おすもうさん

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  • 草思社 (2010年8月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794217745

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おすもうさんの感想・レビュー・書評

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  • 相撲ってこんなに高級なんだな…
    こりゃあ現代人は理解出来ないよね。

  • そっかー、そもそもおすもうさんに武士道とか品格とか、全然関係なかったんやーん。

  • 報道を聞いてもよく分からない相撲の世界。紹介されて読んだ。

    今年読んだ本の中では(まだ2ヶ月しか経ってないけど)抜群に面白かった。すばらしいドキュメンタリーだ。

    「ナンバー」史観、(あるいは金子史観?)に最近食傷気味である。20年前はあれで魂が震え感動したのだが、ああもくどくどスポーツにストーリーや感動を詰め込まれると、ちょっとうんざりしてしまうので、最近はナンバーを全然読まなくなってしまった。そういったナンバー史観とは全く関係のない本である。もっとも、本書を読むと相撲をスポーツにカテゴライズするのは、はばかられてしまうが。

    相撲が国技となったのも、今のシステムを作ったのも、みんな成り行き、その場の事情。八百長という概念すら、我々の知る「八百長」と捉えるのはどうかなあ、と感じてしまった。少なくとも相撲は、僕らの住んでいる世界や、他のスポーツの世界観とは全全戸となる世界観を持っている。

    ある社会を観察するとき、自分の社会の通念を無理に当てはめるとうまくいかないのは人類学の教えるところである。相撲に通俗的な「国技」「八百長」「品格」を求めても、意味がないことがよく分かった。

    それにしても、横綱審議委員会ってもう止めてもよいのでは?

  • 相撲はゆるくてテキトー。親方も力士も行司さんも、いわれも何もかもが曖昧模糊としており、筆者の高橋さんと相撲界を旅すると、不思議の国に来たようであるが、日本ってのもそもそも曖昧なのでそのまま縮図のようでもある。ただそれは心地良いもの。鶴竜が不甲斐なくても怒ることはないんだな。。。高砂親方のモンゴルでの名言からのまれびと発想、「圧があれば食べられる」などが心に残った。

  • 高橋秀実にかかると伝統の国技ですら、全ての意味が崩壊し曖昧の海に沈んでいく。
    国技館と命名したから国技になり、神様の数も増えたり減ったり、曖昧の日本の私に相応しい国技の姿を見事にあぶり出しております。

  • 例によって、すごく困った気持ちにさせる高橋秀実さんの一冊。これを読むと「古いしきたりの中で連日の猛稽古に堪えて刻苦勉励してる」っていうおすもうさんのイメージが、どんどん揺らいでくる。とことん現場の感覚にこだわる著者ならでは。

    相撲に限らず、「伝統」が麗々しく持ち出されるときには、眉にたっぷりつばをつけなくちゃいけないんだよね。

  •  最近、超進学校・開成高校野球部の常識外れのセオリーを取材した『弱くても勝てます』がベストセラーになっている。同書を面白いと思った人に特にオススメしたいのが本書です。相撲の世界を取材し、身もフタもない…もとい、透徹した視点で描き出される、相撲界のルポルタージュ。それが本書です。

     体育で武道が必修となり、保守政党である自民党が衆議院で多数の議席を獲得した昨今、日本文化や伝統を大切にせよという声は強くなっているのかもしれません。
     日本の文化・伝統を見直し、それを大事にしていくことは誠に結構だとは思うのですが、「相撲は日本の国技だ!」「相撲道は日本の文化・伝統である!」と息巻かれると、それには違和感を覚えてしまいます。
     確かに、相撲は日本の文化・伝統であり、相撲に裏打ちされる日本人の気質というのはあると私も思います。が、それは多分に「ゆるふん」気質だと思うのです…

     本書を読んで唖然→爆笑したのが、相撲業界全体の流され気質。非常に言葉は悪いですが、主体性のないデブが周囲に流されていく内にいつの間にか相撲取りになっていた…そんな感じです。
     神棚や御幣など、著者が相撲にまつわるアイテムの故事来歴を一々聞くのですが、当の力士達は「そういうことになっているからそうしている」というだけ。別にそのことで相撲関係者を責めようとは思いません(「型の継承」も立派に意味がありますから)。むしろ、『徒然草』の狛犬の話のように、上っ面だけ見て相撲に日本文化・伝統を見出しているインテリの底の浅さを露呈させるエピソード…というのは意地悪い見方でしょうか?

