誰も教えてくれない聖書の読み方

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制作 : 山形 浩生 
  • 晶文社 (2001年1月5日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794964731

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誰も教えてくれない聖書の読み方の感想・レビュー・書評

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  • 聖書の文字をたどっていったら何が書いてあるのか、を一人の人間が確認したという本。著者はひとまず聖書を通読したのだから、聖書を読破していないクリスチャン、ノンクリスチャンは反論できない。ただし、聖書の前後の文脈、各書物の性質(どのような状況下で、どういう意図で、どのように書かれて、読者に何が期待されているか等)を無視した読みは、聖書の理解としては乏しい。
    聖書の字義的解釈を主張する人たちにとっては、痛いだろうとおもう。

  • 何も基礎知識なしに聖書を読んだら、どうなるのかが書かれている本。聖書を最初から最後まで読んだことのない人間は、この著者を批判することはできない。少なくても、この著者はすべてのページに目を通したのだから、それは評価したい。しかし、あえていうなら、著者は茶化したいという気持ちのほうが先走っている気がする。ノンクリの人がどのようなところに引っかかるのか、教えてもらった。

  • とにかくひたすら、聖書の揚げ足を取ることに執念を費やした本。
    真面目なキリスト教徒の方々には様々に言いたいこともあると思われるが、そうでない人間に「面白く聖書を読ませる」という点に関しては群を抜いていると思う。
    とにかく何らかの「読む気になるガイド」がなければ、聖書を読み終える前に討死しかねない。

  • 聖書のおかしい部分を挙げまくってる本。
    重箱の隅をつつくような感じでキリスト教徒からするとウザったい本だろうね。
    例を挙げると↓な感じ
    新約聖書の中に旧約聖書の引用が書かれているけど、実際は旧約の中に書かれていないのに引用されている、とか
    水をワインに変えた話で、酒になったかどうかを飲んで確かめたのは一日中酒を呑んだくれてた人物だった、とか
    ヨハネ曰く、神様は緑色。愛の定義は「神の命令に従順に従うこと」とか
    有名なヨブ記でヨブが不幸のどん底に落ちても神を恨まなかったというと、
    これは嘘でヨブ記の大半が神様への愚痴で埋まってる。 などなど挙げたらキリがないくらい。

  • 翻訳者が解りやすく京極夏彦ファン…。

  • 「肩書きや先入観で相手を差別したくない」
    「読んでもいない本のことを知ったように語りたくない」
    「相手が権威のある人だからといって、盲目的に隷従したくない。
     お世辞を言われる相手がかわいそうだから」

    つまり、「聖書」は「レッドマン」や「ゴッドマン」と同じものとして読みたい、ということです。
    (ニコニコ動画で有名なあれです)
    そうすれば腹が立つこともないし、
    かんちがいをしてまちがえてしまうことも少なくなると思うのです。

    「聖書」について書かれた文章については、
    もんのすごく腹が立ったことが多いのです。
    「何を根拠に、そんなにもちあげるのよ?」
    ですが、考えてみれば、
    「聖書」そのものを読んで腹が立ったことというのはほとんどないのです。
    それ以前に、あんなめんどくさいもの、
    最初から最後までちゃんと読んだことないなあ、と思うのです。
    読んだとしても細部なんか忘れちゃってるでしょう。

    その事実を認識した上で、腹の立った理由、というのを考え直してみると、
    「腹を立てるだけばかばかしい」と思えるような理由と言うのが実に多いのです。
    相手にするまでもないほどのばかばかしいまちがいだった、と思えることが多いのです。
    そのうえで、別の人が腹を立ててくれているのを読むと
    「ああ、そういう人もいるんだ」と分かって安心して、あとは、
    「腹を立てる必要なんかない、なぜそれがいやなのかを考えて、整理して、
     相手にわかってもらえるような話し方を考えればいい」
    と思えるようになるのです。

  • 世界最大派閥の宗教、キリスト教の良き本についての解説本。ドライな文体の中に「じゃあ文言通り捉えたらどうなるのよ?」という正直さが見える。

  • これは、僕のバイブルである。 いや、そうでもない。 僕の通っている社会学専修という胡散臭い分野では、基本的に大学生活ずーっと一般教養みたいなところがある。 研究対象は基本的にスーパーフリーである。 イベントサークルの飲み会事情を調べようが、人類の輪姦の歴史を調べようが、レイプ犯の罪刑の判例に苦言を呈するもよしである。 話がそれたが、そんな、教養のひとつとして、宗教学という、まー文系の大学生にとっては非常に基本的な授業を履修した僕は、夏に聖書についてのレポートを書く羽目になった。なぜだか、知らないがレポートが激しい専修であることは間違いない。 そんなこんなで、聖書を読んでないというのも、人としてあるまじき行為なので、人としてあるまじき僕としては、こういったアンチョク本を参考にした。 私の母親がたまたまカトリック系の学校に通っていたせいもあって、自称クリスチャンだったので、家には、旧約も新約も聖書があったのは覚えている。 そんな、聖書で僕はよく、無駄に多く実家にあった本を利用して、ドミノ倒しをして楽しんでいた。 丁度、聖書のカヴァーのつくりがしっかりしていたせいもあって、非常に安定したドミノのピースであった聖書は、重宝した。 あっ、この本の内容は、単純に聖書の矛盾や、残酷さ、偽善や虚飾を訴えたものだった。まさに、ぼくが読みそうなほんである。 くわしくは、君の近所の屋根に十字架を掲げている建物のところででも確認してほしい。 アーメン。

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聖書という本は、読む人の勝手な解釈で語られすぎてはいないだろうか。都合の悪いところは後代の創作や脚色にされるし、都合のいいところは妙な強調のされ方をする。でも聖書を、いろんな脚色を抜きにして、そこに書かれているとおりに読むとどうなる?ちゃんと読めば、たとえば旧約聖書は一貫性のない神さまがひたすら残虐行為を実践しているのばかりが目につく本だったりするし、新約聖書はイエスという畸人を主人公にした荒唐無稽な物語だったりすることがわかるだろう。本書は、そんなふうに、聖書を最初から最後までまっとうに読んでみようというガイドブックだ。そしてまた、基礎教養として聖書を読み直すための副読本でもある。聖書に書かれている、ペテンと略奪と殺戮に満ちたエピソード群をひとつひとつ解釈しながら(ときにはそれに呆れながら)、それでも読者は、聖書が人をしてちゃんと読ませる力と魅力を持った本だということをあらためて理解するだろう。

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