- Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
- / ISBN・EAN: 9784797671452
作品紹介・あらすじ
西洋文明が試行錯誤の末に産み出した英知「憲法の原理」を碩学が解き明かす。
感想・レビュー・書評
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おすすめです。
憲法に関して、世間では護憲・改憲などいろいろ言われています。しかし、本書はそのどちらの意見にも基づいていません。
護憲・改憲論争以前の、議論の前提となる知識の提供を主題としているのが本書の特徴です。
そのため、本書の内容はかなり普遍的で、一度読めば生涯役に立つことうけあいです。
紙幅の大部分が、民主主義と資本主義の歴史を解説することに割かれています。
冒頭でこそ近代憲法の基本原則について触れていますが、中盤はほとんどが歴史の話です。
著者によると、憲法を理解するにはまずこれが不可欠らしいです。
しかしこの民主主義・資本主義と近代憲法の成り立ちの話がとにかく面白い!
目からウロコの連続です。
いくつか目からウロコポイントを挙げてみます。
●刑法は犯罪者を裁く法ではなく、裁判官を縛る法である。
●明治憲法は、欽定憲法であるにもかかわらず、天皇の権力を縛っていた。つまり近代憲法としてしっかり機能していた。
●西洋では「神のもとの平等」が民主資本主義を生み出し、明治日本では「天皇の前の平等」が民主資本主義を定着させた。
●改憲/護憲以前に、現在の日本国憲法はそもそも機能していない。
どれも本書以外ではなかなかお目にかからない言説でしょう。
しかし奇抜ながらもしっかりと根拠となる史料・先行研究が提示されており、吟味に値するものです。
これらのトピックが、著者と編集者との対話という形で書かれています。とても読みやすいです。
しかもドラマチックで引き込まれるような構成になっています。
さっさと結論をいうのではなく、予想外だ!と思わせるような展開が続き、それでいて回りくどくありません。
憲法学という少しとっつきにくい話題にもかかわらず、すらすらと読むことができます。
勉強になる上にとても面白く読みやすい、文句なしの良書です。おすすめ。
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憲法は成文法ではなく、本質的には慣習法。廃止せずとも事実上、死ぬこともある。ワイマール憲法下でヒトラーの台頭。大事なのは文面でなく慣習。英の慣習・判例。米憲法は高邁な理想を掲げて出発したが、当初、実質はなく空っぽ。100年を通じて生命が吹き込まれた。
民法に違反できるのは国民。▼刑法に違反できるのは裁判官。殺人に懲役2年は刑法違反。▼刑事訴訟法に違反できるのは検察。法に反する捜査はないか、手続きミスはないか、真実の証明が不完全ではないか、審査される。▼憲法に違反できるのは国家(司法・行政・立法)。言論の自由を侵すことができるのは国家。権力を縛り付け、抑え込む。それが憲法。
マグナカルタ:貴族や裕福な商工業者(自由民)の特権を王に守らせた。人口の9割は蚊帳の外。もともと民主主義とは関係ないが、徐々に自由民の範囲が拡大した。本来、議会と民主主義は関係なし。※全員一致では決まらないので多数決を導入。多数決と民主主義も本来関係ない。福田歓一かんいち
契約まもれ精神。
・保守党首相「穀物法廃止しようかな。」ディズレーリ「だめ。穀物法を守ると公約して選挙に勝ったんだから守るべき」
・旧約聖書、神との契約を守らないと、こんなひどい目にあうぞ。
20世紀に入るまで、民主主義とは「金持ちを殺して、その財産を貧乏人にばらまく」と理解されていた。ロベスピエール「民主主義の敵を抹殺せよ」。民主主義=過激・革命というイメージがあった。プラトン、アリストテレス。
平和憲法の例はたくさん。
1791年フランス憲法。征服戦争の放棄、他国民に対する武力行使の禁止。
1891年ブラジル憲法。
1911年ポルトガル憲法。
1917年ウルグアイ憲法。
「国際紛争解決の手段としての戦争」を放棄すると憲法に書いている国。
日本、アゼルバイジャン、エクアドル、ハンガリー、イタリア、ウズベキ、カザフ、フィリピン。似ているのはケロッグ・ブリアン条約を下敷きにしているから。
ケロッグ・ブリアン条約1928(第1次の反省から)
第1条 締約国は、国際紛争解決のために戦争に訴えることを非難し、かつ、その相互の関係において国家政策の手段として戦争を放棄することを、その各々の人民の名において厳粛に宣言する。
※ケロッグ「自衛戦争は対象外」