     「相撲は日本の国技」というのも、両国の相撲施設を「国技館」と名付けたから。当時は「相撲如きが国技を名乗るとは何事だ!」という批判もあったとか。確かに、江戸時代の力士の身分というのは役者や芸者に近く、そう高いものではなかったことからしても、この批判の方が日本の文化・伝統にてらせば妥当なのかも知れません。

     戦前は合計十二柱の神が祀ってあったのに、戦後GHQによって三柱まで減らされた! というエピソードも、実際は「アメリカ人にアレが何の神様か一々説明するのがめんどくさい。なら思い切って説明できる三柱まで減らしてしまえ!」という、何だかなぁ…な事情によるものだった、など、相撲界の本来持つ「ゆるふん」で「呑気」な気質をあらわすエピソードには事欠きません。

     個人的に一番好きなのは、呼び出しと床山さんのエピソード。二人の少年が、なぜ二人が呼び出しと床山に分かれたのか…その真相は本書でお確かめ下さい。


     本書を上梓した後、相撲界で八百長問題が浮上し、その際著者は本書のような体質を語ったところ、ボロカスに批判されたそうですが(『結論はまた来週』参照)、著者が気の毒でなりませんでした。自戒も込めて言うと、我々が昔からの文化・伝統だと思っていることが、いかに歴史の浅い観念に過ぎないか、疑ってかかる必要があります。
     ちなみに、八百長を減らしたかったら、『ヤバい経済学』にあるように、7勝7敗同士に取り組みをさせれば良いのです。全部とは言いませんが、それだけで相当程度の八百長は減らせるでしょう。ガチ相撲を望むなら、そういう仕組みを作る方が合理的です。

     散々書いてきて何ですが、私は相撲界のこういう気質、嫌いじゃないです。底抜けの呑気さや人の良さって、それこそ日本人の憎めない気質の一つだと思いますから。

  • 「お相撲さん」でも「関取」でも「横綱」でもなく、「おすもうさん」という仮名のタイトルに、この本の特徴が詰まっているように思います。

    人はどうして「おすもうさん」になり、どうして「おすもうさん」でいるのか。何故、すもうは「国技」とされるのか。

    そんな素朴な疑問に柔らかく答えてくれる一冊です。

    内田樹さんは相撲について、「お相撲さんとは、ある程度の身体的能力があれば誰でもなれるものであり、そこにこそ相撲が長く続いてきた秘訣がある」というようなことを言われていますが、これもまた「伝統」に対する卓見であると思います。

  • 知っているようで知らなかった相撲の世界が垣間見られます。
    「えっ!?」「そうだったの?」が満載です。九州場所前にどうぞ!
    【九州大学】ペンネーム:りん

  • すっごい勝負の世界もあるのも分かってるけど、お相撲さんって、めっちゃ緩いんや。しきたりとか訳が分からなくてもずうっと続けてたら伝統になるんや。相撲って「国技」でもなく「なんとか道」でもなく、「品格」すら関係のないもんやってことが分かりました。逆にこんなに緩かったから続いてこれたんかな?改めて考えると凄い知恵なんかもしれん。

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おすもうさんの作品紹介

そもそも「相撲」って何なんだ?スポーツではなく、いわゆる格闘技ともちがう。力士や親方たちに話を聞き、文献を調べ、歴史をひもとくと、じつはのん気でゆるやかな摩訶不思議な世界だった。

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