ふたりの老女

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制作 : Velma Wallis  亀井 よし子 
  • 草思社 (1995年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794205933

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ふたりの老女の感想・レビュー・書評

  • アラスカの遊動民たちの実際にあった話。寒さの厳しい年の冬。飢えに苦しんだ人々は普段から集団のお荷物になっていたふたりの老女を捨てて旅立つことに。”どうせ死ぬならとことん闘って死んでやろう”と残されたふたりは生きるために知恵を振り絞ります。極寒の地で闘う老女の姿はたくましく、あきらめないことの大切さを教えてくれます。

  • アラスカの先住民(アサパスカ族)の伝承を物語に仕立てたもの。
    過酷な厳冬に口べらしのため姥捨てされた二人の老女が「どうせ死ぬならとことん闘って死んでやろうじゃないか」と決意する話。

    著者はアサパスカ族・グウィッチングループの女性。書いたのは1989年。
    古い時代の伝説だけど、気候や暮らしを知っている人の作品だから、目の前に情景が浮かび上がる。
    もちろん表現力のおかげもある。

    おいていく側の苦しみは、先住民への偏見をあおらないよう後から加筆されたらしい。
    こういう加筆は往々にしてつまらない説明になってしまうものだけど、この本ではここがあるおかげで話の深みがましている。

    訳者も書いてるけど日本の姥捨て山とはずいぶんちがう。
    ふたりの老女、チディヤーグとサは文句たらたらのばあさんズ。
    「捨てる側にも事情があるよね、いいの気にしないでおまえたちは生きなさい、さあなるべく楽に死ねる場所で眠ろう」なんて考えない。
    おいていくといわれて呆然として、まず取り戻した感情は怒り。
    怒りが動くための力をくれる。

    だから初めは、「役立たずは死んでもいい」という価値観に真っ向から抗う話なのだと思った。
    『母よ殺すな』とか『生きさせろ』とか、「弱い立場の人たちの自己評価が非常に低いのを利用してはいけない。 http://booklog.jp/quote/496912とかの。
    もうちょっと読むと、これは自分を力づける話だと思った。
    自分の力をみずからに証す。
    『人生の本舞台』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4915340864にも通じる。


    自信がないとついつい「自信があれば迷わず動けるのに」と思ってしまうけれど、動ける人は自信があるから動いたのではなく、動くことで自信をつみかさねていくんだ。
    人は群れで生きるものだってことを思い出した。



    脳内BGMは『バトルクライ』
    “自分にひとつウソをついた 「まだがんばれる」ってウソをついた
    ところがウソは本当になった 「まだがんばれる」って唄ってた”

    “戦場に赴く戦士に誓いの歌を
    優しさでもいたわりでもなく戦い抜く勇気を”

  • 赤木かん子さんの『今こそ読みたい児童文学100』の中で紹介されていて、気になったので読んでみました。

    「ねえ本当に読んでほしいと思っている?草思社さん。」と赤木さんに言われてしまう、実に地味なタイトルですが、内容はとっても素敵です。北極圏に程近いアラスカに暮らすアラスカ・インディアンの女性によって書かれた、集団内で語り継がれてきた実話だそうです。

    獲物を追って移動しながら狩猟生活をしているグウィッチン族のある集団では、その年は例年になく寒さが厳しくて十分に獲物がとれず、集団生活を維持することが困難になっていました。そこで、リーダーはある決断をします。それは、集団内の二人の老女を置き去りにすること。集団の負担を少しでも軽くするため、普段他の者の世話になっている老人を切り捨てることにしたのです。
    残されることになったのは、80歳の老女チディギヤークと75歳のサ。チディギヤークの娘と孫息子は、内心では反対したかったのですが、集団の決定に逆らうことは出来ず、娘はヘラジカの革の束を、孫息子は狩猟人にとって愛する人より大事とされる武器の斧を残して、老女たちと別れます。

