世の途中から隠されていること―近代日本の記憶

著者 :
  • 晶文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (380ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794965219

作品紹介・あらすじ

日清戦争の凱旋碑だった広島の平和塔。第二次大戦後、水族館やダンスホールに転用され、今は模造品の砲塔がのった戦艦三笠。ある時代には主役だった物も、忘れられ、書き換えられ、時に埋もれている。そんな隠された近代日本の記憶を、現場を歩き、資料をもとめ、探る歴史ルポルタージュ。

感想・レビュー・書評

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  • 我が家は尾根筋に建っているのだが、子どもの頃、探検と称して近くの山はほとんど渉猟した。その頃、谷一つ跨いだ反対側の丘の上に奇妙な塔のような建物があった。誰一人訪れる人もないままに周りは茂る草木に覆われ、今ではそんなものがあることを覚えている者などいないのかも知れない奇妙な塔屋は、当時「金の鵄」と呼ばれていた。白い石に覆われた塔の上にかつては金色に輝く鵄が付いていたのだろうか。

    広島の平和塔の写真を見たとき、それを思い出した。日清戦争の凱旋碑として作られながら上に金の鵄をいただいたまま、今では「平和の塔」として市中に聳えているその塔が、子どもの頃見た物と瓜二つだったのだ。1947年に出された内務省警保局長通牒「忠霊塔、忠魂碑等の措置について」に、「軍国主義的または超国家主義的思想の鼓吹宣伝を目的とするものは撤去する」とある。全国に散らばるこの手の記念碑をどう処理するか、各自治体はあわてたにちがいない。

    かくて、広島では碑文を削り、名を平和の塔に改めたが、金の鵄はそのままにし、我が市では金の鵄は取り去ったものの、山の頂にあったため塔はそのままに放置し、名のみ伝えられることになったのだろう。日本海開戦時の旗艦三笠が、水族館になったり、砲をつけたり外したりされたのもそうだが、かつて、ソヴィエト連邦の崩壊時、数多のレーニン像が台座から引きずり下ろされ、毀されたことを思うと、この国の時局の変化に対応する際のいい加減さがよく分かる例だと言えよう。

    今ひとつ例を引こう。日本には馴染みがないと思われている凱旋門の写真である。1895年5月30日、日清戦争に勝利を収めた明治天皇は、日比谷に作られたこの門を潜り、仮の首都であった広島から凱旋した。この門に限らず、日本にも凱旋門は当時たくさん建てられたという。それが、なぜ今に残っていないのだろう。実は、樋口一葉も見物したという、5階建てのビルの高さに相当する堂々とした凱旋門は、丸太を組み杉の葉で飾った当時の言葉でいう「緑門」つまりは仮設の門であった。

    長年気になっていたことが一つ分かったような気がする。小学校の運動会のことだ。ベニヤか何かでハリボテにし、周りを杉葉などで飾った入(退)場門という物があった。あの門の原型はここいらあたりにあったのではないだろうか。筆者はこのハリボテを、「祭りの間だけ出現しては壊されながらも、次の祭礼にはまた出現する」造り物の伝統に結びつける。「ハリボテをハリボテととして眺め、いわばそのインチキを笑い楽しむ文化」というのが、筆者が見つけたこの国の文化の切り口である。

    著者撮影による岐阜大仏殿の写真もまた味わい深いものがある。旧街道に面して他の甍の上に首を突き出すように三層の甍を今に残すこの建物の中には、奈良の大仏より1メートル低いだけという岐阜大仏が鎮座する。木材を骨格に、表面を竹で編んだ大仏を造り、その上に紙を貼り、漆を施し、最後に金箔を張ったものである。籠細工の大仏は、ここに限らず見せ物として江戸や大坂で何度も興業を打っているという。

    美術研究者としての筆者の意図は、従来の美術史が見落としてきた物の中に日本人の美術観を探ろうとするものであろう。この本に登場する多くの物から窺うことができる「この国のかたち」には、かなり胡散臭いものがある。しかし、鹿爪らしい顔をしてそれらをあげつらうよりも、いっそこんなものだと笑い飛ばしてみたい気がしてくるのは、筆者の視線の持つ自由さからくるのだろうか。

  • No.3の岐阜大仏殿 張りぼて 知らなかった(どうでもよい気がする)知識がいっぱい(^^;;

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著者プロフィール

東京大学大学院人文社会系研究科教授/静岡県立美術館館長

「2018年 『動物園巡礼』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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