階級「断絶」社会アメリカ: 新上流と新下流の出現

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制作 : 橘明美 
  • 草思社 (2013年2月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (558ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794219589

階級「断絶」社会アメリカ: 新上流と新下流の出現の感想・レビュー・書評

  • 1963以降、新上流階級と新下層階級に分離、居住地も生き方も行動規範も異なる。交流もなくなってきている。アメリカを動かしている新上流階級が新下層階級と接触せずに大人になるのは問題。

    ここ50年ほどの間の大きな流れ、意識や習慣の悪化。上層と下層とで考え方も行動も違っていること。同じひとつのイメージだったのですが、二つだったのか、なるほど、という感じです。

  • ”アメリカ人が建国の美徳を失い階級分裂が進む姿”を統計データを元に描き出す。
    筆者によって取りまとめられた統計データを中心にアメリカの階級分化を説明しているが、統計といっても決して無味乾燥な本ではない。
    むしろ、データの料理の仕方といい、こなれた翻訳といい、極めて面白く読めた。

    著者は、1963年ごろまでのアメリカは、教育や流通といったサービス産業の多様化が進んでおらず、また富裕層の集住が進んでいなかった。このため、アメリカ人は大体同じような生活をしていて、昔ながらの道徳観も大事にしていた。
    しかし、JFKが暗殺された1963年ごろを境に、二つの新しい階級がうまれ、アメリカは均質な世界ではなくなっていったとしている。

    一つは、あたらしい上流階級で、元々多い収入は収入は増加の一途をたどっている。
    金持ち用の教育を受け、アイビーリーグやセブンシスターズなどのエリート校に進学し、高給取りの職業に就き、金持ち用の高級住宅街に住み、同じような金持ちと近所づきあいをする。
    彼らは選別と高い教育を受け、エスタブリッシュメントの家庭に育っているから真面目で、貧乏人よりも家族を大事にする。おしゃれな健康食とワインを好み、テレビは見ない。比較的マメに教会にも通う。
    政治傾向は所得の再配分にも肯定的なリベラル派だ。
    筆者は、一見いかにもアメリカらしい大衆文化を嫌悪する上流階級の生活を面白く描いて見せる。
    村上春樹が、アメリカの大学教授はバドワイザーなんかバカにして絶対飲まない、と昔書いていたのを思い出すスノッブぶりは面白い。

    さらにもう一つは、あたらしい下流階級で、収入の変化は低めなものの変化はゆるやか。
    しかしその生活は、過去おなじような収入を得ていた健全なブルーカラーとは大きく異なっている。
    筆者がアメリカの根幹と考える勤勉さ、コミュニティへの奉仕、家庭生活、信仰、といった美徳を失っているとしている。
    離婚や、結婚を伴わない若年女性の出産による家庭生活の崩壊は見るに堪えないグラフになっている。
    労働意欲も低下していて、労働不能を(おそらく偽装して)生活保護を受給する人がどんどん増えている。
    筆者は、連邦政府だけでも所得移転のために1・5兆ドルも浪費していて一向にこの状況が回復しないのは、モラルの問題で、下層階級はアメリカ人としての美徳を失った結果、不幸せな生活を送り、社会福祉を食いつぶしていると指摘している。

    なるほど、そうなのかもしれない。

    なんだかんだ言って筆者もまた上流階級なので、下層階級の気持ちに迫っているかというと、微妙な気もする。
    ピルの普及や、労働者階級が黒人やチンピラ文化を真似るようになったことだけがモラルの崩壊をもたらしたのだろうか。
    個人商店などのスモールビジネスがチェーン店やeコマースに取って代わられ、熟練した手作業を必要とする工場はアジアに移転してしまい、アメリカの労働階級の仕事からやりがいは失われていないだろうか。
    念のために付け加えると、筆者は上流経営層が不当な高給を取っていることも一応批判している。
    あと、建国の美徳を重視するところが親学・日本会議界隈と似ているなと思った。

