相模原障害者殺傷事件 ―優生思想とヘイトクライム―

  • 青土社
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  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791769650

感想・レビュー・書評

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  •  神奈川県相模原市にある障害者福祉施設「神奈川県立 津久井やまゆり園」で、この施設の元職員・植松聖の凶行によって19人の入所者が殺害された事件から、およそ半年が経過した。戦後日本国内で発生した事件として、「津山三十人殺し」に次ぐ犠牲者の多さとその規模もさることながら、ネット上で寄せられたこの事件の犯人に対する共感は、ショッキングな出来事として記憶された。いったい、なぜこの事件は起こってしまったのか? そして、この事件から何を考えなければならないのか? 社会学者で『弱くある自由へ』『精神病院体制の終わり』(以上、青土社)などの著作をもつの立岩真也と、『非モテの品格』(集英社新書)『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)などで知られる批評家の杉田俊介による共著『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』(青土社)から、この事件を振り返る。

     事件の容疑者・植松聖は、事件決行5ヶ月前になる2016年2月半ばに衆議院議長大森理森に宛て、「職員の少ない夜勤に決行致します」「見守り職員は結束バンドで見動き、外部との連絡をとれなくします」など、犯行予告と理解できる手紙を書いて、公邸を警戒中の警察官に手渡している。

     その一方で、フリーメーソン、日本軍の設立、5億円の支援を要求するなど支離滅裂な内容がしたためられたこの手紙で、彼は「私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です」「障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます」と主張する。「全人類が心の隅に隠した想いを声に出し、実行する決意を持って行動しました」「私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます」と、社会のために障害者の殺害することを強調。事件後にも、捜査関係者に対しては「殺害した自分は救世主だ」「(犯行は)日本のため」と供述している。

     いったい、どうしてこんな支離滅裂で身勝手な主張にシンパシーが寄せられるのだろうか? 

     今回の事件を受けて語られるようになった言葉のひとつに「優生思想」がある。優れた子孫の出生を促し、劣った子孫の出生を防止することで、民族の質を高めると考えるこの思想。ナチス・ドイツでの精神病者・障害者における断種などが有名だが、実は日本でも96年まで「優生保護法」があったように、その思想はつい最近まで我々の身近に存在していた(現在は「母体保護法」に改称されている)。植松聖の「人類のために」障害者を殺害するという発想も、この優生思想に影響されたものである。そんな彼の思考や、事件がもたらした余波を受けて杉田が感じたのは次のような「ヘイト」とのつながりだった。

    「青年(注:植松容疑者のこと)の精神が、この国をじわじわと侵食してきた近年のヘイト的なものの空気を確実に吸い込んでいる、吸い込んできた、(中略)彼の言葉はヘイトスピーチ的なものを醸成してきたこの国の『空気』をどう考えても深く吸い込んできたのであり、その意味でこれはヘイトクライム(差別的な憎悪に基づく犯罪)なのである」

     もちろん、現在では優生思想はタブー視されている。しかし、一部の人々がシンパシーを感じてしまうように、それを乗り越えることは簡単なことではない。杉田も、自身の経験から自分の中にある「内なる優生思想」に対する迷いを以下のエピソードから記述している。

     超未熟児として生まれた杉田の息子は、平均的な身長に追いついていないため、成長ホルモンの注射を打っている。保育園で他の子どもから「何で小さいの」と言われ泣きつく子供と、ほかの子どもたちとの体格や運動能力の差が目につくようになる。「男の子の場合、背の低さ、身体の小ささが大きなデメリットになるはずだ、そういう功利計算が親である僕らには働いた」内なる優生思想に対して、杉田自身も解決の目処が付いていない。

     一方の立岩は、かつて日本で起こった障害者殺害事件を丹念に掘り返し、この事件を精神医療の問題とすべきではない、と主張。さらに、この事件を取り巻く社会について、社会学の言葉でドライに記述していく。杉田と立岩の思考も必ずしも一致しているわけではない。本書の中で、2人は安易な「正解」には決して飛びつかず、回りくどくても本当の意味でこの事件に迫る道を探しているようだ。

