心の死

  • 晶文社
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本棚登録 : 59
感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (520ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794968920

作品紹介・あらすじ

十六歳の少女ポーシャは両親を亡くし、年の離れた異母兄トマスとその妻アナの豪華なロンドンの屋敷に預けられる。「娘に一年だけでも普通の家庭生活をあじわわせてやってほしい」という亡父の遺言を受けてのことだった。
その家には人気作家や元軍人をはじめ、夫妻の友人たちがよく訪れた。ポーシャは、アナの客人で、不敵な世界観を持つ美青年エディに心魅かれていく。寄る辺のないポーシャは、手紙と日記に心をゆるしていて、手紙をくれたエディには、彼女の日記を読ませてあげた。しかしもう一人、その秘密の日記を覗き見る大人の影が……。
無垢な少女のまわりで、結ばれ、もつれ、ほどけていく人間の絆……心理の綾を微細に描き、人生の深遠を映し出す、稀代の巨編。

感想・レビュー・書評

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  • これは素晴らしい。日本語で読めることに感謝したい。

    年老いた真面目なイギリスの田舎男の、生涯唯一の惑乱による不倫の結果うまれた娘ポーシャ。その後16歳の時に父母を失い、父の遺言によって、腹違いの兄が暮らすロンドンの上流階級に預けられる。

    こういった話のテンプレの如く、ポーシャは兄嫁との人間関係がうまくいかない。浮気性の兄嫁と、男をめぐる嫉妬の網に捉えられる。上流階級の教育との折り合いも悪く、都会的な表層をなでるような友人関係とも、なじまない。

    と書くと陰鬱な小説のようだが、非常にリーダブル。
    「女性」と呼ばれる直前、「少女」と呼ばれる最終盤にあるポーシャの心のささくれを繊細に描く。周囲の人間関係の心理の綾を、少女のリアルな会話をベースに、もつれる関係と心理の奥底を、赤裸々に暴き出していく。

    解説に曰く、ポーシャは少女時代のエリザベス・ボウエンになぞることが可能だそうだ。それはそれで興味深いが、本書は自伝的・文学史的な面からアプローチをする必要はない。
    とある時代のとある(複雑な)家庭をめぐる、ユーモラスな心理戦を、くすくす笑いながら楽しむ本。

    そういったライトな付き合い方が出来つつ、がっぷり向き合って闘う気になれば、ハッと書き留めたくなる気がかりな文章にも度々行き当たる、その道の人でも十分満足ができる小説だ。

  • 怖い。正気で狂っている。でもそれが普通なんだろう。
    人は存在する限りどこかで暮らすしかない。当たり前のことかもしれない。

    自ら場所を持てる人がいて、誰かの場所の隙間に透明に置かれている人もいる。しかし、そのどちらにもなれない人がいるとしたら、その人はどうなってしまうだろう。

    絶望的な気持ちから抜け出せない。それでも祈ってしまう。ポーシャのためか誰のためか。

  • 時代は二つの大戦間。リージェント・パークを臨むウィンザーテラスにはアナとトマス夫妻が住んでいた。アパー・ミドルに属する二人の館には、アナ目当ての男たちが毎日のように訪れていたが、トマスはあまり客を喜ばず一階の書斎で過ごすのが常だった。そんな時、別の女との関係が原因で亡き母に家を追われ、外国暮らしを続けていた父が亡くなり、二度目の妻との間にできた義妹ポーシャを頼むという遺言が遺されていたことを知る。

    父が残したわずかな財産で母と子は外国のホテルを転々とする暮らしを続けてきたが、その母も死に、ポーシャは義兄の家に預けられる。内心の葛藤を隠し、体裁を整えるのが当たり前の上流階級の人々と、見知らぬ他人の間で生きてきた中流下層に属するポーシャの共同生活は予想通りうまくいかない。ふと目にとまったポーシャの日記をアナが見たことがすべての始まりだった。

    アナの従兄弟の友人で歳若いエディ。小説家のセント・クウエンティン。アナのかつての恋人ピジョンの戦友プラット大佐といった面々がポーシャの前に現れては彼女を幻惑する。ポーシャはイノセントそのもので、大人たちにはそれが魅力的に映る。特にエディは、積極的に近づき、ポーシャに恋人であるかのように思わせる。次第にのめりこんでゆくポーシャを心配し、メイドのマチェットは厳しく戒めるが、アナが取り仕切るウィンザーテラスの世界に居場所のないポーシャにとってエディだけが心許せる相手だった。

    三部構成で、一部と三部がロンドン、二部が海辺の町シールを舞台とする。登場人物も二部だけが中流下層の若者主体で、雰囲気ががらっと変わる。エディだけが二部の世界に闖入し、兄夫婦の外国旅行中、ポーシャの寄宿先であるミセス・ヘカムの家やシールの若者連中を引っ掻き回してはロンドンに帰ってゆく。ざっかけない暮らしぶりのミセス・ヘカムの家の暮らしになじみ、同じ年頃の仲間に混じって暮らすことで、ポーシャは変わりはじめる。

