日米衝突の萌芽 1898-1918

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著者 : 渡辺惣樹
  • 草思社 (2013年6月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (564ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794219862

日米衝突の萌芽 1898-1918の感想・レビュー・書評

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  • 今から100年前の大事件と言えば第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件だがその影でアメリカの軍事上の決定に大きな影響を与える10年がかりのプロジェクトが完成した。パナマ運河の開通だ。マハンの海軍戦略を信奉するルーズベルト大統領は親日家でもありながら、勢力を増す日本の潜在的な脅威を感じており、日露戦争後は日英同盟の影のパートナーとなり衝突を避けながらも日本を仮想敵国としたオレンジプランを作成していた。太平洋と大西洋の二正面作戦は避けるべきだが艦船を自由に移動できるパナマ運河がアメリカの防衛の鍵となっていた。

    1898年米西戦争に勝ったアメリカはフィリピン、グアム、プエルトリコを獲得しさらにキューバを保護国化し同時にハワイを併合している。キューバで義勇兵を指揮し一躍英雄になったのがルーズベルトだ。フィリピンはアメリカの利益としてはそう大きくないが満州権益の前線基地であるとともに太平洋制海権におけるハワイの重要性を喧伝するには絶好の材料でもあった。西部開拓の西の果て、またフィリピン人の自治はまだ無理でアメリカには後進国を指導する義務があるなどまあ余計なお世話でもあり、アメリカ建国の精神からは反することながらアメリカはフィリピンを保護下に置くことに決めた。台湾を領有する日本が南進すると当時のアメリカ海軍ではフィリピンでは支えきれず、大西洋艦隊をマゼラン海峡周りで派遣するころにはフィリピンは陥落している。そこでルーズベルトの戦略はパナマ運河を開通するまで日本とは争わないというものだった。この時フィリピンの民政局長として啓蒙をすすめていたタフトは1904年にルーズベルトにより陸軍長官に抜擢され1905年には桂首相との密約で日本が朝鮮を支配するのを認める代わりにフィリピンには手を出さないという密約を結んでいる。タフトはルーズベルトの後をついで大統領に就任することになるが本人は中国びいきだった様だ。

    当時の同盟関係と言えばイギリスは大陸の最強国家を牽制し、ロシアに対しては日英同盟を組む。ロシアとフランスは良好な関係でドイツはできればアメリカと組み大西洋の出口を押さえるイギリスに対抗したい。英米も元々関係はよくないが接近中で中国は列強の草狩り場、日本に対しては警戒しながらもイギリス以外も比較的良好な関係であった。ドイツは日英関係を離反させできれば日本を取り込み英米の意識を日本に向けさせながらヨーロッパで優位に立とうとしている。ただ当時のドイツの工作はほぼ空振りに終わった様だ、世界規模の合従連衡がくり拡げられていた。

    1904年日露戦争開戦時のころの海軍力ではイギリス、ドイツ、ロシアの順でアメリカは6位その後の建艦競争で1922年のワシントンの頃にはアメリカ、イギリス、日本が世界三大海軍と呼ばれる規模になっている。第一次世界大戦では日本は太平洋ではアメリカに変わってドイツの商船破壊に対する護衛を引き受けインド洋のシーレーンから最終的には地中海でUボートからの護衛まで引き受けている。またまだ日本との衝突を避けたいアメリカはミクロネシアのドイツ領のうち赤道以北については日本が領有することに文句を言わなかった。元々怖れていたフィリピンへの日本侵攻についてのシーレーン防衛が手薄くなるのも覚悟の上だがそれよりも日独相手の二正面作戦を避けドイツをたたいたあとゆっくり太平洋での優位を確立すると言うのがアメリカの戦略だった様だ。

    日露戦争で勝った日本は賠償金の少なさに腹を立てた民衆が日比谷焼き討ち事件を起こし戦争継続を求めていて、この空気が第二次大戦まで後を引くことになる。よく軍部が戦争に突き進みそれを止められなかったという様なことを信じている人がいる様だが新聞が煽ったこともあり当時の民衆はもっと好戦的だったようだ。これにはアメリカで進む日系移民の排斥の影響も大きいのだろう。この事件がきっかけで桂内閣は退陣し桂・タフト密約は事実上チャラになっている。

    アメリカでも排日運動を主導する源泉となったのは一般の労働者だった。中国の苦力や日本移民が安い給料で働くため仕事を奪われた労働者の日本人への反感が高まっており、一部の新聞もこれを煽っていた。日英同盟も例えばアイルランド系移民労働者からすれば敵国同士の同盟の様なものだ。当時は白人優位主義者が幅を利かせており、アジア人の日本がいくら力をつけても同列にみることはなく、反感を募らせている。1916年の大統領選では大票田のカリフォルニアで共和党のハイラム・ジョンソンの裏切りがあり、わずか3773票差で民主党が勝利しこの州の13票差によってウッドロー・ウィルソンが大統領に選ばれた。ジョンソンは1913年外国人土地所有禁止法を成立させたカリフォルニア知事から上院議員になっており、反日感情は無視できない勢力を生んでいた。ルーズベルトはカリフォルニアの排日運動を日本の反米感情を煽る危険な活動と不安材料とみており、日本に対しては敬意と警戒の両方を持っていたが跡を継ぐ二人の大統領は警戒から敵意に傾いている様だ。