    ただ、そういったこととはどうあれ、アメリカの階級分化が進んでいるという事実そのものは、正しいと言えるのではないだろうか。

    さて、この事象は、日本と関係があるのだろうか?
    階級分裂のルーツの一つが学歴による選別なので、いずれ日本でも発生する現象かもしれない。
    知能は高学歴高知能同士の結婚と出産によって上流階級に蓄積されていき、サービスの多様化は階級の間で生活スタイルを断絶させ、同じ国なのにまったく違う生活を送る人々の集団ができてしまう。
    細かい要素は日本と異なりこそすれ、これは日本でも起きる事なんじゃないだろうか。

  • 1960年代以降にアメリカで起こった価値観レベルでの階級分断について書かれた極めて刺激的な本です。

    1960年頃までは、白人社会においては格差は見られたものの、余暇の種類や質等にも極端な違いはなかったものの、認知能力がパフォーマンスを発揮する仕事の普及と認知能力を効果的に振り分ける大学進学の普及により、認知能力の高い人同士が集まり、コミュニティや地域を形成し、認知能力の高い人同士が結婚し子どもを産み二世三世が出てくるといった過程で、「新上流階級」がその他の人々から分離することとなった。そうして分断された新上流階級と新下流階級においては、アメリカ建国以来の美徳と考えられてきた、結婚・勤勉・正直・信仰に対する態度に乖離が生じている。一般的なイメージと異なり、データが示すのは、これらの美徳を維持しているのは新上流階級の方である。幸福を得られる領域は、家族・仕事・コミュニティ・信仰の4つのみであり、これは先述の美徳によるものであり、結果として新上流階級における幸福は維持されている一方で新下流階級においては減じられている。しかも分析対象をを白人だけでなくアメリカ全国民(の壮年)に拡張しても、その構図は変わらず、すなわちアメリカで起こっているのはもはや人種による分断ではなく階級による分断であるということになる。そして新上流階級の行動規範は「いい人であれ」という漠然とした命令でしかなく(これを著者は「普遍的優しさの掟」と呼ぶ)、新上流階級は自らの価値観を広めることを避けるため、本来支配的少数派として行動規範が社会の基準になるべきであるところ、その役割が果たされない。

    以上のことはデータを分析した客観的事実として提示していますが、最終章ではリベラリストとしての主張を展開しています(むしろ前章まではこの主張を展開するためのお膳立てであると言えます)。そもそも幸福を得られる領域が4つしかないという前提は、すなわち、家族に、仕事に、社会に対して責任感を持つことそのものからこそ幸福が得られるという考えに依拠しています。そのため、西欧的な福祉国家政策はこのような責任感を毀損するものであり、アメリカ的な精神にそぐわないばかりか一般的にも国家の崩壊を招くと痛烈に批判しています。これについては読者の政治信条により意見が分かれるところでしょうが、無視できない白熱する議論のテーマとなります。

    最終章以外と最終章は違う頭で読むべきでしょう。そして翻って日本についても個人主義と福祉国家志向が入り混じった社会であって、新上流階級社会的な価値観を持つコミュニティも、新下流社会的なそれも、日本なりの変化した形となって存在しているように見受けられます。本書の中にある「一般のアメリカ人が新上流階級を知らないことより、新上流階級が一般のアメリカ人を知らないことの方が危険だからだ」という一節は、正に日本においても存在する危険であると言えます。

  • 建国の理想とえげつない現実のギャップ・・・。アジア系の人が準白人のステータスを獲得していることは感無量です。

  • 上流階級と下流階級で同じ国なのに文化が分かち合えず、交流もないまま上流階級だけで政治やらもろもろが決定していく…問題です。日本でもそういう面、出てきていると思うのでどうすればよいのか、と思いながら読んでいましたがそこは自分で考えないといけないようです。データ解析等裏付けはしっかりしていると思いましたが著者自身が上流階級でそれを良しとしており、下流階級に対し目線がやや冷ややかかなと。分かっていても断絶の解消は困難なのですね。

