花森安治の編集室

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著者 : 唐沢平吉
  • 晶文社 (1997年9月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794963222

花森安治の編集室の感想・レビュー・書評

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  • とと姉ちゃんほぼ全部欠かさず見たけど結局ドラマとしてはふつーだった。暮しの手帖と花森安治の話じゃなかったら途中でやめてたと思う。期待したほど暮しの手帖らしさも花森らしさもなく、消化不良なところが残ったまま読んだこの本は、花森安治が亡くなる前の暮しの手帖編集部で数年間働いた人の思い出話。さすが暮しの手帖の編集部員だけあって観察眼も文章も素晴らしい。内弟子から見ると、花森は職人の棟梁だったんだということがよくわかった。酒井寛「花森安治の仕事」のほうが全体像はつかみやすかったが、この本でいちばんよかったのは、昭和の名編集者(扇谷正造、池島信平と花森とで3大ジャーナリストと言われたらしい)や業界の人たちによる数々の言葉。味わい深いし含蓄あった。昭和の雑誌華やかで骨太だった頃。

  • 会社を逃げるように辞めてしまったのにこの本を書ける強心臓に驚く。ところどころ、的外れに感じる余計な雑感があり気になった。

  • 強烈な個性の持ち主だっただけに、その影響も強烈だったようだ。著者は編集部で花森の元で働いていたが、花森の死後うつ病になられて現場を離れることになったとある。難しいもんだ。

  • 小学生のとき、何度も繰り返して読んだ「暮らしの手帖」。繰り返して読むことに耐えうる雑誌だった。そして今でもその内容が思い出せるほど。その編集室、そして編集長はどのようであったか。あの雑誌を継続させていた力は花森安治にあるということは、なんとなく感じてはいたものの、こんなに強烈な牽引力であったとは。きっと、そばにいるのは大変だろうなぁと思いつつ、花森安治という人や当時の「暮らしの手帖」の編集室の情景をもっと知っておきたいと思わされた。

  • <凄い職人がいた>
    暮しの手帖は変わった雑誌だ。母親が購読していた記憶がある。あったかくて、とても洒落たデザインが子供心にも印象的だった。広告収入に一切頼らず、購読収入だけで、メーカーに対する中立性を維持しながら、商品テストを続けた、極めて稀有な雑誌である。その変わった雑誌を昭和23年に創刊してから、昭和53年に亡くなるまで、その現場でこの雑誌の編集を指揮した天才編集長の花森安治のもとで、編集メンバーだった筆者による、天才の仕事の息遣いを伝える好著だ。こういう本の本を出させたら、やはり晶文社だなあと思わせるものがあった。


    ニューヨーカーマガジンが好きで、最盛期にはこの雑誌を90万部まで持っていった花森は、極めて頑固な人だったという。ただ頑固と、頑迷は違う。自らのビジョンに固執するが、時代、そして読者が何を求めるか、そしてその変化については極めて敏感かつ柔軟な人だったらしい。たしかにそうでなくては、人気雑誌の編集長はつとまりはしない。


    さまざまなエピソードが満載されている中で、ぼくは、花森安治の文章論がもっとも面白かった。花森安治の文章論、すなわち暮しの手帖の文体だ。


    「教えてやろう、というようなニオイのする文章がいちばんイヤラシイ。読者とおなじ眼線に立って、文章をかけ」


    「やさしく書いたからといって、わかりやすいとはかぎらん。書いている本人がその意味を正しく理解していないと、わかりやすい文章にはならんのだ。」


    「文章をやさしく、わかりやすく書くコツは、ひとに話すように書くことだ。眼で見なくてはわからないようなことばはできるだけ使うな。」


    花森は毎号、全部の文章に目を通し、全ての原稿に朱筆を入れ、活字の出きばえを自分で確認せずにはいられなかった。話すように書けという件では、字数と印刷後の出きばえを明確に意識しながら口述筆記ができて、出きあがりは、ほとんど狂いがなかったという驚くようなエピソードが載っている。


    花森は、暮しの手帖という雑誌を愛し、編集という仕事の隅々にまで愛情を注いだ。そして彼はアルチザン(職人)という言葉を自分に使うことを好んだという。筆者はそんな花森の生き方を、盟友扇谷正造(これもまた週刊朝日の伝説の名編集長)による職人の定義によって説明している。


    「職人はたえずモノを考え、手を動かし、何かをつくっている。」


    メーカーが汗水流して作った商品を比較して、批評するのが暮しの手帖の売りものだった。だからこそ、花森はそこに間違いが入ることを恐れ、正確にも正確を期した。自分が持っている道具の危険さを人一倍感じているのもこの職人編集長だった。


