- Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
- / ISBN・EAN: 9784794810526
作品紹介・あらすじ
太平洋戦争末期の一九四五年五月二三日早朝、福岡の大刀洗【たちあらい】陸軍飛行場で、二日後に出撃を控えた特攻機が炎上する事件が起きた。特攻機の名は「さくら弾機」。まもなく陸軍飛行第六二戦隊所属の通信士・山本辰雄伍長が、放火犯として憲兵隊に逮捕された。彼は朝鮮半島出身の学徒兵(氏名は創氏改名によるもの)だった。
「さくら弾機」とは特攻専用の爆撃機で、重さ約三トンの巨大な対艦炸薬を搭載するため、機体上部が瘤のように盛り上がった奇妙な形をしていた。米国空母に徹底的に苦しめられていた日本軍は、もはや強力な爆弾による特攻で空母を沈める以外に道はないと信じた。さくら弾機はその最後の切り札であり、その存在は最高機密とされた。
それが破壊され、現場は大混乱に陥った。山本伍長は一度は容疑を認めたものの、後日過失を主張。しかし軍法会議で死刑を言い渡され、終戦六日前の八月九日朝、長崎に原爆が落とされる直前の時刻に福岡市郊外で銃殺刑に処されている。
判決の経緯に不審を抱いた私は、山本伍長を知る人々に話を聞き、調査を進めた。やがてこれは出自差別による冤罪だったのではという疑いを強めた。山本伍長の本名や遺族の行方はわからずじまいだったが、放火事件の概略はほぼ明らかにすることができた(拙著『重爆特攻さくら弾機』東方出版、二〇〇五年)。
しかし、その後も関係者と交流を続けるなかで、事件の別の側面に光を当てるような思いがけない証言を聞くことがあった。右の著作には収めきれなかった証言も含め、当事者たちの生の声を残しておかねばと思い、一八名の取材対象者ごとにできるだけ正確に話を記録したのが本書である。
敗戦から七〇年余が経ち、当時を知る人々の数は減り続けている。あろうことかあの戦争を美化し、朝鮮半島出身の人々をあからさまに差別する動きさえある。日本が再び過ちを犯しかけているように見えるいま、一人でも多くの人にこの事件の真相を知ってもらい、差別に抗う勇気を持ってもらえればと願う。(はやし・えいだい)