    チディギヤークとサは、悲しみと怒りで胸が一杯になり、絶望して、すぐ傍にある死を受け入れそうになりますが、生きるために精一杯抗うこと、死ぬにしてもとことん闘ってからにしようと決意します。

    「みんなはあたしらのことを老いぼれの役立たずだと思ったんだ。あたしらだって生きるに値するだけのことをしてきたってことを、みんなは忘れてる!だから、いいかい、どうせ死ぬなら、とことん闘って死んでやろうじゃないか、ただ座って死ぬのを待っているんじゃなくて」

    とはいえ、老体には何をするのも大変で、苦痛をともないます。しかし、生きるために、過去の経験をたよりに、さまざまなことを試みます。より良い場所への移動、罠を作っての狩など。
    そして、二人は今までの自分たちのあり方を省みます。

    「ばあさんがふたり。不平ばっかり並べたてて、満足ってことをまったく知らないんだからねえ。やれ、食べるものがないの、やれ、あたしらの若いころはもっとよかったのとね。ほんとは、いまとくらべてよかったことなんて一度もなかったんだよ。とにかく、あたしらは、自分たちのことをとんでもない年寄りだと思っている。あたしらがあんまり長いこと、自分たちはもう無力だ、なんて若い者に思わせるようなことをしてきたから、若い者のほうも、あのふたりはもうこの世の役には立たない、と思い込んでしまったんだよ」

    厳しい冬を乗り切り、巡る季節を生き抜く二人の活躍、そして迎える爽快な結末、是非本書を紐解いてお読みいただきたいです。

    “わたしはこの物語によって、人間がこの世で果たすべきことをする能力には限界などないこと―――年をとったからもうなにもできない、などということはないことを、教えられた。この大きくて複雑な世界に生きるひとりひとりの人間のなかには、驚くべき可能性が息づいている。にもかかわらず、運命のチャンスにめぐりあわないかぎり、隠されたその可能性は、ほとんど生かされないままに終ってしまう。”

    挿絵も入って児童書風ですが、むしろ、老いと向き合わねばならない大人の方がグッとくる内容です。一切子供受けしそうにない地味なタイトル(原作どおりとのこと)は、それ故なのかも。

  • なぜこれが図書館で児童文学の棚に入ったりするのかわからない。子どもにも読めないことはないけれど、寓意に満ちた、どちらかといえば大人向けの本だと思う。
    「あたりまえの女」の生き方を否定して自分の気持ちに従って生きてきたサがいたからこそ、チディギヤークも強くなれた。当たり前の生き方ばかりが価値あるものではない。
    若者に世話してもらうことが当然であり、不平ばかり言っていた老女たちが自活する自信を得てプライドを取り戻すところがよい。
    また集団側もあやまちを認め、彼女たちの個性を尊重するというあたりも。
    年をとると出来なくなったことばかり考えてしまう人に勇気を与える本だと思う。
    これからの高齢化社会における老人の生き方のヒントにもなる。

  • アラスカインディアンの老女が、食料不足のおりに部族の仲間においていかれ、昔の知恵を使って生き延びる。人間の強さが飾らない文章で描かれる。

  • アメリカかどっかの移住民族っぽい一族があって、その一族に見捨てられた老婆2人の放浪記。淡々と、森だかなんだかを、長年の知恵で見事に旅してくみたいな話かなあ。スープつくるときの出しが、リスとかウサギの頭ってことしか覚えてない。

  • 人間は楽をしたくなるもの。普段は自らが持っている潜在能力の、ほんのわずかしか使っていない。危機意識が芽生えたら、想像を超える力を出すことができる。
    どんな困難でも、乗り越えられるということ。

  • アラスカのネイティブの方々の物語です。置いてけぼりにされた老女ふたりが、自身の力で生き抜いていく。これまで年だとちょっと甘えていたけれど、実は思っていたよりもいろいろなことができた。と、ちょっとシビアなのですが、自立していくふたりのおばあちゃんが結構かっこいいのです

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