     本書に収録されている立岩との対談の中で、杉田は「悪い方に考えすぎだ、と笑われるかもしれませんが」と前置きしながらこう語る。

    「今回の事件はまだ入口にすぎない気がするんです。あれが最悪と言う感じが少しもしない。これからもっとひどいことが起こる前兆であり、前触れという気がする」

     今後の裁判では次々と新たな事実が明らかにされていくことだろう。杉田の予言めいた言葉が外れるためにも、この事件についてはさまざまな側面から議論がなされなければならない。
     

  • 膨大なこれまでの立岩真也の隙間ない仕事に杉田俊介が応答するような構成。お二人のごまかしのなさが、この事件を考え続けることは本当に複雑で根気のいることだと痛感する。この事件だけを独立して取り上げるのではなく優生思想をめぐる歴史の積み重ね上に眺め、今現実に生きる社会の自分ごととしていきたいと覚悟するための、教科書的な一冊。途中、頭がこんがらがってとっちらかり(立岩さんの文体なのでゆっくり読む必要も)、まとまらないまま本になっているところも感じたのは、読者(自分)の能力不足とは思う。

  • 社会
    犯罪

  • ▼福島大学附属図書館の貸出状況
    https://www.lib.fukushima-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/TB90315587

     2016年7月26日、神奈川県の障害者施設「津久井やまゆり園」で元職員の男性が多くの入所者らを殺傷した通称「相模原事件」は、その行為の残忍さや規模の大きさから国内外で広く注目を集めました。他方で、「障害者は不幸を作ることしかできない」とする被告人の思想が社会の一部から称賛されたのも事実です。また、被告人に精神科入院歴があったことから、事件を防止できなかった医療や司法のシステムを批判する声も上がりました。皆さんの中にも、そういった称賛や批判の声に与した人もいるのではないでしょうか
     しかし、医療や司法に彼の犯罪を未然に防ぐことを求める発想は、被告人が「やまゆり園」の入所者らに抱いた思想とそんなに変わらないものでもあります。また、そもそも、被害者らはなぜ―多くの福大生が抱くであろう「神奈川=都会」のイメージとは大きく様相の異なる土地に建つ―「やまゆり園」で暮らさなければならなかったのでしょう。被告人が言うように、彼らが「不幸を作ることしかできない」人々だからなのでしょうか。
     気鋭の社会学者2名による論稿と対談からなる本書では、「相模原事件」について、精神科医療のあり方、障害者に対する社会の視線や思想、社会の一部の人々が被告人の思想に惹かれる社会的背景など、様々な観点から私たちに多くのことを問いかけます。「地域って、そもそも、ポジティブに何だろうというと、実はよくわからない」という杉田の言葉は、「地域に貢献する大学」を掲げる福島大学で学ぶ皆さんにも重い問いかけであるはずです。

    (推薦者:行政政策学類 高橋 有紀先生)

  • 内なる優生思想か。なるほど多くの人の中には障害者の生きる価値を疑う気持ちが少しはあるかもしれない。この事件そのものを掘り下げるというよりは、現在の社会に漂う、弱いものを排除し、マイノリティーを差別しようとする雰囲気を警告ようなことがかかれていた。でも正直言って生きる価値なんて答えがないんじゃないかと思う。「人生」とは何かに行きつく話はいつ読んでもわからない。答えは自分が生を終える時にみつかるのか?相模原の事に関しては、事件発生のちょうど一年後、これを読んで初めて知ったことも多かった。

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著者プロフィール

立岩 真也(たていわ・しんや):1960年生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。社会学専攻。著書に『私的所有論 第2版』(生活書院)、『弱くある自由へ――自己決定・介護・生死の技術』『造反有理――精神医療現代史へ』『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』(以上、青土社)、『介助の仕事――街で暮らす/を支える』(筑摩書房)、『自由の平等』(岩波書店)、『自閉症連続体の時代』(みすず書房)、『人間の条件――そんなものない』(新曜社)など。共著に『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』『税を直す』『差異と平等――障害とケア/有償と無償』『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』(以上、青土社)、『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』(生活書院)ほか多数。

「2022年 『人命の特別を言わず/言う』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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