目撃者

  • 草思社
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感想 : 6
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  • Amazon.co.jp ・本 (335ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794219763

感想・レビュー・書評

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  • ユダヤ人亡命作家が1938年に書いた、生のヒトラーを捉えた遺作。

    本書の最大の特徴は、ヒトラーの身に起こった歴史的事実をもとに、ヒトラーが政権にある時に書かれたということに尽きる。
    その事実とは以下の通り。
    第一次大戦中、ヒトラーは戦闘のなかでヒステリー性の失明と不眠を患い野戦病院に搬送された。催眠療法で失明は回復したが、それだけでなく、その時担当した医師は彼を社会復帰させるために「自分はドイツを救うメシアである」という認識をも刷り込んだ。
    そう、独裁者ヒトラー誕生に一役買った医師がいたのである。
    そして本書は、その治療を担当した精神科医が残したカルテをもとに、同じく医者として野戦病院に勤めた経験のある著者が、医師を主人公として書いた小説なのである。
    これだけでも本書はとても興味深い一冊であることは疑いない。

    とはいえ本書の主人公はあくまでもヒトラーではなく、第一次世界大戦からナチスが政権を握り、第二次世界大戦に突入していく時代を生きた、一人のユダヤ人医師の孤独と挫折の書なのである。

    善きものを追求し、良かれと思って行うことのことごとくが裏目に出、孤独を深め、業を背負っていく主人公の姿はなかなかに壮絶である。
    ヒトラーを治療し、独裁者を生み出す一翼を担ってしまった挙句、そのヒトラーから過去の汚点を抹消するために命を狙われる・・・というのが最たるものか。
    ここまで見事に恵まれていない主人公もなかなかない。
    その度に失意に襲われるが、それでもしばらくすると自分に邪心があったから不幸が起ったのだと割り切り、勇気を奮い起こしてまた新たな一歩を刻む主人公の姿は、どうしても最後まで見届けたくなる力を持っている。

    戦争で心に負った傷を、狂信者になることで乗り越えようとしたヒトラーと、愛や家庭での平穏をもって乗り越えようとした主人公の姿は対照的ではあるが、(恐らくは)二人ともどうしてもその傷を乗り越えられない。
    そんな「生きる」ということを探究した本でもあるように思う。

    きらめくようなキャラクターや度肝を抜かれるストーリー展開があるわけではないが、一読の価値ある小説かと。

  • エルンスト・ヴァイス『目撃者』草思社、読了。日本ではなじみが薄いが20世紀ドイツ文学に最重要の位置を占めるヴァイス、待望の邦訳。モラビア出身のユダヤ人精神科医にしてカフカの友人は、ナチズム勃興期の市民生活の息吹を「目撃者」の如くありありと浮かび上がらせる。

     http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_1976.html


    著者は19世紀後半からヒトラー政権成立に至るドイツの歴史を、市民生活の実相…それは政治的無関心とその対極の熱狂…として描き出した。本書は小説だが、著者は虚構を借りて真実を伝えようと試みる。40年、ベンヤミンより3カ月早く彼はパリで自殺する。


    ヒトラー政権誕生とレイシズムは切っても切り放すことは不可能だが、熱狂的に待望した民衆は、経済的安定を強いリーダーに求めたことも事実だ。フロイトの手法を熟知した著者ならでは、そのリアルな叙述は、過去のものとは思えない。

     http://soshisha.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-224d.html 

    「第二次世界大戦へとひた走る危機の時代、その時代の気配を濃密に味わうことのできる一冊」。 読者は読み終えて戦慄するであろう。80年前の危機が現在進行形として伴走することを。

著者プロフィール

両大戦間期にドイツで活躍したユダヤ系作家。カフカ、シュテファン・ツヴァイクとの交流でも知られる。1882 年、モラヴィアに生まれ、外科医として働いた後、ワイマール期のベルリンで執筆活動に入る。ナチス政権の成立後、パリに亡命。1940 年、ドイツ軍のパリ侵攻の日に自殺。作品に『ガレー船』『鎖につながれた獣たち』『神明裁判』などがある。

「2013年 『目撃者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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