カラー図解でわかるジェット旅客機の操縦 エアバス機とボーイング機の違いは?自動着陸機能はどういうしくみなの? (サイエンス・アイ新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784797359459

感想・レビュー・書評

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  •  先日の沖縄出張の際、羽田空港の書店でタイトル買いした「カラー図解でわかるジェット旅客機の操縦」(サイエンス・アイ新書)が、非常に面白かった。出発準備、離陸、上昇、巡航、降下、着陸など、それぞれの局面でのパイロットの操作を解説した本なのだが、面白いのは、豊富な図解でコックピットの様子を目に見えるように描いている点。たとえば、エンジンスタートのスイッチは操縦席のどこにあってどんな順序で操作するとか、自動操縦はどのタイミングでどのボタンを押してONにする、なんてことが図で具体的に説明されている。飛行機好きにはたまらない。さらに面白いのは、ボーイングB777とエアバスA330という、世界を代表する大型双発機を例に、ボーイングとエアバスの操作の違いを解説している点だ。著者は全日空でB727やB747の航空機関士として乗務した人なので、ボーイングびいきかと思えばそんなことはなく、両メーカーの違いを非常に客観的に、わかりやすく述べている。欲を言えば、ボーイングとエアバスの操作の違いは、どんな考え方の違い、文化的背景の違いに根ざしているのか、というところまで踏み込んでくれれば、とは思うのだが。

     それにしても・・・同じ旅客機の操縦でも、ボーイングとエアバスとではずいぶん違うものだな、とまず思う。

     ボーイングとエアバスの違いで最もわかりやすいのが、操縦輪(コントロール・ホイール)とサイドスティックだ。クルマのハンドルのような大きな操縦輪を正面にデンと配置するボーイングと、ゲーム機のような小型のスティックを操縦席の横に配置するエアバス。操縦の電子制御は両社とも同じで、パイロットが直接舵を動かすわけではなく、コンピューターを介した電気信号が舵を動かしている(フライバイワイヤ)。いわゆる「操縦桿」は、パイロットの操作をコンピューターに伝える入力装置でしかない。ならば小型のスティックにして操縦席をすっきりさせたほうがパイロットの負担が少ないと考えるエアバス。一方ボーイングは、昔ながらの大きな操縦輪のほうがパイロットが理解しやすいと考える。

     飛行機が好きな人の間では「機械優先のエアバスと人間優先のボーイング」なんてことも、しばしば言われる。1994年4月、中華航空のエアバスA300-600Rが名古屋空港で墜落した際、自動操縦が誤ったモードに入り、パイロットがそれを解除できなかったために事故につながったことから、そんな印象が広まった。初期のエアバス機であるA300やA310は、自動操縦を解除するために所定の手順が必要で、コントロールホイールを人力で操作するだけで自動操縦が解除されるボーイング機とは大きく違っていた。不測の事態に際し、人間が素早く操作できる(オーバーライド)方が安全なのか、人間が操作するとかえって危ないから自動操縦が容易に解除されない方が良いと考えるか、その違いだと言われた。(エアバス機でも新型のA320以降は、コントロールスティックを動かすだけで自動操縦が解除されるよう設計変更されているが、これは中華航空機事故を受けてのものではないと説明されている)

     けれども本書を読んでみて、操縦席の見かけの違いとか、自動操縦の解除方法の違いなんてのは、非常に表面的なものだな、と感じた。ボーイングとエアバスの設計思想の違いは、もっと根元的で深い「考え方の違い」「文化の違い」に根ざしているのではないか、と思う。

     たとえば、細かな用語の違いがある。エアバス機では、操縦席から見て左側を「No.1エンジン」、右側を「No.2エンジン」と呼ぶ。ところがボーイングは、左側を「L(レフト)エンジン」、右側を「R(ライト)エンジン」(B777、B767の場合)。エンジンの燃料供給を制御するスイッチを、ボーイングは「フューエル・コントロール・スイッチ」、エアバスは「エンジン・マスター・スイッチ」。自動操縦のスイッチが集約された操作盤をエアバスは「フライト・コントロール・ユニット(FCU)」、ボーイングは「モード・コントロール・パネル(MCP)」。それぞれの名称の違いの背景にどんな考え方の違いがあるのか、いろいろな分析が可能だと思う。