  • 私はリバタリアン(自由至上主義者)ではないので、本書の結論は支持しないが、米国では上流階級と下流階級に経済格差があるだけではなく、結婚、勤勉、正直、信仰といった倫理観、価値観にかかわる部分で差が広がっているという指摘について興味深く読んだ。上流階級は著者がスーパージップ(所得と学歴を組み合わせて点数化しその上位5%に含まれる人々が住む地域)と名づけた高級住宅地に集中して住むようになってきており、さらにその周囲はそれに次ぐ人達が住む、下流階級からは隔絶された地域となっており、このため米国で指導的立場にある上流階級の人達が倫理観・価値観が変化した下流階級の人達の世界を知らなくなっているという指摘も興味深い。
    日本でも中流階級が崩壊しつつあると言われており、本書で指摘されている上流階級と下流階級の断絶が進んでいるのではないかと思われ、そういう意味でも注目すべき本だと思う。
    ただ、第1章の章題が「わたしたちのような人々」で、恥ずかしげもなく上流階級の話が書き連ねられている点に驚いたし、上流階級が建国の美徳を保持しているが、下流階級はこれを失いつつあり、下流階級にこの美徳を取り戻させることが、米国が例外的な(原文を読んでいないのではっきりしないが、exceptionalの訳だとすると、そこには非常に優れたという含意がある)国家であり続けるために必要だなんていう結論も鼻持ちならない。

  •  本書の内容を訳者あとがきからまとめると、以下のようになる。
    =============================
     アメリカが人種ではなく階級によって分裂しかけている
     しかもそこに生じた格差が従来いわれてきたような経済格差である以上に、文化格差であり、今ではアメリカ国内に文化的に異なる二つの国民がいるような状態になっている
     エリート層がアメリカの伝統的美徳を維持している一方で、労働者階級はそれを失いつつある
     この半世紀の間のあいだに、「結婚しない、働かない、コミュニティに参加しない、教会に行かない」人々が白人労働者階級に急増している
    =============================
     ふたつの人種は、別々のところに住み、混じり合わない。
     エリート層がよく働き、幸せな結婚をし、子どもを育てているのに対して、労働者階級の男はより少なく働き、増えた余暇の時間をもっぱら「ぶらぶら」したりテレビを見て過ごす。
     
     著者は、ヨーロッパ型福祉社会と、アメリカ建国以来のモデル(勤勉と自助と信仰にもとづくもの)を比較して、後者のほうに価値があると考えている。そして、エリートでさえ見せかけであり、本当のアメリカン・プロジェクトを体現していると言えなくなることを危惧している。
     こえを鼻持ちならないアメリカ中心主義と考えるか、アメリカ人ならではの理想主義と見るかは、読み手によるだろう。
     あいだにある「あなたのエリート・バブル度は?」といったテストや、上流階級と下層階級を2つの街に代表させるといったわかりやすい説明方法は、読んでいておもしろかった。刺激的、といえる1冊。

     

  • C.マレー『階級「断絶」社会アメリカ』草思社、読了。従来米国社会は「退廃的な一部エリートと、家族や信仰を大事に生きる健全な庶民」という構図で認識されたが、本書は変容を指摘する。曰く「エリート層がアメリカの伝統的美徳を維持している一方で、労働者階級はそれを失いつつある」。

    本書はアメリカの分断を分析した一冊だが、通俗的な認識を退ける。人種や経済格差以上に著者が注目するのは「文化的格差」の拡大と「働かない、結婚しない、コミュニティに参加しない、教会にいかない」白人労働者階級の急増。著者は両者を批判。

    経済格差は建国以来存在するが、多様な人種と文化は、合衆国憲法の理念(=建国の美徳 勤勉、正直、結婚、信仰)を共有することでアメリカを動かしていた。しかし現在は、旧世界的文化格差主義的歪なエリートが舵取りをし、労働者の倫理も根こぎへ

    リバタリアンの論客で保守派を自認する著者に、回帰主義が見え隠れするのは事実だし、過去の伝統を持ち上げる楽天さには疑義もある。しかし、エリートの意義と、金銭だけでない社会資本の分断が何をもたらすのか。本書のレポートは重い。

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階級「断絶」社会アメリカ: 新上流と新下流の出現の作品紹介

経済力だけでなく、倫理観、価値観においても圧倒的な「階級格差」が生まれてしまったアメリカの現状を、リバタリアンの論客が詳細に分析した一冊。従来とはまったく異なる階層の存在を指摘し、二つの階級の断絶が社会を崩壊させると警鐘をならす。福祉の充実ではなく、かつてのアメリカ人が持っていた価値観の再建こそが重要と主張して全米で大論争を巻き起こした話題の書。

階級「断絶」社会アメリカ: 新上流と新下流の出現はこんな本です

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