戦争屋チャーチル「平和主義者が第2次大戦を起こした」
ドイツはヴェルサイユ条約を破って再軍備をした。英仏は平和を望む大衆を説得し、ドイツに制裁を加えることができなかった。国際聯盟の管理下だったラインラントにドイツ軍が進駐しても、フランスは動かなかった。
戦争屋チャーチル「ラインラント進駐の段階でフランスがドイツ軍を叩いていれば、第2次大戦は起きなかった」
ヒトラー「チェコスロヴァキアもらうけど、いいよな」
英チェンバレン「戦争だけは嫌だ。戦争を防げるなら・・」ミュンヘン会談
英の大衆「我が首相がヨーロッパの平和を守った! 英が戦争を防いだ!」
その後、オーストリア侵攻。英仏はドイツ軍に圧倒された。米の参戦で辛勝。
キューバ危機のケネディ。平和を守るには、戦争も辞さずという覚悟を見せるしかない。
武装なき平和はかえって戦争を生み出す。世界一の平和大国になりたければ、世界一の戦争通になる必要がある。
王はプロテスタントの内面・信仰まで立ち入るな。国家権力は人間の内面には絶対に立ち入ってはならない。最重要の権利。これが侵害されれば、民主主義はおしまい。独裁国家は批判を許さない、内心の自由を侵害する。
日本。
二宮尊徳。労働は金儲けではない。勤勉さ。
天皇。明治政府「天皇は現人神で絶対」。天皇の前の平等。古来の神道では天皇は祭りを行う祭主であり現人神ではない。
伊藤博文「西欧の憲法はキリスト教が機軸となっている。日本ではその機軸は皇室である」君主である天皇に憲法を守ってもらうため、天皇は先祖に誓って憲法を守る、ということにした。天皇と人民との契約ではなく、明治天皇と神々との契約になってしまった。
→憲法は国家を縛るものである、という意識が定着しなかった。昭和になり、天皇の権威を利用して軍部が専横を始めてしまった。
明治憲法下において天皇に拒否権はなかった。明治天皇は日清戦争に際し、もう少し外交交渉を行ってはどうかと、開戦に反対された。が、政府は無視。日本陸軍が清軍を攻撃しようとしていることを知った明治天皇は激怒して、中止するよう命じるも、陸奥外相は無視。
大日本帝国憲法55条。国務各大臣は、天皇を輔弼し(君主の行政を助け)、その責任を負う。全ての法律および勅令その他の国務に関わる詔勅は、国務大臣の副署を要する。→天皇に最終決定権はない。
憲法上、戦前も戦後も、政治責任はすべて内閣にあり、天皇はただ裁可なさるしかなかった。よって天皇の戦争責任などあるわけがない。
ただし、2・26事件と終戦直前、政府が実質的に機能停止になったときに昭和天皇みずから政治決断をされた。これらは非常事態時の例外。
ピューリタン革命は、チャ1が国王に反抗する議会に軍隊を投入したことから始まった。
尾崎咢堂(立憲政友会)による桂太郎内閣弾劾演説1913、言論の力で内閣を倒す。大正デモクラシーの始まり。
明治憲法52条「両議院の議員は、議院において発言した意見及び表決につき、院外において責任を問われることはない。」
浜田国松(議員)「2・26事件。独裁強化の道を歩んでいるのではないか。私は軍部を侮辱しているのではない。私の発言に軍を侮辱する言葉あったなら謝罪して割腹する。なかったら、君が割腹せよ」1936
斎藤隆夫(議員)「支那事変。戦死者は10万、戦線は拡大する一方で、終わる見込みがない。日本はこの戦争で何を得るのか。これまで浪費した損害をどう埋めるつもりか。」→軍部のみならず、議会の同僚から「聖戦を侮辱するな」と非難され、除名されてしまう。言論の自由を体現する議会が自ら死を選んだ。1940
欠陥のない憲法はない。常に法・制度の抜け穴を悪用し、独裁・権力の暴走のおそれはある。それが致命的になるか否かは議会如何。ワイマール憲法を殺したのはヒトラーではなく、全権委任法を作った議会。議会が独裁者に手を貸した。議会が死ねば憲法は死ぬ。
明治憲法で、天皇は事実上政治から排除されていたのに、天皇に陸海軍の統帥権が付与された結果、統帥権が天皇を後ろ盾として神格化されてしまった。
議会の源泉は民意。マスコミは軍よりも戦争に熱狂していた。南京陥落の事実がないのに、「南京陥落」の号外を出す始末。軍と大衆を戦争に煽りたてた。いかに議会が軍に対抗しようとしても、大衆が軍を支持していたのでは成す術がない。
1940年に日本のデモクラシーを殺したのは一般の大衆。軍部でもないし、大日本帝国憲法でもない。
戦後。霞が関の官僚が議員の代わりに法律を作り、首相や大臣の代わりに政策決定をする官僚独裁。
中国は官僚制の歴史が世界で最も長い。官僚制が腐敗しない仕組みをもっていた。2000年前は貴族が官僚の対立軸だった。唐が滅びて五代の時代になると中国の貴族は勢力を失い、宋の時代になると消滅。すると今度は、宦官が官僚の対立軸となった。さらに御史台という官僚の汚職を捜査する機関をつくった。
