊れた』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4106106736
    『コネクトーム』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4794221657
    『意識と脳』の長いレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4314011319

  • 認識と表現力と身体能力とがそれぞれ切り離されて、結合しにくい。
    そんな印象を受けた。
    不思議だった。
    そして、障害がでるとこのような感じなのか、とその苦しさを垣間見ることができた。
    色々な作業が複雑で困難なものになってしまう。
    行動するために、ものすごいパワーが必要になる。
    この人、こんな状態でよく生活できたなあ、と驚く。
    自己分析がしっかりできているところも、すごいな、と思った。
    目を閉じていても効果のあるメガネのところは、ちょっと信じられないけれど、目を閉じていても瞼から光を感じている、ということなのだろうか。

  • 身近に脳損傷経験のある知人がいて、よくその人とも見え方や考え方の変化について話をしてきたので、学者さんが著した当事者視点の回復にまつわる本が読みたくて選んだ。かなり事細かに書かれているので、興味がある人にとってはとても面白いと思う。私は言い回しなどが難しくて、読むのにかなり苦心した。
    冒頭のほうで、著者が病院に行くシーンがあるのだけれど、専門的なアプローチや治療に結び付かなくて絶望している様がよく伝わってきて、読む側もOh••••という気持ちになる。

  • ふむ

  • 脳はすごい -ある人工知能研究者の脳損傷体験記-

  • 脳震盪症をおった著者による、症状の自己分析とその回復過程が非常に丁寧に記述されている。
    もともと著者の頭のできが良かったということもあるそうだが、とにかく外傷性の脳の損傷をおいながら自分の状態をここまでメモできるとは驚き。
    しかも、その認知障害が視覚の調整(素人にはそのようにかんじるのだが)で常人のレベルに戻るということも驚き。
    脳(細胞)は障害をうけると一生治らないと思っていたが、障害を迂回してあらたな神経ネットワークが形成されることで機能が回復するということも驚きである。

    脳震盪といえば本書にもアメフト選手が自殺する話がでてくるが、こちらは映画『コンカッション』でも取り上げられていた。彼らにもこの治療法が有用なのだろう。

  • 「すっぴん」で高橋源一郎が紹介していた本が読みたかったのだが、間違えて借りたのがこの本だった。

    脳震盪って恐ろしい。
    クラークさんが脳損傷に苦しんでいることを医療機関の専門家たちがぜんぜん理解しない前半がとにかく恐ろしい。

    脳に損傷のない者からしたら奇妙な動作や言動をしている人はひょっとするととても困っている人なのかもしれない、そんなことを思う。

  • 配置場所:摂枚普通図書
    請求記号:493.73||E
    資料ID:95160350

  • 私たちが決して考慮することの無い、身体のすばらしい機能の一つは、行動の開始である。

    必要なときに必要は判断を下す意思決定の能力は、関連する状況に関して得られた知識の量とは、一般にほとんど無関係であることがわかる。要するに、分析と決定は、二つの異なるプロセスなのだ。

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