    「きみたち、一人ひとりのこころの底にぜひ焼きつけておいてほしいことがある。それは、ぼくをふくめて一人ひとりが、大きな爆弾を背おっているということだ。その爆弾は攻撃の武器になる。しかし、ひとつまちがえると自爆する危険性をつねにもっているということだ。」


    戦争中の、戦争宣伝のただなかも歩いてきたこの編集者のきれいごとじゃすまない想いがそこにはあらわれている。


    頑固な老人がこの世を去ったあとも、彼が残した暮しの手帖はその営みを止めていない。インターネットという新しいメディアの可能性を考える時に、自らのビジョンと論理に忠実に進むこの雑誌の歴史から学ぶことができることは数えしれない。

  • スカートをはいた男

    男のくせに髪を伸ばして、スカートをはいて、スタイルブック
    という名の本を出して、彼の興味の対象は、いつも女が主役の
    ものばかり。

    そんな花森さんの「暮し」への目はだれよりも厳しくて、絶対に、そう絶対に戦争はしないという決意に満ちているんだ。

  • 花森安治は30年前の1978年1月14日、66歳で亡くなった編集者・ジャーナリスト・グラフィックデザイナーで、雑誌『暮しの手帖』を1946年に創刊した人です。

    この『暮しの手帖』といい、戦時下1936、7年刊行の中井正一らの反ファシズム抵抗メディア『土曜日』といい、1946年から1996年まで発行の鶴見俊輔・丸山眞男らの『思想の科学』といい、1993年創刊の久野収・筑紫哲也らの『週刊金曜日』といい、それが思想であれ生活であれ、既成の枠の中に収まりきらない、否、既成の中からはみ出した新しい発想・かたちで、独自のユニークな提案を打ち出していく雑誌作りの細い糸は、本当に細い糸ではありますが切れずに続いていますので、これからも続くように私も影ながら応援していきたいと思っています。
    (尚、応援とは、そばでソッと見ているのではなく定期購読するということで、また、もし途切れるような事態があれば俄然もっと強力な精神的物理的な支援を行う、もしくは、いざとなったら参加することもやぶさかではないということを意味させる必要があります)

    あの、コマーシャルを一切とらない、ということは、誰に規制・制約されることなく、ただひたすら使い勝手を追究する視点で、商品テスト、をして、正当な評価をし、ダメなものには批判を加える、という、まさに独立・自立した日本で唯一の消費者の立場に立った雑誌=暮らしの手帖、の編集長として30年間も活躍した花森安治の人となりを克明に綴る本です。

    以前から気になっていた人で、ことに私の父が最初にデザインや編集について意識した人だった、と言い、花森さんの真似をして高校生の時に巻きスカートをはいて周りのひんしゅくを買ったというエピソードまで残っているらしいです。

    現在も発行されていて購読していますが、今の私たちの感覚からすると『暮らしの手帖』は、少し、じゃなくて・かなり古臭いレイアウトや色彩や編集みたいに思われますが、これは花森安治が改革した方針だけに固執して、後に残る人たちがその後なにも開発していない、という風に思えます。

    ワンマンな必要以上の強烈な呪縛があった、としても、画期的な方法を編み出して孤立無援で闘ってきた花森安治亡き後、それを受け継いで発展させるのは編集部の皆さんの腕の見せ所で、とてもやりがいのある大きい仕事だと思います。期待・応援していますよ!

    それにしても、現在に至るにも『暮らしの手帖』に追随して、批評の独立性を志向する雑誌や番組が皆目見当たらないのはどうしたことでしょうか。

    というより提灯記事や御用情報が溢れんばかりで、花森安治の思想・精神がいかに反時代的・反現代的で崇高なものであったかということが良くわかります。


    この感想へのコメント
    1.サラミ御殿あるじ (2010/01/14)
    『暮らしの手帖』のかなり古臭いところが好きです。
    母の時代の暮らしぶりが伺えて憧れたりもします。
    今となってはこの古臭さが貴重、あと20年は廃刊にならないよう、祈っております。花森安治という人物もおもしろく
    今生きていてTVのコメンテーターなんかだったらどんなことを話すのだろうか興味あります。TVなんかには出ないかもしれませんね。

    2.薔薇★魑魅魍魎 (2010/01/16)
    新しい・洗練されたこと、が良いと思うこと自体が悪しき進歩史観というか、必ずしもそうではないとレヴィ・ストロースもどこかで言っていたような気がしますし、古臭いことがすばらしいってありますよね。花森さんは多分ラジオという感じで、近頃だれもがテレビに出たがりますが、永六輔はテレビは虚像しか伝えない、現実と遊離した嘘の世界を増長するだけといってテレビに出ないでもっぱらラジオですが、それに近い気がします。

  • これを読み、わくわくしたのは私だけでしょうか?

  • 編集長でありアートディレクターである

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