    タフトの中国びいきに関しては元奉天総領事のウィラード・ストレイトが大きく影響を与えている。ストレイトは特派員をへて得意の中国語で清朝高官との関係を築きルーズベルトの娘アリスの朝鮮訪問や新婚旅行をアテンドして政権内部にも食い込んだ。彼はまたアメリカの鉄道王ハリマンとも関係が深く南満州鉄道のアメリカによる買収や武漢〜広州鉄道建設計画にも関わった人物だ。ストレイトは桂・タフト密約はまだ知らず朝鮮に進出する日本をアメリカが朝鮮側に立って交渉しないことに道義的な責任を感じていた様だ。ただ朝鮮王朝に対しては冷めた見方で「朝鮮はことあるごとに二枚舌を用いた。」日露戦争では「講和の成功を祝う特使をミカドに送る一方で、アメリカだけでなくヨーロッパにも半ダース以上の特使を送り込み、日本がひどいことをやっていると訴えていた」と書き残している。日露戦争の戦時公債を引き受け、南満州鉄道を日本との共同経営を持ちかけたハリマンとの協定を小村寿太郎の外交で反古にされたことがストレイトが反日に傾いた原因の様だ。それでも諦めないハリマンはロシアのココフツォフ蔵相と伊藤博文との満州鉄道問題を扱う会談を設定し一縷の望みをつなぐが1909年9月10日健康を害し亡くなり、10月26日にはハルピンに赴いた伊藤が安重根により暗殺された。満州の権益を日米で分け合うという折衷案はここで途絶えた。

    この本では詳しく書かれていないオレンジプランは何度か作り直されているようだが日本だけを仮想敵国としていたわけではなく第一次大戦後にはオレンジが残った。パナマの防衛とハワイから飛び石伝いの日本攻略、グアムとフィリピンンについては一時期被占領を許すなど実際の大戦に近い計画が作られている。ただ計画時は艦隊決戦を考えていて空母機動艦隊中心ではなかった様だ。

    この本の作者の渡辺氏は歴史学者ではなくカナダで貿易商を営む個人歴史研究家だがよくここまでまとめたものだ。時系列ではなくいろいろな出来事の流れに沿って章ごとに書かれているので時間的な関係を把握するのがやや難儀だが逆に個々の関係は把握しやすい。日本のことはあまり書かれておらず、外交努力で日米関係を維持しようとしているだけなところは少しひいき目の気もする。

  • J・ダワーの『容赦なき戦争』で語られていたように、アメリカは日本と戦争をするずっと前から日本人を含む有色人種を差別していたことを、この書を読んで再確認しました。作者自身”おわりに”でこのように要約しています。「アメリカ人の対日本観は、日本の対支那外交への不快感と、日本人移民への反感という二つのファクターに歪められました。この二大要因に、オレンジ計画を練っていた海軍の思惑、支那市場に対してオープンドア政策を主張してきた米産業界や金融界、あるいは支那で活躍していた日本嫌いの宣教師の感情が重なりました。その結果、日本の実像とは似ても似つかない醜い虚像が彼らの心の銀幕に映し出されていたのです。投影されたその姿をさらに醜悪にしたのが、ドイツ外交(米日離反政策)だったのです。」改めてドイツの悪行を思い知りました。

  • 「日米衝突の根源」の続編で、
    第一次世界大戦までの20年間を
    米国の対日政策を中心に描く。

    内容は前作にかぶる部分も多く、
    前作ほどの目新しさは感じなかった他、
    やけに日本側を庇うような論調を行間より受けた。
    一方で、ドイツの外交政策やルーズベルトの選挙戦、
    ウィルソンの人柄については興味深く読むことができた。
    特に第一次世界大戦におけるドイツの終戦工作は
    太平洋戦争における日本のそれと比較する意味で、
    面白い。

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日米衝突の萌芽 1898-1918の作品紹介

日露戦争に勝利し、世界第3位の海軍力をもつ日本は、第一次大戦にいたる米英独のせめぎ合いを左右するキャスティングボートを握った――日本近現代史〝空白期〟ともいうべき大正期日本の〝立ち位置〟を、アメリカの最新史料をもとに俯瞰し、やがて起きる日米開戦の真因に迫った斬新な歴史読み物! 英米史料から明治期における日米関係を読み解き、高評価を得た『日米衝突の根源1858―1908』の続編。

日米衝突の萌芽 1898-1918はこんな本です

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