国家権力はリヴァイアサンだが、官僚はそのリヴァイアサンさえも食い殺す寄生虫。
官僚は優秀なマシーンに過ぎない。偏差値ロボット。今までに経験したことのない事態においては、何の役にも立たない。「最高の官僚は最悪の政治家である」(ヴェーバー)。 -
痛快すぎて爽快。
感心を通り越して感動。
ここまで面白く憲法、経済、歴史、宗教、などを統一して分かりやすく本にできるのは小室直樹氏以外いないと思う。
まさにカルヴァンの予定説のように人を変える力を持っている本。
是非読むことをお勧めします。 -
日本人でありながら、日本国憲法の本質を知らずに今まできたのだが、私の周囲にも誤解のまま人々のなんと多いことか。民主主義、資本主義、憲法の成り立ちを世界の歴史と宗教を背景に、わかり易く
天才小室直樹氏が解説する。 -
憲法とは行政権力を縛る鎖であるということを、なぜその鎖が必要なのかということを、ヨーロッパ中世を振り返り、議会の誕生や革命の歴史を見ていくことで紐解いていく。さらには、今では当たり前になっている民主主義の誕生をキリスト教の予定説やロックの社会契約説から、契約や平等の概念の発生とともに資本主義精神の誕生までをそこに眺めていく。
次にアテネやスパルタまで遡り、そしてローマのカエサル、ナポレオンを辿って民主主義が弱いもので簡単にボナパルティズムに陥るかを解説しながら、古典派経済学やケインズに触れることで近代における権力の役割を明らかに。
最後に日本。明治維新での近代化において資本主義精神をいかに広めたか、帝国憲法起草のために必要となった天皇教にも話をふりながら、官僚とは?権威とは?をも考えていくことで現代の日本社会までに到達する。恐ろしいまでの博覧強記。 -
憲法の話と思いきや、
"原論"なのでそのもととなる
昔の世界各国の法律の歴史みたいな内容になっている。
法律というより歴史本を読んでいるようだった。 -
憲法はどのようにして生まれ、どういう考え方をするのか。その概念と背景にある思想と歴史がすっきりと見通せる一冊。
憲法を理解するためには、ヨーロッパの歴史とキリスト教(プロテスタンティズムの予定説)が分かっていないとダメだということ。特に予定説が理解できれば憲法だけでなく民主主義や近代資本主義がどのようにして生まれたか捉えることができる。
結局、憲法があることが大事というわけじゃなくて、憲法を使って私たちは何をするのか?が重要なんだということです。
しかし、分厚い。編集者との会話形式で話が進むのでところどころ回り道や駄文がある。全体に法思想史の話なので読んだからと言って実用で役に立つというわけじゃない。重いので通勤通学時に持ち運びできません。書き方も、もうちょっとコンパクトにまとめることができたと思うんだけど。でも、この一冊読み通せば、憲法についての巷の俗説・嘘・妄言に騙されません。憲法ってなに?と思っている人は是非とも読んで欲しい一冊。 -
これは、素晴らしい本。内容の濃密さに比し、理解のし易い、小室直樹氏の大作。
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快刀乱麻を断つとは正しくこのこと。
切れ味鋭い論理の刃で、日本人の蒙昧の幕を切って落とし、日本人がいかにデモクラシー、憲法、国連というものを理解せず、誤解しているかを、白日の下に明らかにして見せる。
歴史を文明史観として捉えるセンス無くば国家は滅びるのだ。
目からウロコの凄い本。
小室社会学の集大成との言える。
1.憲法論 2.資本主義論 3.天皇教論
4デモクラシー論 を、縦横無尽に論じ、日本人の知るべき基本原理を取り出してみせる。
憲法は国民を縛るものではない。
憲法が規制するのは為政者なのだ。
憲法の成り立ちから解き明かし、誰もが誤解している憲法の本質を明快に語る。
憲法改正の是非を問う前に、まず憲法とは何なのかを本書で学ばなくてはならない。
本書は物事を判断する基準を与えてくれる。
憲法、民主主義の奇跡的な意義を理解することで、それを殺さず守ることの重要性を分からせてくれる。
憲法、民主主義を殺すことは容易い。
殺さないようにするには、それらの本質を理解しておくことが必須だ。
北一輝がいかに優れた天才思想家であっても、この一点において、否定されなければならない。
中世のヨーロッパ史で、最重要人物が、カルヴァンであると言う指摘には驚かされる。
資本主義も、民主主義も、民主主義を支える憲法も、カルヴァンの考え付いた予定説が生み出したのだから、カルヴァン恐るべしだ。
キリスト教の原点回帰運動無くして、現代社会は生まれなかったのだ。