    少女のイノセンスが、長く続いた習慣が作り上げてきたアパー・ミドルの虚飾の世界を暴き立て、内部で崩壊しつつあるアナとトマスの夫婦関係の破綻が白日のもとにさらされることになる。異なる階級、価値観に生きる人々が集う豪奢なテラス・ハウスは、ロンドンという都市の象徴であり、階級社会である英国そのもの。夏の間だけ避暑客で賑わう海辺の町シールは、よくも悪しくも田舎である。家のない子であったポーシャにとって、立ち位置の分からないロンドンより、行きずりの暮らしに慣れたシールの方が息がしやすいのは分かる気がする。

    日に焼けて帰ってきたポーシャは見かけだけでなく何かが変わった。それは周囲の人に分かるほどの変容であった。セント・クウエンティンからアナが日記を盗み見たことを教えられ、ポーシャが家を出るあたりから、話は俄然面白くなる。少女の帰宅が遅れたことが、疑心暗鬼を生み、とりすました仮面夫婦の仮面が剥がれ、内心の愛憎が噴出し、一気にクライマックスに至る展開は三部構成の小説が正・反・合の弁証法的構成になっていたことをあかしている。

    ポーシャの心を翻弄するエディという若者の存在が小説の眼目になっているようなのだが、当時「ブライト・リトル・クラッカー」と呼ばれ、「ダンディであること、ローグ(悪党、腕白坊主)であること、そしてナイーヴ(天真爛漫、無邪気)であること」が特徴だったと訳者あとがきはいう。いつの時代もそうだが、一世を風靡した世代の風俗は時代が変われば陳腐なものと成り果てる。個人的にはこの若者の臆病なくせに尊大で自意識過剰なあまったれ振りが鼻についてしようがなかった。訳者あとがきによれば、エディのモデルはボウエンと関係があった人物だとされる。個人的な思いが反映しての人物造型だとすれば、その愛憎の深さが思い知れる。

    『パリの家』でも感じたことだが、アナがアンになっていたり、セント・クウエンティンが、サン・クウエンティンとなっていたりするつまらないミスだけでなく、意味の取りづらい訳が散見される。会話ももう少し訳し様はなかったのか、と思わせる直訳めいた箇所がいくつかあり興が殺がれた。版権の関係もあろうが、別の訳者の訳でも読んでみたいと思った。

  • 4/52
    内容(「BOOK」データベースより)
    『16歳の少女ポーシャは両親を亡くし、年の離れた異母兄トマスとその妻アナの豪華なロンドンの屋敷に預けられる。「娘に一年だけでも普通の家庭生活をあじわわせてやってほしい」という亡父の遺言を受けてのことだった。その家には人気作家や元軍人をはじめ、夫妻の友人たちがよく訪れた。ポーシャは、アナの客人で、不敵な世界観を持つ美青年エディに心魅かれていく。寄る辺のないポーシャは、手紙と日記に心をゆるしていて、手紙をくれたエディには、彼女の日記を読ませてあげた。しかしもう一人、その秘密の日記を覗き見る大人の影が…。無垢な少女のまわりで、結ばれ、もつれ、ほどけていく人間の絆…心理の綾を微細に描き、人生の深遠を映し出す、稀代の巨編。』


    原書名:『The Death of the Heart』
    著者:エリザベス・ボウエン (Elizabeth Bowen)
    訳者:太田 良子
    出版社 ‏: ‎晶文社
    単行本 ‏: ‎520ページ


    メモ:
    ・20世紀の小説ベスト100(Modern Library )「100 Best Novels - Modern Library」
    ・死ぬまでに読むべき小説1000冊(The Guardian)「1000 novels everyone must read」

  • 孤児となった16歳のポーシャは、遺言に則って異母兄トマスとその妻アナの元で1年間暮らすことになる。
    夫妻が暮らす豪華な家には、主に男性客が多く訪れる。そのなかのエディに魅かれていくポーシャは、エディだけに自分の日記を見せるようになる。
    だが知らないうちにその日記はアナの目にも触れていて、アナはどうしてもポーシャを好きになれないのだった。次第にアナとトマスの不和も隠せなくなっていく。

    まどろっこしい。少女の無垢さで、本当に少しずつ少しずつ心の機微が示されていく。

  • 少女とその周辺の人間関係を描いた心理小説。
    周りの大人には色々あるようで、なかなか一筋縄ではいかない。その中で少女の無垢さが際立つ……というよりは、将来が心配になってしまうw
    近年、邦訳も進んでいるが、本作はボウエンの長編の中ではかなりミステリに近い仕上がりになっているのではないだろうか。

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著者プロフィール

Elizabeth Dorothea Cole Bowen (7 June 1899 – 22 February 1973)

「2012年 『なぜ書くか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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