     たとえば、フラップの作動位置と名称も、非常に興味深い。フラップとは、主翼に内蔵された補助翼のことで、飛行機が地上にいるときや巡航中は折り畳まれているが、離陸・着陸の低速時になるとウィーンと音をたててせり出してくる。この動作位置がエアバスは「0・1・2・3・FULL」の5段階で名称も単純な順列数字。ところがボーイングは「0・1・5・15・20・25・30」の7段階で、数値は数値は水平線とフラップとの角度を示す。ダグラスもロッキードも昔から、フラップの作動位置は角度で示すのが伝統で、それに倣っているのだと思う。ところがエアバスは、フラップが何度展開しているかなど、パイロットが知る必要は無い、順列に数値を割り付けたほうが、何段階の何番目にフラップが入っているかを瞬間的に把握しやすい、と考えたのだろう。合理性という点では、数字が連続している方が理にかなっているように思える。

     エンジン出力を制御するスロットルレバーの動作も、両社の考え方の違いの代表例だろう。現代の旅客機は、コンピューターが速度や高度、機体重量などに合わせて最も経済的なエンジン出力を自動調整するので、パイロットが自らスロットルレバーを操作する場面は非常に少ない。しかし、ボーイング機の場合はコンピューターの出力調整に合わせてスロットルレバーが前後に動くようになっている。一方エアバス機のスロットルレバーは一種のスイッチで、離陸推力など所定のモードに入れるとレバーは動くことなく、エンジン出力の変化は計器の表示でしかしかわからない。レバーが動く範囲も、エアバス機はボーイング機の半分ほどしかない。昔の飛行機はエンジンとスロットルレバーが機械的につながっていたが、現在の旅客機はコンピューターを介してエンジンを制御するため、自動推力調整装置が作動中はレバーがどの位置にあろうとエンジン出力には関係がない。それでも、コンピューターによる操作の結果を目で見てわかりやすくするため、わざわざモーターを仕込んでレバーを動くようにしたボーイングと、そんな動作機構は故障のリスクを増やすだけでムダだと考えるエアバス。エアバス方式の方が合理的に思えるが、パイロットが安心感を持てるのはボーイングのやり方だろう。システムとしての合理性を重視するか、パイロットにとってのわかりやすさを重視するか、その違いではないかと思う。ちなみに、自動推力調整装置をエアバスは「オートスラスト・システム」、ボーイングは「オートスロットル・システム」と呼んでいる。

     航空機の設計に関しては、アメリカの方が保守的で、最新技術をどんどん取り込んで先進的なシステム作りをしようとするのがヨーロッパ勢(エアバス)であると言われる。その違いは、ボーイング製の旅客機にどーんと居座るコントロールホイールが象徴的だが、それ以外にも、ボーイングとエアバスのコックピットを見比べると、エアバスの方が全体的にすっきりした印象を受ける。ボーイングがどちらかというと「昔ながら」の操作系を温存し、パイロットに違和感を感じさせないことを重視しているからである。一方のエアバスは、旅客機メーカーとしてアメリカ勢より後発だということもあり、先進性、アメリカを凌ぐハイテク性をアピールポイントにする必要があったということが、まずはあると思う。だが、エアバスの合理性重視の設計は、もっと根元的な考え方の違いがあるように思う。

著者プロフィール

航空解説者。神奈川県横浜市出身。早稲田大学卒。全日本空輸にて30数年間、ボーイング727、747の航空機関士として国内の主要都市、世界10カ国以上、20都市以上の路線に乗務。総飛行時間は14,807時間33分。現在はエアラインでのフライト経験を生かし、実際に飛行機に乗務していた者から見た飛行機のしくみ、性能、運航などに関する解説や文筆活動を行っている。おもな著書は『ジェット旅客機操縦完全マニュアル』『カラー図解でわかるジェットエンジンの科学』『カラー図解でわかるジェット旅客機の操縦』『カラー図解でわかるジェット旅客機の秘密』『カラー図解でわかる航空力学「超」入門』(SBクリエイティブ)など。

「2023年 『図解 ジェット旅客機のしくみ大全』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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